168. 両親の反応
お読みくださりありがとうございます。
両親にも打ち明けることになった主人公。
青年の尤もな理屈に逆らえませんでした。
さて、反応は如何に。
心乱れるクロエはさておき、周りが直ぐに動いたお陰で、今彼女の前には両親が不安そうな面持ちで腰掛けていた。
「ク、クロエ……ライリーが何だか大事な話が有るからって言ってたけど……一体何が起こったの?」
「俺達はお前の親だ。何があっても受け止める覚悟は出来ている。
……だからそんな泣きそうな顔をするな」
「父さん、母さん……」
ディルクとリュシアンが再度結界を張って3人の近くに座る。
「ああ、ガルシアもコレットもすまんな。
大事な話は話なんだが、何も悪い話ではない。
クロエがリュシアンや儂、ライリーと話して、自身の秘密を両親にも打ち明けたいと決意してな。
今までも打ち明けたかったんじゃが、お主等の反応が読めず躊躇しておった。
その秘密をリュシアンが知るところとなった。彼は初対面の自分が知ったのだから、両親には打ち明けた方が良いと助言したのじゃ。
クロエもその助言を聞き入れた。
だから聞いてやってくれぬか。
親であるお主等を差し置いて、儂やジェラルド、ライリーがこの子の秘密を先に知ってしまっていたことは詫びる。どうか黙っておったこと、許してほしい」
ディルクがそう話すと小さく頭を下げた。
「ガルシアさんコレットさん。貴殿方より先にクロエちゃんから聞かせて貰い、すみません。
でもクロエちゃんが秘密を貴殿方に言えなかった気持ち、僕にも先生にもライリー君にも良く解るんです。
とても勇気の要る事ですから……況してやこの世で一番大切な人達である貴殿方に打ち明けるとなると尚更……。
良く決心してくれたと僕は思います。
だから複雑だとは思いますが、どうか彼女を責めないであげてください。
さ、クロエちゃん……大丈夫かな?」
リュシアンがガルシア達に、詫びと共にクロエを庇う言葉を述べた後、彼女を促した。
クロエはコクンと頷くと、目の前の両親をしっかりと見た。
両親も口を挟まず、只娘を見つめる。
「父さん、母さん。
アタシを……今までアタシを育ててくれてた中で、変に思うこといっぱいあったでしょ。
食事前に挨拶したり、オムツ替えを異常に恥ずかしがったり、変なこと妙なこといっぱいしてきたよね、アタシ。
言葉も妙に年寄り臭いし、それに……へ、変な言葉の寝言も言ったりとか。
未だ幼児なのに細かい絵を描き出したり、本を読んだりとか。
凄く変な子だよね、アタシ。
でも父さんも母さんもアタシをいつも優しく受け入れてくれて……絶対に冷ややかな目で見ることはなかった。
アタシ、そんな父さん達に甘えていたくて……言わなきゃいけないのに言う勇気が出なかった。
言ったら……今度こそ優しい2人もアタシをどう見るか解らなかったから。
でもそれって父さん達を信頼していないってことになるんだよね。
アタシは父さん達を信頼してるのに、やってることは正反対になってた。
とっくにその矛盾に気付いていたんだけど、正す勇気はアタシには無くて。
今日リュシアン様に話して……背中を押してもらったの。
今日にでも打ち明けた方が良いって、このままだと益々言えなくなってしまうよって。その通りだと思った。
だから……言うね?
あのね、アタシには……前世の記憶があるんだよ。
それもこの世界の人間の記憶じゃない……別の世界の大人の女性の記憶。
25歳で死んだ……羽海乃雅って女性の記憶が。
アタシは……クロエであり、その雅でもある……生まれ変わりなんだよ。
この記憶を持ったアタシの意識が目覚めたのはね、生まれて直ぐだった。
大きな部屋でアタシは良い匂いの女の人におっぱいを飲ませて貰ってた。あれは……母さんだったのかな?
