167. 共有のススメ
お読みくださりありがとうございます。
青年は自身の考えを直接主人公にぶつけ、秘密を聞き出します。
望む答えを引き出した後、青年がある提案をします。
リュシアンの、クロエについての考察の説明は本当にすぐ終わった。
彼の話は非常に理路整然としていて解りやすく、クロエは
(リュシアン様って本当に優秀なんだ……んで、鋭い。まさか音痴のアタシが口ずさんでたJ-POPやラジオ体操で、異世界の知識の可能性を推定しちゃうなんて……どんだけ柔軟に頭回るんだよ、この人。
こりゃ隠せんな。この人から一日秘密が保てただけマシか。
でもアタシホントに脇が甘いなぁ)
と自身に不安を感じ、眉を寄せてウムム……と唸る。
「まぁ確かに2歳の子の言葉遣いではないわな。おまけに理解不能ではあるが、流暢でしっかりとした他言語での歌……リュシアンならそれだけで情報は十分じゃったか」
「僕は普段からクロエと居たから解ったんですが、流石にその情報量だけじゃ難しいです。
やっぱり子供の僕とは違いますね」
ディルクとライリーも各々呟く。
リュシアンはそれぞれに考え込む3人に苦笑しながら問い掛けた。
「僕の考えは以上だけどどうなのかな、クロエちゃん?
3人の反応を見ていると、どうやら僕の考えは大方間違ってはいないみたいだけど。
答えてくれるかな?」
リュシアンの問い掛けに、クロエはディルクとライリーに頷く。
そして青年を真っ直ぐ見つめて答えた。
「そうですね。合ってます。
そこまで見抜かれちゃうと、もう誤魔化す気も起きませんよ。
お聞きのように先生とお兄ちゃんにだけはこの事を話しているんです。
2人はアタシと長く過ごしているから、アタシが持つ秘密に気付くのも解ります。
違和感も相当に有っただろうし、アタシは脇が甘いし。
だけどリュシアン様は違います。
ほんの少しだけアタシの姿を垣間見ただけ……アタシとそんなに話したわけでもない。
アタシに異世界の知識がある、その世界から生まれ変わりかとも仰ってましたが、導き出すにはあまりにも突拍子の無い考えですよね?
未だ単なる生まれ変わりとかなら思い付くのも解りますけど。
流石にアタシが口ずさんでた歌とかだけではちょっとその推理、無理がありませんか?」
クロエが事実と認めつつも、感じた疑問を口にする。
リュシアンは目を丸くする。
(黒の乙女の話は絶対出せない。しかし、その前提が有ったからこその結論だ。さて、黒の乙女の話を伏せた上で、どう話す?
……うん、やっぱりアレを指摘するか)
「そう思う?うん、君はやはり鋭いね。楽しいな、君と話すのは。
勿論他にも情報は有る。
それも加えて一気に情報が僕に入ったから、君の云う突拍子の無い結論を出したんだけどね。
聞きたい?」
「他の情報?聞きたいです」
「……この部屋さ。あの壁に貼ってある数式の表。これって“クク”って書いてあるけど、君の知識じゃないかい?あとそろばん。そして鉛筆。
先生が考えたとお聞きしたけど、どうにも違和感が有ってね。
先生は僕が師事してきた方の中でも、突出して素晴らしい方だ。幅広い知識、深い造詣、柔軟な思考回路、他者とは違う広い視野を持ち、そして新しい物を忌避しない懐の深さや、面白いものはとことん吸収なさる貪欲さまである。どれをとっても他に並ぶ者はいないだろうと僕は思っている。
又今までも魔術法具の開発・改良や、術式の考案をされてるから、発明はお手の物なのも良く知ってる。
しかしこの部屋の新しい物には先生の作る物の“匂い”がしないんだよ。
何て言うか……物を作る人間には解るんだ。その人の作る物が放つ、その人の癖や思考を含んだ“匂い”が。
なのにこの部屋で見た新しい物達には一切先生のその匂いがしなかったんだ。
それだけじゃない。
……この世界の物の匂いもしなかったんだよ。上手く言えないが、今まで嗅いだことが無い匂いがしたんだ。
……僕の物作りの“勘”がそう言ったんだ。
でも何故そんな物達を先生は自分が考えたと言い張るのかが解らなかった。
だって物作りをする人間にとって、他の者が作り出した物を自分が作った物だと詐称する程、恥ずべき事は無いからね。
物作りをする人間として一番許せない事だ。
まさか尊敬する先生がそんな愚かな事をなさる筈無い。それは断言できる。
ならば誰かを隠す……守るために、先生が表向きそう言っているのではと考えた。
ては誰を隠し守っているのか?
