171. コレットの助言
お読みくださりありがとうございます。
風邪引いて体調がなかなか戻らず、筆が止まりました。すみません。
客間に入ったコレットは開口一番、苦悩しているオーウェンに言い放った。
「……貴方は本気で妹を守る気がお有りなのですか?オーウェン様」
厳しい言葉にオーウェンは思わずコレットの顔を見上げる。
言葉とは裏腹にコレットの表情は柔らかい。
だが表情は柔らかいが、とても厳しい目をしていた。
「当たり前じゃないですか!何でそんな事を……」
オーウェンがコレットに声を荒げると、彼女は右手の人差し指を口に当てて、声を落とすように彼に合図を送る。
そして小さく溜め息を吐くと、オーウェンに話し始めた。
「貴方の不安や焦りは解ります。ですがクロエの前で、貴方は何を言うつもりだったのですか?
元々貴方達とあの子は、あの子がこの森を出ても周りが大丈夫な状況になった時、もしくはあの子自身が自らをある程度守れる位成長して、森を出ても良いと私達やジェラルド様、先生が判断するまで会わせない筈でした。
あの子はインフィオラーレでは既に死したものとして……貴方のご両親や貴方達は悲壮な覚悟をし、私達に宝を託されたのでしたわね。
よもやお忘れではないでしょう?」
コレットの言葉にオーウェンは唇を噛み締め、小声で答える。
「わ、わかっています……今の状況が、僕達の我が儘でしかない事は。
その為に血を吐く思いで家族はクロエを手放す覚悟をし、早く再開を果たすため僕は騎士となり……妹に害をなすあの教団を潰し、晴れて家族として再び暮らせるようにする事が兄としての僕がやり遂げなければならない最大の務め。
あの子の命に関わるような緊急事態以外は会わないでおこうと……そう、覚悟を決めたつもりでした。
ですがあの子がこの森で居ると判っているのに、と……そう考え始めたら会わずには居られなくて……。
すみません、貴女方には迷惑ばかり掛けている……それは分かっているんです。
覚悟を決めたと言いつつ、こんなあやふやで……情けないと思っています」
最もな指摘をされ、オーウェンはコレットに言い訳にもならない話をするしかなかった。
コレットは更に言い募る。
「……会いたいのは解ります。
だから私達も貴方やエレオノーラ様が此方に来られるのを止めなかったのですから。
ですが、今の貴方は周りが危惧していた状況になりつつあります。
……最初はただ会うだけで良かった。
でも話せば話すほど、触れ合えば触れ合うほどに、貴方は自分が兄だと名乗りたくて、クロエに解って貰いたくて堪らなくなっている。
でもそれは貴方の願望でしかなく、決してあの子を思っての行動では無い。
……貴方の我欲だけであの子を翻弄してどうするのです。
その願望自体を抱くのは無理からぬ事、ですがそれだけは絶対に越えてはならない一線ですよ。
そうでなければ何のためにクロエは……あの子があまりにも可哀想じゃないですか。
あの子は生まれて直ぐ周りの人達の考えのままに振り回されて……死した者とされてまで実の家族から離され、こんな人里離れた森に隠れ住む事を余儀なくされて。
そこに、あの子の意志は全くありません。ただ振り回されるだけ。
ガルシアも私も恩ある貴方達の為、あの子を受け入れる決意をしました。
私達はあの子が来てくれてから、より生活が楽しくなりましたから、それ自体は寧ろ感謝しています。
ですがあの子の事を考えると、可哀相で堪らなくなる時がある……。
そんなあの子に、これ以上の苦悩を味合わせたくは無いのです。
私は縁有ってあの子の“親”となりました。
“親”としてこの先どうあろうと、クロエには幸せになって貰いたいのです。
未来については、このまま私達の娘として過ごそうが、貴方達の元に戻ることになろうが、あの子が幸せに過ごせるならばそれで良いと思っています。
……ですが、今のあの子は私達の娘です。
だから何も知らないあの子を悪戯に悩ませるような言動は、あの子の前でしないでください。
あの子を苦しめるのならばオーウェン様、例え実の兄である貴方とて私は許しませんよ。
どうかもう一度貴方のお立場を良くお考え下さい」
コレットの言葉にオーウェンは顔を歪める。
解っている……言われなくとも。
この自分の苦悩は決してクロエに見せてはならないものだ。
辛い。妹を妹と呼べず、ただ親しい他人でいなければならないのだから。
だが、自分は両親の元で息子として愛され、父から嫡男としての心得を教え導かれながら、何不自由無く過ごしている。
しかしクロエは違う。
自分が甘受している当たり前の生活を、端から全て理不尽に奪われてしまっているのだ。
あの子には何一つ罪が無いのに。
知らぬとは云え、家族の中で一番辛い扱いを強いられてるのは間違いなくあの子なのだ。
自分達も断腸の思いであの子を手離したが、もし離されてしまったあの子がその事実を知ったらどうなってしまうのか。
幾ら聡くて優しいあの子でも、理不尽さを酷く悲しみ、苦しむのは火を見るより明らかだ。
だから全てが片付くまでは断じて明かせない、明かしてはならない。
痛いほど解っている筈の事だ。
しかし今、自分は何をしようとしていた?
祖父母や両親が信頼する、ガルシアとコレットに我が子同然に慈しんで貰い、その子供達にこの上無く愛されて育っている妹に、一体何を言おうとしていた?
