180. 本音
お読みくださりありがとうございます。森の皆が戻ってきました。
翌朝早く。
何とか起きられたクロエはモソモソと準備して、女の子部屋から出る。
ベッドでは遅くまで縫いぐるみ作りに奮闘した姉2人が、未だ深い眠りに付いている。
そんな2人を起こさないように気遣いながら、そぉ~っと扉を閉める。
ホッと息を吐いた彼女は、顔を洗ってから台所に向かう。
そこには朝御飯の支度をする母と既に準備が出来た兄のライリー、食事を取る父と老教師、客人の双子が居た。
「おはようございます。あ~、やっぱりお兄ちゃんのが早かったか。
何でそんなに朝が強いの。アタシなんてこれが限界だよ……」
朝の挨拶を皆と交わした後、呆れたように話しながら兄の横に座るクロエ。
朝御飯をほぼ食べ終えていたライリーは隣の妹を見ながら
「おはよう。そりゃお前のが未だ小さいんだから、朝は眠くて当たり前だろ?
とにかく食べろ。お前が食べ終わったら出掛けるぞ」
と温かいミルクを飲みながら答えた。
母が笑いながら
「でも今日はしっかり起きれたじゃない、クロエ。やっぱり精神的にしっかりしてると起きられるものなのね。
さ、ご飯よ。良く噛みなさいね」
と言って朝御飯をクロエの前に置いてくれた。
「ありがとう母さん、うん、良く噛むよ!じゃ、いっただっきまーす!」
母に答えながら朝御飯を食べ始めたクロエを見守っていた周りの大人達は、彼女の幸せそうな表情を見て思わず笑みをこぼす。
「お主はほんに旨そうに食べるの。見ていて気持ちがエエわ」
ディルクが笑いながら誉める。
「クロエは生まれてからずっとこうですからね。この子が食べなくなったらそれこそ大事件ですよ。
クロエのいただきますが一番元気だからな」
ガルシアが末娘を温かく見守る。
双子も笑いながら頷く。
「この家に来てから食事がとても楽しいですよ。皆気持ちの良い挨拶をするし、クロエちゃんの食べっぷりは豪快だし!」
「騎士団の若いのでもモソモソと仏頂面で食べるのが居るんだけど、そいつらにクロエちゃんの気持ち良い食べっぷりを見せてやりたいな~。
食事を作る人も作りがいがあるんじゃないですか、コレットさん?」
リュシアンとマティアスは交互に彼女を誉めると、コレットがクスクス笑いながら頷く。
「フフッ確かに。食べ始めた頃は直ぐに食べ終われる量しか用意してなかったので、この子ったらご飯が無くなっていくのが悲しくて器をジーッと見つめて涙目になってたんですよ~。
アレは見ていて切なかったわ、ねぇライリー?」
「うん、良く覚えてる。それに僕達の器に未だご飯が有るのを見て、不公平だって物凄い目で訴えてくるんだもの。……あの目が忘れられないんだよね」
ライリーがイタズラっぽく横の妹に言う。
朝御飯を食べながら、クロエは頬を膨らませる。
「……だってお兄ちゃん達のご飯のが多かったんだもん。アタシは赤ちゃんだしって思ったけど、やっぱり多いのが羨ましかったんだもん。
ほら、美味しいご飯はお腹一杯食べたくなるでしょ?実際母さんのご飯は美味しすぎるんだもの~、だからしょうがないの!」
クロエの些か苦しい言い訳に周りが又笑う。
コレットが口を押さえて笑いを堪えながら、クロエに声を掛ける。
「わ、わかったから……ププッ、は、早く食べなさい?この後、森に向かうんでしょ?ご飯に集中なさい」
「そうだった!うん、しっかり食べるよ。ご飯だけはおろそかに出来ないもんね、よし!」
コレットの言葉を聞いて再び朝御飯のみに集中し出したクロエを見て
「……これで中身が25歳なんて、冗談にしか思えないよ、全く」
とライリーが溜め息混じりに呟いた。
そんなこんなで朝御飯を終え、2人は森に向かう。
「じゃ、行ってきます~。お昼までには帰るから」
「ちゃんと連れて帰るから。安心して母さん」
2人がそれぞれ母に向かって話す。
コレットは優しく微笑みながら
「ええ、わかったわ。大丈夫でしょうけど、それでも気を付けてね?
