169. クロエを語る
お読みくださりありがとうございます。
年末はバタバタして、結局この更新で今年は締めくくりになりそうです。
青年と老教師、そして主人公の父と兄が彼女を理解すべく、意見を出し合います。
さてどんな評価が語られるのでしょう。
クロエとコレットは森の家に戻り、替わってライリーが小屋にやって来た。
「妹と父母の話が終わったのに、他にもなにかあるんですか?」
訝しげに少年が小屋の中にいる大人達に行く。
ガルシアが頷き、リュシアンが苦笑しながら少年に椅子に座るよう促しながら説明する。
「先生には申し訳無いですが、もう少しの間、結界を頼みます。
結界を張っていただいたら、先生にはガルシアさんと君、そして僕に説明をお願いしようと思って。
……君の妹の過去の事故について」
ライリーは大方予想していたらしく、少し顔を曇らせた。
結界を張り直すディルクも無表情だ。
「……実は僕、先生から無理に聞き出しているんです。だから僕は……」
「……そう。君は優秀だからね。恐らくあの子の心の傷を気にしてのことだろう?
いや、君は既に知っているのは予想してたんだけどね。
だが今後の事を話し合いたいし、なので同席してもらいたいんだ。
良いかな?」
「それは構いません。むしろ僕としてもお願いしたい位です」
青年の言葉に少年は又頷いて答えた。
程無く結界を張り終わったディルクが、椅子を引き寄せ腰を下ろした。
「……リュシアン、お主も結界位張れるじゃろう?若いんじゃから、儂に替わって張ってくれても良さそうなもんじゃろが、全く……。
年寄りを酷使しよってからに」
「そりゃ構いませんが、先生と僕の性質は似てますからね。恐らく僕の結界内に身を置くのはお嫌だろうと思いまして。
……他人の魔力の中に身を置くとお辛いでしょ?お年の先生に余計な心労は掛けたくありません。
案外、先生は繊細で神経質だから」
「……フン。要らぬ気遣いを」
不貞腐れたように鼻を鳴らすディルク。
そんな恩師を笑いながら宥めた後、やがてリュシアンは表情を引き締める。
「先生、話していただけますね?
あの子を守るためには、あの子の弱点を予め知り排除しておくことは鉄則。
……教えたくないと駄々を捏ねたりなさらないで下さいよ?
時間がもったいない」
「わかっとるわい。ガルシアに教えん訳にはイカンじゃろうが。
まぁお主の事情も分かるしの。
だがライリーにも言ったが、あの子を守るは至難の業ぞ?
……傷より寧ろあの子自身の性質が一番の難敵となろう」
そう前置きして老教師は目の前の3人に、雅の最期について詳細を語り始めた。
「……呆れを通り越して感嘆する。何でそんな思考回路になるんだ?
彼女が育った世界は、この世界より余程文化が進んでいたんだと云うことだけは、皮肉にも解りましたけれど。
そこまで人一人の命に重きを置けるほど平和だったとはね。
……確かに“聖女”とでも言いたくなる女性だ。
愚かな子供のために……」
リュシアンは顔を歪めて呟く。
ガルシアが苦笑しながらクロエの肩を持つ。
「確かに冷静に見ればそうでしょう。ですが目の前で消えようとしている幼い命を目の当たりにして、心動かない者はいないと思いますよ?
特にあの子は情が深い質だ……。自分には厳しく人に甘い。
既に我が家で、その性質から来る捨て身の行動を何度か起こしています。
それがあの子を形作る根幹だ。
先ずは周りの者が自身を完全に守らないと、彼女を護ることは出来ませんね。
……しかし、そうか……クロエは、だから……。あの子の前の家族もあの子を守りきれなくて、辛かったろう」
ガルシアは呟いて目を閉じる。
「でも、誰かにずっと虐げられて来たのなら、あの自己否定感の強さも理解できるんですけど、クロエは前の世界でも大事にされていたんです。何故あんなに自分を卑下するのかが解らなくて。
あの自信のなさは尋常じゃない」
ライリーが溜め息を吐く。
「……儂も初めはそう思うた。だが、あれはあの子の居た所では、良しとされていた姿勢なのではないかと思う。
あの子は争いを好まぬ故に、自分を押し付けぬ。
相手の出方を常に気にし、少しでも相手が眉を潜めようものなら即座に自身を退く。
そうやって余程譲れぬ事でもない限り、穏やかな関係を作るべく相手の意向を尊重する。ごく自然に、な。
自己を主張しようとしない所が、とても自信無さげに見えてしまう。
だが、だからこそあの子の傍は居心地が良い。
言わずとも、あの子がこちらに合わせてくれるのじゃから。
自然と人が、あの子の傍に癒しを求めてやってくる事になる。
付き合いが長くなるにつれて歯痒く思う事も多々出てくるが、それをあの子に言うても始まらぬ。
あの子が知らず知らず前世で身に付けた処世術じゃろうから、無意識なんじゃ。
況して此処は、あの子にとって全く勝手のわからぬ異界。