モヤモヤとした気持ち悪さを抱えていたところで、君の登場だ。
バラバラだった考えが一気に形を取り始めたんだ。
そこからは早かったよ。気持ち悪いモヤが晴れていくように、考えが繋がり始めた。
で、突拍子も無い結論に辿り着いた訳だ。
どう?未だ納得いかないかな?」
リュシアンが楽しそうにクロエに問い掛ける。
クロエはホウホウと頷きながらリュシアンの話を聞いていた。
話し終わった青年の問い掛けに、彼女は首を小さく横に振る。
「ううん、十分です。なるほど先生の“匂い”がしない発明か……。
そこは考えなかったな。確かに人の行動や思考には癖がありますもんね。“作品”なんてその結晶よね。
何て言うか料理で云うところの、その人独自の味付けとか盛り付けとかの違いって奴かな。
で前のアタシの世界との違いを表すとしたら、日本料理と他国料理の違いって感じか。
アタシもこの世界に来たとき、違和感だらけだったもんな。
それに気付くなんてやっぱり凄い方なんですね。
うん、納得しました。
じゃあお約束ですから、アタシの話をしますね。
確かにアタシ、クロエ・シェルビーの中には他の人とは違う記憶があるんです。
クロエ自身は2歳ですけど、中の記憶は貴方より年食ってる女の物なんです。
この記憶はクロエが生まれる前に……別の世界、日本と云う国で生きた女の物。
その女の名前は羽海乃雅、庶民で何の取り柄もない、平凡に生きた人間でした。
クロエとして生まれて直ぐ、この記憶も目覚めました。
以前の世界とは全く違うこの世界を認識したときは本当に驚きました。こんな奇跡、あるのかって。
……前の世界の雅は25歳で死んだんですけど、目覚めたら赤ちゃんでしょ?最初は戸惑いましたね。
先ず何が困るって……」
ディルクやライリーの時と同じ様に淡々と“雅”の話をし始めたクロエ。
最初は雅についての簡単な説明を、次に前の世界の話、特に文化や社会的なシステムについての話を、そして最後にディルクとライリーにこの話をするに至った経緯を、極力感情を交えずに話して聞かせた。
リュシアンは真剣に彼女の語りに耳を傾ける。
彼はクロエの話を聞き終わるとう~んと腕組みをして唸った。
「ホントにそんなことが起こるんだ。クロエちゃんの話は凄く解りやすかった。
信じがたいことだけど、信じられるね。今の説明は絶対幼児じゃ無理だから。
でもそのお陰で未知の世界の知識の一端に触れることが出来て、僕達は幸運だ。
僕も君がこの世界に来てくれたこと、本当に嬉しく思うよ。
だけどちょっと先生やライリー君に嫉妬するな、僕。
こんな面白い話を2人だけ聞かせてもらえてたなんて。罪だよ、全く。
理由は勿論解ってるけど、でも悔しいな」
そう言ってリュシアンは笑った。
クロエが話し終わっても、リュシアンの態度は終始穏やかであり、その視線は話す前より更に優しくなったように感じられた。
クロエ達の心が漸く安堵した。
ディルクの言う通り、彼は難なくクロエの秘密を受け入れてくれたようだ。
そんなリュシアンが3人を見て真剣な表情をした。
「クロエちゃんの前の世界の話を凄く聞きたいけど、それはグッと我慢して後に回すよ。
先ずこの話をクロエちゃんから無事聞かせて貰えることが出来たら、どうしても確認したいことが有ったんだ。
まぁ、確認する前に知ることが出来たんだけど。
この秘密……ご両親には未だなんだよね?
悪いことは言わない、早く打ち明けた方が良い。
初対面の僕が知ってしまった以上、君の庇護者であるご両親が知らないなんて事があってはならない。
今日聞かせてもらったら、これを進言するつもりだった。
何故ご両親には未だ打ち明けてないのかな?