行ってらっしゃい!」
と2人を送り出す。
コレットの後ろにはガルシアとディルク、そして双子が居た。
最初双子は
「え、本当に子供達だけで森に行かせるのですか?大丈夫なのか……」
と心配したが、片割れが
「常識に囚われては駄目だ。心配だが、ここは神域だし……あの子は森に愛されてるんだから」
と言い聞かせるように呟いて互いに頷きあった。
ライリーがクロエに「じゃ、行くか」と言い「は~い!」と彼女は兄に返す。
大人達が見守る中、兄妹は森の中へと歩いていった。
暫く歩いてる内、頭上からキューッ!キュッキューッ!と、聞き覚えのある可愛い鳴き声がした。
クロエとライリーは立ち止まって互いの顔を見る。
「これって……そうだよね?」
「ああ、そうだ。この声は……」
(クロエさまーっ!ライリーさまーっ!おひさしぶりですのーーっ!)
「「ここちゃんっ!」」
2人の名前を呼びながら、クロエの肩にここがストンと乗ってきた。
「ここちゃん~!少し会わなかっただけなのに、何か凄く久しぶりって気がする~。
ゴメンね、全然連絡しなくて。漸く会いに来れたよ!」
クロエがここを手に乗せて頬擦りする。
ここもキュッキュー!と嬉しそうに鳴き声をあげながら
(ここはもっとさびしかったですのーっ!なんどクロエさまのおへやにとびこもうとおもいましたことかっ!
もう、おうちにいってもよいのですか?!ここは、クロエさまのもとにもどってもよいのですかーーっ?)
と必死の口調で尋ねる。
クロエはクスクス笑いながら
「うん!家に戻ってきてくれる?皆寂しいって言ってるの。お客様もね、もう皆のこと知ってるんだよ。
勿論、森や皆のことは外では決して話さないって信用できる方達だから、安心して。
凄く凄く皆に会いたかった~。ね、ざざさんやお父さんは元気?」
とここ達の近況を尋ねる。
ここはコクンと頷き
(すっごくゲンキですわ。ととさまなんて、ずっとクロエさまのことをきにしておりましたの。でもクロエさまにあいにいけなくて、みなさびしかったですの。
あ、もうそこにざざがきておりますわ!まわりにも、ほら……!)
とここは前肢で前方をさす。
すると木々の合間から大きな体がヒョコッと現れた。
良く見ると周りの木の枝や、ウロからここの仲間達が顔を覗かせている。木々の間からは他にもルーチャやグーアの姿も見える。
「わ!皆、来てくれたんだ~。キャー、ざざさん久しぶりーっ!抱き止めてくださーいっ!」
ライリーが止める間も無く、クロエはざざに向かって猛ダッシュする。
ざざは両手を広げて全力で向かってくるクロエに衝撃を与えないように、体を丸まらせて後ろに下がり気味に体重を移動させながらぶつかってきた小さな彼女を受け止める。
(……おからだはだいじょうぶですか、クロエさま。おひさしぶりです。おげんきそうでなにより。
きゃくじんともわかりあえたごようす、あんしんいたしました)
「あ~……モッフモフだぁ……飢えていたんだなぁ、アタシ。ざざさんの匂いだぁ、安心するよ~。
うん!もう大丈夫、いつも通りになったよ。今まで通り、これからも家の前まで来てくれる?
後ね、お客様っていうのも変だね、新しく紹介したい人達が居るの。
だから今日森さんとのお話が終わったら、家まで皆で来てほしいの!
良い?ざざさん」
ざざに体を密着させて、暫く味わえなかったモフモフ感を心行くまで充電しながら、クロエは彼にお願いする。
(わかりました。ではもうすこしおくまでまいりましょう。
ライリーさま、もりのものたちがあなたさまにめぐみをおわたししたいとまっております。
クロエさまとともに、いつもどおりいらしてくださいませ)
ざざはライリーに向かって話をする。
勿論ざざの鳴き声にしか聞こえないが、その様子と声の調子でライリーにはざざの言っている意味が汲み取れた。
「ざざさん、おひさしぶりです。
ありがとう!又恵みを分けてくださるんですね。有り難い。
勿論一緒に付いていきます。案内をお願いしますね」
ライリーはざざにそう言うと、ペコリと頭を下げた。
クロエはホェ~ッと妙な声を出して、ざざとライリーの会話を聞いていた。
「お兄ちゃんってば、ざざさんの言葉がわからないってホント?