そこで生きていこう、受け入れてもらおうと思うたならば、その良しとされた姿勢を強めて相手と対するのも無理からぬことだ。
必死なんじゃよ、クロエも。
幾らあの子を理解しようとしても、儂らは決定的にあの子と違う。
……此処ではあの子だけが異邦人なのだから。
此処の出自である儂らの感覚では、真にあの子の葛藤を理解は出来ぬのかもしれぬ
……このような考え方は好かぬのだがな。だが事実そうなのだから仕方がない。
そんな存在があの子の前に居たならと、ジェラルドも色々文献を漁ってはおるが、今のところ全くそのような話を見つけることは出来ぬ。
もう少し育ってから前世の記憶が呼び覚まされたのなら未だしも、生まれて直ぐに大人の意識が目覚めて……あの子だからこそ、ここまで穏やかに育ってくれたのであろう。
普通なら、いや儂ならば恐らくままならぬ自分に怒り狂って、さぞかし育てにくい赤子であった事だろうよ。
……だからこそあの子はこの世界に喚ばれたのかも知れぬがな」
ディルクはそう言って口を閉じた。
「想像だけでも恐ろしいな、僕には。
非力な赤子で全く未知の世界に放り出されるなんて。
例え周りが優しく接してくれたとしても、その態度を信じていいのか、そもそも優しいと云う自分の解釈自体が合ってるのかすら解らないんだからな。
未知の世界とはそう云うものだろう?
前に居た世界では尊ばれた考えが、この世界では忌むべき考えなのかもしれない。
それを1番弱い赤子の状態で探っていくことになる。
何の記憶もないただの赤子なら問題なく受け入れるだろう、周りの者達の一つ一つの日常の動作や会話を、前世の記憶があるが為に、いちいちその思惑を推し量りながら自分の態度や仕草を調整して行動する……考えるだに恐ろしい。
下手したら気を違えてしまうぞ」
リュシアンは顔を歪ませながら頭を軽く振る。
ガルシアはリュシアンの言葉を聞いて、顔を曇らせた。
「……そうですね。今思うと、何気ない赤子の世話は、大人の感覚からすれば羞恥極まる作業も多い。
あの子はいつも申し訳無さそうにしていましたし。
コレットに聞いたのですが、未だろくに歩けないのに、赤子用のベッドから一人で降りようと、柵にぶら下がっていた事もあったそうです。
……私達に迷惑を掛けてると思っていたのでしょう。
あの時は何てお転婆な子だと微笑ましく思ったのですが、そう考えるとずっと痛々しいほどに私達に気を遣っていたのだと、今更ながらに思い知らされます」
ライリーは沈痛な面持ちの大人達を見やり、少し言いにくそうに口を挟む。
「あの……確かにクロエは世話されるのを恥ずかしがってはいましたけど、意外に立ち直りが早い子です。
途中開き直って世話を受けてる様な感じもあったし。
元々あの子は余り深く考えない質なんだと思います。
気は遣っていたかも知れないですが、案外赤子だから仕方無いも~ん、なんて考えていたんじゃないかな?
普段も悲愴感はありませんでしたよ。
その証拠にクロエって食べることにかけては、ホントに遠慮がないですし。
ゆりかごの中から僕達の食事を、ヨダレだらだらで見ていたりして。
あの子の前で食べると何だか悪い事をしている気持ちになりましたよ。
……ずっと気を遣っている子は、そんな様子見せたりしないと思う」
最後の台詞に、大人達は顔を見合わせる。
「ホントに?クロエちゃんってそんなに食べる事が好きなの?」
リュシアンが驚いたように聞く。
すると残りの3人が揃って大きく頷いた。
「……つい最近、儂はあの子に踊らされて、“りんご飴”なる異界の菓子を初めて作った。
飴の作り方なんぞ解らんと最初突っぱねたら、「え~……役に立たない」と眉を潜めて毒を吐きよった。
もう食べたい一心であったんじゃろう。
儂を籠絡させるべく、上げたり下げたりすかしたり、あの子の持つ交渉術を嫌と言うほど堪能したわい。
ライリーもあれには勝てぬと言っておったよ」
ディルクの溜め息混じりの言葉に、ライリーが再び大きく頷いた。
「あれは無理。断るのに、ものすごい罪悪感を持たされます。あの見た目であんな頼み方されたら、普通の感覚の持ち主なら断れない。
普段はあんな交渉の仕方、クロエはしないんだけど……食べ物絡むとあの子は人が変わるから。
あ、でも先生が飴を作った後に、ちゃんと無理言った事は謝ってましたけど」
ライリーがディルクの言葉を補足する。
ガルシアが苦笑しながら
「先生みたいに頼ってくれないって、母さんは落ち込んでいたが。
しかしあの場合、母さんに気を遣って頼まなかったのかと思っていたんだが、実は飴を確実に食べる為に、あの子の事情に通じてる先生に狙いを絞っただけだったんだな。
確かに食べる事に掛けては、あの子は遠慮が無い」
と息子に話す。
「……どうせ儂は、あの子の前の世界で云うところの“チョロい”爺じゃからな」
不貞腐れた様子でディルクが呟く。
リュシアンが驚いたようにディルクを見る。
「“ちょろい”?何ですかその言葉は?