未だ目が良く見えなくて解らなかったんだ。
その次の記憶は、父さんと母さんと一緒に……母さんの腕に抱かれてアタシは馬車に乗ってた。
母さんに笑いかけるとね、凄く喜んでくれて、馬車を御していた父さんにわざわざ声を掛けて、アタシの笑顔を見せて……父さんも凄く喜んでくれた。
この記憶……合ってるかな?父さん達覚えてる?アタシが生まれて、多分病院から森に帰ってくるときの光景だと思うんだけど……」
言葉を切って両親を見ると、ガルシアは目を丸くして身を乗り出し、コレットは口許に両手を当てて震えている。
「クロエ、お前……!覚えている、覚えているとも!」
「あ、あの馬車でのこと……クロエは全て覚えているのね!信じられない……全部合ってる!」
2人の反応にクロエは強張った笑みを浮かべる。
「覚えられたのはアタシの意識が既に大人だったからよ。
森の家に着いてから、お兄ちゃんお姉ちゃんに会って……今日までの記憶は全て鮮明にあるの。
今言った通り、クロエと雅は同じ意識なの。魂って言うのかな?
前の記憶の雅はこことは違う世界、日本で生きた女性だったの。
平凡な、どこにでも居る女性で、結婚もしてなくって、毎日仕事をしながら、ささやかだけど幸せに生きていたわ。
でもある事故で25歳で命を落とした……。
死んでから直ぐに何故か意識は目覚めて、アタシは向こうの世界の家族がアタシの死を酷く悲しむのを見ることになった。
自分の亡骸に戻ろうとしたけど……無理だったの。
アタシは……死のきっかけになった事故での自分の行動を後悔はしていないけど、アタシの死がどれ程の人に悲しみをもたらすのか、全くわかっていなかった。
自分の死については自分の行動の結果だから受け入れられるけど、皆を悲しませた自分は……許せなかった。
でももう取り返しがつかない事で……。
だからもし、もしもう一度生きることが出来るなら、今度は家族を、愛し愛してくれる人達を悲しませないように生きたいって願ったの。
そのまま雅の意識は前の世界から消えてしまった。
次に気が付いたら、この世界に父さん母さんの娘として生まれてたの。
……こんな記憶をもって生まれて、変わった行動ばかりするアタシを、家族は皆愛情いっぱいに可愛がってくれて、前の世界とおんなじ位幸せで毎日楽しくて……。
だけどアタシは皆を欺いていて……。
ごめんなさい……ずっと言えなくて、言う勇気がない駄目な子で。
本当のアタシは賢くなんかない、勇気のない、臆病者なの。
……怒った?」
語り続ける内、次第に両親を見ていられなくなったクロエはいつしか完全に項垂れていた。
何とか前世の記憶があることを語り終えた彼女は、恐る恐る顔を上げて両親を見る。
両親の顔を見たクロエは、受け入れてくれるだろうと考えていた自分の甘さを悟る。
父も母も泣いていたのだ。
彼女は両親が自分を受け入れられなかったのだと思った。
彼女は深い絶望感から顔を歪め、目を閉じて唇を噛み締める。
暫くして振り絞るように
「ごめんなさい。こんな気味の悪い娘で。……本当にごめん」
と呟いて椅子から立とうとした。
「何で謝るの?あぁ……なんてこと。こんな、こんなことって……」
コレットは泣きながら立ちあがり、クロエに近寄ると彼女を抱き締める。
「私達こそごめんなさい。そして、秘密を打ち明けてくれてありがとう。辛かったでしょうに。
……ガルシアも私も、実は何となく分かっていたのよ、貴女が子供じゃないことは。
ううん、勿論体は子供だけど、きっと心は大人の女性じゃないかって。
生まれ変わりなんて事は思い付かなかったけど、貴女の説明を聞いて納得出来たわ。
私達がもっと早くこの事を聞いてあげれば良かった。そしたら貴女はもっと早くに重荷を下ろせていたのに。
先生を頼りにしていたのは、先生が早くに気付いてくださっていたからなのね。
先生に感謝しなければ……でないと貴女はこんな大きな秘密を抱えて、どれ程悩み苦しむことになっていたことか。
気味悪いなんて自分で言っちゃ駄目!前の貴女も今の貴女も私達にとっては、大事な大事な娘なの。
だって同じ魂なんでしょう?前の貴女が居たから今の貴女が存在するのよ。
気味悪いことなんか何一つ無い。悲しく辛い経験をした、優しく可愛らしい娘が私達の娘だって分かっただけのこと。
……自分の死を見つめてきただなんて……なんて惨い……!