感謝してもしたりない恩ある人達に嫉妬して八つ当たりしたり、挙げ句の果てには我慢できずにこれ見よがしに自分の苦悩をクロエに見せて。
コレットが見かねて叱責するのは当たり前だ。
制御できない感情をもて余してしまう。子供なんだと痛感する。
父と祖父も自分がこうなると解っていたのだろう。
だからあんなにクロエに会うのを渋っていたのだ。
でも、だからと云ってやはり会わないでいるなんて出来なかったと思う。
黙り込んでしまったオーウェンに、コレットは幾分目を和らげる。
「……ですが、貴方ばかりを責められないですね。
クロエが……あの子が普通の2歳児ならば貴方もここまで苦悩しなかったでしょうから。
まさかあそこまで大人びた子だなんて、オーウェン様の想定外も良いところですものね?
未だ2歳である筈なのに、時に周りの大人達を喰ってしまうくらい優秀で……勿論容姿はアナスタシア様譲り、いたずら好きな幼さもあって……本当に貴方の妹は魅力的な子ですわ。
そしてエレオノーラ様と並ぶとやはり似ていらっしゃる……。貴方様にも……ね、オーウェン様。
そんなあの子と共に居たいと思われるのは解ります。
ですがどうか耐えてくださいませ」
コレットの少し険が取れた声音に、オーウェンは肩を落とす。
失礼極まる情けない姿を見せた自分を、まだ労ってくれる女性の度量は確かに大人のもので、自分の未熟さを又思い知らされる。
コレットはオーウェンの様子を暫く見つめていたが、やがて小さく溜め息を吐くと膝を付いて、俯くオーウェンの顔を覗きこんだ。
オーウェンは唇を噛み締めて俯いていたが、覗き込むコレットの顔に気付いてギョッとする。
そんなオーウェンに、コレットは微笑みながら再び語り掛ける。
「……守るべき者は明確です。
ですが、その守るべき者について今の貴方は知らなさすぎる。
敵を知ることも大事ですが、先ず守るべき者について貴方は理解を深めていかなければ。
あの子の事、全て理解しているなんて思っておられないでしょう?
せっかく近くに居るんですよ。
短いこの期間を妹を知るために有効利用しなくてどうします?
あの子の性格や嗜好、あの子がどんな事が好きで何を考えているか。
クロエをよく知ることは、あの子を今後守っていくために非常に大事な事です。
オーウェン様はあの子を怯えさせる事無く良く観察し、あの子をもっと理解しなくては。
エレオノーラ様と共にね。
あぁ、マティアス様もクロエに興味がお有りなのですから、あの方にもクロエをどう見てらっしゃるかお聞きになられては如何かしら?
色んな方から見たクロエのお話を聞くのはとても良いと思いますよ。
でなければ……“宝”を守れませんよ、オーウェン様。
あの子をもっと知って欲しいのです。
……知れば益々辛さが増すでしょうけれど、貴方には必要な事なのですから」
コレットの言葉にオーウェンは驚く。
「クロエを知る……?
一体何でそんなことを。今でもクロエの事はよく見ていますし、完全とはいきませんが、ある程度はあの子を知ることができてると思いますが。
……いや、貴女が僕にここまで言ってくださるんだ。
つまり、僕に今一番求められてるのはそれなんですね。
僕はあの子をもっと知る必要がある。エレオも……。マティアスもだ。
その先に何かの意図が有るんだ。
つまりクロエを守るために、クロエを良く見てあの子の“何か”を掴まなければならない……。
理解せよと言うことは、特別理解しなくてはならない何かがあると云うこと。
……これが貴女が僕に与えられる精一杯の助言なんですね?
感謝します、叔母さん。
失礼な態度を取り、又クロエを惑わせる言動をし、申し訳ありませんでした。
助言いただいた通りに、今から動きます。
やるべき事を明確に示してくださったお陰で、心の靄が晴れた気がします。
ありがとうございました」
コレットの話に何かの意図が有ることに気付いたオーウェンは、先程までの焦りや苦悩の表情から、目的を定めた前向きなものに変わった。
コレットはその変化を確認し、頷いて立ち上がる。
「もう大丈夫ですね。
貴方がこの森に滞在する時間はあと半月です。
その時間を今のお心のまま、大切にお使いください。
リュシアン様にも助言をお求めになられると良いと思います。
一つだけお願いがあります。
……コリンには悟られ無いように配慮くださいませ。
あの子には未だ教えられないことが多すぎますので……。
それだけはお心に留め置いてください。お願い致します」
コレットの願いにオーウェンは大きく頷いた。
「意図は未だ解りませんが、コリンには悟られないようにします。
コリンに知られてはならない……だが僕達は知らなくてはならない事か。
クロエを理解する……あの子には何が有るんだ……?
叔母さんすみません、先に客間から出ますね。
ちょっと部屋で頭を整理して、考えます。
時間を無駄にしたくないので。
本当にありがとうございました。
では、部屋に下がります」
オーウェンはコレットに深く頭を下げると客間を出ていった。
コレットは、背筋を伸ばしたオーウェンが出ていった扉を見つめる。
「……あの子の秘密を知って狼狽えるようでは、この先あの子をお手元に戻すなんて出来ないのです。
これは貴方にとって試練でもあるんですよ、オーウェン様。
ライリーと違い、貴方は本当の肉親。エレオ様も。
あの秘密を知った時、貴方はどんな目であの子を見るのでしょう。
もし嫌悪や拒絶をその目に現せば……私は貴方達を2度とあの子には会わせません。誰がなんと言おうと。
ですが、そんなことにはならないと信じています。
ありのままのクロエに早く気付いて、そして受け入れてやってください。
全てが片付いた時、本当の家族としてあの子を迎えに来てあげてほしいのです。
あの子のために……」
コレットはそう呟き、オーウェンの出ていった扉に向かって頭を下げたのだった。
なるべく早く更新します。