嘘だ、だって今の完全に会話成立してるよ?!ホントは解ってるんじゃないの~?」
「僕にクロエみたいな能力あるわけないだろ?ただ、ざざさんとは何度も会ってるし、ざざさんが僕が理解出来るよう心を尽くして仕草や声で伝えてくれるから何とか読み取れてるだけだよ。
でも良く会う子達なら、仕草や声の調子で何となく解るようにはなったかも。
ここちゃんやざざさん程では無いけどね」
ライリーは肩を竦めながら、クロエに答える。
クロエはざざに抱き上げて貰いながら
「凄いなっ!お兄ちゃんって、父さんの息子だけあるわ。万能だよ、ホントに。
ミラベルお姉ちゃんやコリンお兄ちゃんも凄いけど、やっぱ長兄は流石の規格外ってか。う~ん、末恐ろしい」
と唸る。
ライリーはそんな末妹を見て
「馬鹿な事真剣に言ってるよ、ホントにクロエはしょうがないな、もう。ほら、さっさと行こう!」
と呆れながら歩き出す。
ざざはクロエを抱き上げてライリーの前をゆっくりと歩く。
又暫くして少し開けた場所に出ると、動物達は木の根元にいつも通りライリーの腰掛ける場所を作る。
「ありがとう、いつもゴメンね。うわ、あれが今日の恵み?!え、と……クロエ、どうやって持って帰ろうか?流石にあの量は僕一人じゃ……」
近くの木の根元に大量の木の実や果物、薬草等がたんまりと山を作っていた。
困り顔のライリーを見て、ざざが安心させるように言う。
(もちろん、われらがもっていきますからごあんしんを。
どうぞ、クロエさまをおまちになるあいだ、ライリーさまもすこしおたべください。たいりょうにありますからな。ごえんりょなさらず)
ライリーがざざを見上げて、ホッとしたように頷く。
「いつもありがとうございます。お言葉に甘えます。
じゃあクロエ、僕は皆とここで待ってるから。森とお話しておいで」
兄の言葉に頷いて、クロエはざざに抱かれながら森の奥に進んでいった。
ライリーはクロエ達を見送ると、森の木立を見上げ、周りをゆっくりと眺める。
「そっか……もう、こうやってクロエのお供をする事も出来なくなるんだ。
……好きだったんだけどな、この時間。あの子が戻ってくるまでこうやって森に抱かれて待つのは、とても安心するから。
でも僕はもうすぐ“森の外の者”になるんだ……はぁ、出来ることなら離れたくない……このまま森に居たいよ……くそっ」
顔を歪めたライリーは森の皆が用意してくれた場所に腰を下ろすと膝を抱えて踞り、一人呟いた。
いつもと違うライリーの様子に、森の皆が気遣わしそうに周りを囲む。
しかし呟いたあと、膝に顔を埋めたライリーは森の動物達の様子に気付かない。
そよそよと優しく風がライリーの髪を撫でる。
しかし彼は顔を上げること無く膝に臥せたままだ。
そよそよ……そよそよ。
ふと、彼の髪を撫でていた風を感じなくなった。
何となくライリーはゆるゆると顔を上げる。
すると目の前で見知った顔が自分を見つめていた。
「……うわあっ!ク、クロエッ?!な、なんで?森と話しに行った筈じゃ……!」
ライリーの目の前にはしゃがみこんだクロエが居た。
クロエはニッと笑うと片手を上げる。
「よっ、お兄ちゃん。何となく昨日からお兄ちゃんが元気無かったからさ、心配だったのよ。
バタバタしてて、一人になることもこのところ無かったでしょ?
だからお兄ちゃんを一人にしたら、もしかしたら本音が解るかもってちょっとカマ掛けてみたんだ。
うん、案外アタシの勘も当たるもんだね。ドンピシャで気持ちが聞けたよ。
ね、ちょっと話をしようよ、お兄ちゃん。時間は未だ有るからさ」
そう言ってクロエはライリーの横にちょこんと座った。
呆気に取られていたライリーは、ハッと気を取り戻すと慌ててクロエに反論する。
「話って……いや、それより先に森との話があるんだろ?!俺の事は良いから、早くざざさんと話をしに……」
慌てるライリーを見つめながら、クロエはズバッと指摘する。
「州都に行きたくないんだね、お兄ちゃん。ホントは森に居たいんだ、そうなのよね?」
クロエの言葉に、ライリーは言葉を失い沈黙した。
なるべく早く更新します。