その上愛する家族が嘆く姿まで見てきただなんて!
あ、貴女が可哀想で可哀想でっ……!クロエ……よく、よく生まれてきてくれたわね。
貴女のように優しく強い子が私達の娘でいてくれること、誇りに思うわ。
話してくれてありがとう……愛してるわ、私達の大事な娘」
泣きながら抱き締めたクロエを優しく撫でながら、コレットは感謝の言葉と娘への溢れんばかりの思いを口にする。
「母さん……ありがとう」
クロエは感謝を口にするだけで精一杯だった。
後は母にすがって受け入れてくれたことに安堵の涙を流す。
ガルシアも目元を押さえ、唇を噛みながら嗚咽をこらえている。
クロエに秘密があること自体は既に分かっていたのだが、まさかここまで悲しい事実が秘められているとは彼も思っていなかった。
あまりに悲しく惨い過去を背負った娘に、涙を禁じ得なかったのだ。
元々ガルシアは盲目的に家族を愛している男だ。
血を生さぬ仲だが、クロエも勿論その家族の中に含まれている。
その娘が背負っている悲惨な過去、そしてこの世界でも恐らく背負わされたであろう過酷な宿命を思い、彼は心が引きちぎられる程の痛みを感じた。
「クロエ……父さんはお前を何としても守るからな。
これまでお前は理不尽過ぎる程の大きな苦しみに耐えてきた。……これ以上、苦しむ必要はない。
お前はこの世界で一番幸せにならなければいけない。
父さんはその為なら何でもするからな。
お前がここで幸せに生きることが、前の世界の家族への恩返しにもなるだろう?
俺達がお前の秘密を知った今、お前はもう身構えなくて良いんだ。
これからは素の自分を出すんだぞ。
気なんて遣うなよ?」
コレットに抱き締められたままのクロエに近寄り、その頭をクシャリと撫でながら父は娘に語りかけた。
娘は無言でウンウンと頷くのがやっとだった。
リュシアンとディルクはそんな親子の姿を温かく見守っている。
やがて漸く涙を止めたコレットが
「ああ、どうしましょう。泣きすぎて貴女も私も目が腫れぼったくなってしまったわ!不味いわね……。
申し訳ありませんが先生、治癒魔術を掛けていただけませんか?
子供達が不審に思うといけないので……もしクロエを問い詰めたりしたら大変ですから。
あぁ、目を擦っちゃ駄目よクロエ。益々不味い事になるから!」
と泣き腫らした目で、同じく泣き腫らした目の娘を気遣いながら慌てる。
ディルクは笑いながら承諾し、直ぐに治癒魔術を2人に掛けた。
何とか普段の目元に戻った母子は、顔を見合わせるとプッと吹き出した。
「フフ、泣いたり慌てたり忙しいわね、私達。
でも私、クロエが大人の女性でもあることが実は嬉しいの!
確か……25歳で亡くなったってさっき言ってたわよね。
その事実自体はとても辛く悲しい事だけど、つまり貴女は 25歳の女性の心を持っているのよね?
じゃあ私は娘と同時に同性の友人、いや妹……かしら?同世代で語り合える女性に出会えたことになるのよ!
これからは大人の貴女にもお話が出来るってことでしょ?
こんな素敵な事ってある?