理由があるの?」
リュシアンが首をかしげながら尋ねた。
クロエはリュシアンの提案に息を呑む。
彼女は次第に顔を歪めて、項垂れた。
「……それは、確かに仰る通りだとは思うんですが……。
言えてない理由は……怖いからです、2人の反応が。
時々、母さんが切なそうにアタシを見るときがあるんです。
気付いてるのかな?って感じるんですけど、確かめることが怖くて……。
両親を信頼していない訳じゃない。きっと受け入れてくれると思います。
でも、お兄ちゃんに打ち明けるときもだったけど、家族に言うのは怖くてたまらないんです。
アタシ……勇気がないから」
両手を握り締めながら呟く。
ライリーがクロエの背中を優しく叩く。
リュシアンはそんなクロエを悲しそうに見つめる。
ディルクが静かに話し始めた。
「確かに……頃合いかもしれぬ。もうガルシアとコレットには話した方が良いじゃろう。
最初儂は極力この秘密を隠させるつもりであったが、リュシアンが知った今、それは出来なくなってしまった。
のうクロエ、お主の“身内”には打ち明けようぞ。
先ずは両親に。そして時を見計らって兄姉に。
もう……隠すことはお主の益にはならぬからの」
クロエは顔をディルクに向け、暫く彼を見つめた。
ディルクも幼女を見つめる。
やがてクロエはライリーに目線を移し、兄を見つめる。
ライリーは心配そうな目で妹を見つめていた。
「僕は……父さん達なら笑って受け入れてくれると思うよ。
だけどお前が辛いなら……無理に言えとは言わない。
ミラベルも打ち明けて大丈夫だとおもうけど、コリンには……未だ時間を置いた方が良いと思う。
アイツはお前が可愛くて仕方無いんだ。必死に兄として恥ずかしくないようにと頑張ってる。
そんなアイツに今この秘密を打ち明けたら……受け入れられるとは思うけど、落ち込んでしまうかもしれない。妹に又差をつけられたとね。
兄の複雑な気持ちだけどな」
クロエは苦笑しながら頷く。
その後彼女は暫く目線を下げて考えていた。
やがて顔をあげてリュシアンを見ると、強張った笑いを見せた。
「未だ……怖いけど、両親には打ち明けてみます。兄姉は又その後に……」
リュシアンは優しく頷いて、声を掛けた。
「辛いことを言ってごめんね。でもこの先、きっと打ち明けるのが次第に難しくなると思ったんだ。
君の家族は信じるに価する人達だ。ご両親の事は僕も知ってるし、君の兄姉はとても優秀で強い心の持主だと思う。
でもご両親には直ぐにでも打ち明けた方が良いけど、兄姉には又頃合いを見計らってで良い。
……打ち明けるまでは辛いけど、話せばきっと君の心を軽くしてくれる筈だから。
秘密は大きければ大きいほど、次第に君の心を疲弊させていく。
その憂いを少しでも減らすため、人を見る目を養い、信頼出来る人を少しでも多く作るんだよ、クロエちゃん。
さて、ではこれからどうしましょうか?
クロエちゃん、直ぐにご両親に言う?明日以降にする?」
リュシアンがクロエにグッと顔を近づけて聞く。
「おいおい!そんなに焦らんでも……」
ディルクが呆れたように言うとリュシアンが首を振りながら指摘する。
「こういうことは早めに進めた方が良いんです。
クロエちゃんの気が楽になるのが解ってるんですからね。
後はクロエちゃん、君次第だよ」
リュシアンがニッコリ笑って彼女に軽くプレッシャーを掛けた。
「ウッ!……わ、わかりました。う~ん……ええい、もう今!今話しちゃいたいです!
うん、思いきりが肝心よ、そうします!」
クロエは半ば叫ぶように答えた。
リュシアンが破顔し
「良く言ったね!分かった。
じゃあ悪いんだけどライリー君、ご両親を連れてきて貰えないかな?
その後は向こうの沈静化を任せたよ、君ならやれるだろ?
先生、結界を一時解いてください。
直ぐに動きましょう!」
と言って、キビキビと動き出した。
クロエは唖然としてリュシアンを見上げた。
(こ、この人……こんなキビキビした人だったの?
聞いてたイメージと違う。もっとおっとりした人じゃなかったのーーっ?!)
クロエが呆気にとられている間に、兄や先生もリュシアンの提案通りに動き出した。
リュシアンはクロエの顔を見てウインクをした。
(ヒャッ!綺麗な人がウインクしたら、破壊力半端無いっ!
だけど、アアアッ!父さん母さんに話すって!
どうしよどうしよ~。凄く緊張する~。
絶対2人は受け入れてくれるとは思う。それは感じるの。
でもでもでも~、余りに展開早すぎーーっ!
とてもついていけないっ!)
クロエは考えていなかった状況に次々追い込まれ、翻弄される自分に戸惑うばかりだった。
なるべく早く更新します。