あの子の居たニホンって国の言葉は、何だか響きが変わってるよな……」
「“チョロい”はな、扱いやすいとか与し易い、つまり頭の構造が単純な奴を指す言葉らしい。
……あの子にとっては、儂なんぞ愚かな爺でしか無いんじゃよ。
ついついあの子とは言い合いもするでな、確かにその考えは当たっとるわい」
自嘲気味にディルクがリュシアンに説明する。
リュシアンが呆気に取られた顔でディルクを見つめ
「先生が単純……与し易い……扱いやすいーーっ?!先生をどう捉えたら、そんな評価になるんだ?!
……異界の交渉術も去ることながら、人の捉え方自体も気になるじゃないか。面白いな~。
うわぁ~クロエちゃんともっとちゃんと話したい!
何か色々面白い物が飛び出してきそう」
と次第に楽し気な口調に変わり、クロエと話したそうにする。
ディルクはそんなリュシアンに頷き
「ウム。あの子と話すと時間を忘れるぞ。何せ上手いんじゃよ、会話の持って行き方も表現も。
元々色んな知識の宝庫じゃろう?それに加えてあの弁舌。
……故にあの子との勉強時間は、ほぼ下らん喋りに終始することが多い。
で、最後は大体お互い相手のせいにしながら授業が終わるんじゃ。
儂、クロエの様に言い合いをする相手はここ暫く、ジェラルド位しか居なかったからな~。
だがジェラルドは頭悪いもんで、あの子程、丁々発止のやり取りが出来んのよ。
だからクロエとの喋りは楽しいな、ウム」
としみじみと云った風情で話す。
ライリーが口を尖らせて
「良いですよね、先生は。僕なんかクロエがちょっと怖がっちゃって。
最初が悪かったんだ……絶対秘密を教えてほしかったから、少し脅した様になったし。
はぁ、やっぱり子供だよな~僕」
と吐き出した。
ガルシアが
「え?お前あの子を脅したのか?
ライリー、俺はそんな男にお前を育てた覚えはないぞ?!」
と目を剥く。
ライリーが父をチラッと見やると
「ハッキリとは脅してないよ、結果的にそう捉えられても可笑しくないかもって思ったんだ。
聞き出したいから、こっちも必死だったし。
……少し意地悪な口調になっただけだよ」
と面倒臭そうに説明する。
リュシアンがそんなライリーを見て吹き出す。
「君も面白いね~。……うん、やっぱりそうしよう。
さて、それではクロエちゃんの事故の内容も把握できました。
後はガルシアさんに聞きたいんですが、溺死による心の傷はクロエちゃんに見られますか?
きっかけは大量の水だから、お風呂や小川……そういった物理的な物であの子が混乱を来したり、怯えたりしたことは?」
「ありませんね。今までにそんな素振りは1度も。
あれば何らかの対処をしていたでしょうし。
寧ろお風呂は大好きみたいですよ。
……ライリーの言う通り、深く考えない質なのかもな、ホントに」
とガルシアが返答する。
ディルクもライリーも頷き
「1番最初に事故の話を聞き出したときに、苦し気に息をし出した事はあったの。
だが、直ぐにあの子が気力で乗り越えた。その後そんな様子は見られぬ。
ライリーとも話したが、物理的な物によって不調を引き起こされる様な心の傷は、あの子の中に残っていなさそうじゃ。
懸念はあの子の性質故、同じ場面に出会さば又悲劇が繰り返されるかもしれないと言う恐れだけ、だ」
と老教師が呟いた。
リュシアンは頷いて、切り出した。
「では今後について、僕の考えを聞いてもらえますか?
……王都での現在の教団の動き、クロエちゃんとライリー君達の成長に伴う環境の変化、それを鑑みての提案です。
異議は後程伺うとして。
良いでしょうか?」
3人は青年を見て無言で頷く。
それを見て、青年は静かに自分の提案を語りだしたのだった。
老教師、ブレブレです(笑)
それだけ可愛いんですね。自身の娘とも思うクロエの事ですから、色んな見方をしてしまって当然。小憎たらしく思ったり、痛々しく思ったり、目に入れても痛くない位愛しく思ったり。
親としての感情そのままです。
ガルシアは甘甘親父(笑)。もう何しても可愛いんです。因みにミラベルの事でも同じ反応です。
なるべく早く更新したいと思います。
今年もお世話になりました。来年も又お読みいただければ嬉しく思います。
皆様、良いお年を!