甘えてくれる賢くて可愛い娘と、大人の女の話が出来る優しくて賢い素敵な友人とが同時に側に居てくれるなんて最高よっ!
あぁ、何でもっと早く貴女に聞かなかったのかしらっ!
アタシったら本当に馬鹿よね~」
コレットは自身の思いを物凄く嬉しそうに話すと、又クロエをギュッと抱き締めた。
「母さん……ポジティブだ……」
思わず呟くクロエ。
「“ぽじてぶ”って何?又教えてね?
そうか、そうよ!あの“りんご飴”は前の貴女からの知恵だったのね~!
と云うことは貴女、他にも色んな料理出来るんでしょ?
キャーーッ!アタシ、異世界の料理を教えて貰えるんだわ!
……ハッ!忘れてたわ、ミサンガッ!いいえ、あのぬいぐるみもそうよ!
どうしましょう~クロエったら本当に宝だわっ!
やだ、異世界の女性がどんな衣装を着ていたのかも聞けるんじゃない?
ハアァーー!凄すぎるわ……。
クロエ~!もう可愛いし賢いし、貴女って最高ねっ!」
興奮したコレットがギュウギュウとクロエを抱き締めながら、キャーキャー騒ぐ。
「か、母さん……離じで……ぐ、ぐるじい……」
「うわぁっ?!コレット、待てっ!クロエが潰れるぞっ!」
ガルシアがクロエとコレットを引き離そうとする。
「へ?あ、あぁっ?キャアッ!クロエ、ごめんなさいっ!大丈夫?!」
コレットが娘の苦しむ顔を見て又慌てふためく。
「ダ、ダイジョブ……母さんてば、凄い力……」
クロエが目を白黒させながら苦笑する。
親子3人で和やかに笑っていると、側で見守っていたリュシアンとディルクが頷き合って、リュシアンが声を掛ける。
「さて、未だ未だ積もる話はあると思うんですが、今は我慢していただいて。
コレットさん、今から森の家に戻って、ライリー君を呼んできて貰えませんか?
あちらの収拾がつかなくなるといけないので、クロエちゃんとコレットさんは向こうで他の子供達をお願いします。
ああ、僕の片割れである大きな子供は、適当に放っておいてもらって構いませんから。
こちらは又結界を張りますし。
ちょっと今後について話をしたいので」
リュシアンの指示にガルシアも頷く。
「そうだな、クロエの秘密が分かったからには先生の今までの警戒心も納得できた。
コレットは女性だから、クロエの繊細な部分での心の支えになれる。
男の俺達は、クロエの知恵を狙う輩からお前を守る手立てを話し合った方が良さそうだ」
ディルクは再び結界を解きながら
「フゥ……今日は目まぐるしいのう。
年寄りは付いていくだけでやっとじゃ。
さて、解けたぞ。ではコレット、クロエを頼む」
と首をコキコキ鳴らし、母子を促す。
クロエとコレットは頷き合いながら部屋を出ようとした。
すると扉のところで立ち止まったクロエがクルッと振り向き、ニッコリと笑いながら
「あの、リュシアン様、ディルク先生。アタシの背中を押してくれてありがとうございました。
両親に話せたから、アタシ凄く気持ちが軽くなりました!
もっと早く言えば良かった……リュシアン様の仰った通りでした。
感謝致します。本当に本当にありがとうございました……」
と礼を言い、深々と頭を下げた。
その後ろでコレットも同じ様にリュシアンとディルクに頭を下げている。
部屋に残っていたガルシアも姿勢を正して、同じ様に青年と老教師に頭を下げた。
頭を下げられた2人は苦笑しながら手を振り
「止めんか、恥ずかしい。儂は何もしとらん。
リュシアンの考えじゃ」
「あぁ止めてください、恥ずかしい。僕は好奇心もあってクロエちゃんに聞きたかった、その為に物事の順序を整えただけのこと。
却っていたたまれません……」
と3人に頭をあげるよう、各々宥める。
それで漸く頭を上げた3人であった。
なるべく早く更新します。