166. 双子の過去
お読みくださりありがとうございます。
少し長めです。
翌朝。
ディルクは小屋でクロエと共に朝食をとっていた。
「先生、ホントにごめんなさい!まさかあのまま寝ちゃっただなんて……。おまけにパニックまで起こして。
迷惑掛けちゃった……ごめんなさい」
パンを齧りながら、謝るクロエ。
ディルクは笑いながらお茶を飲む。
「迷惑などと思っとらんよ。それにあれはしょうがない。
お主は未だ2歳なのに、あやつ等が来てから緊張の連続じゃ。
儂もお主の精神年齢についつい重きを置きがちで、体の実年齢を忘れてしまう。
……体が悲鳴をあげていたんじゃな。書斎での行動は恐らく体からの警告だったのじゃろう。
気を抜け、緊張を解け……とな」
ディルクの優しい言葉にクロエは申し訳なさそうに笑う。
「そうなんですかね……。単にアタシが抜けてるだけだと思うんですけど。
だけど、先生とお兄ちゃんが居るから心強いです。
一人じゃないって本当に嬉しい……」
そう言うと彼女はフワッと笑った。
ディルクもその笑みに満足気に頷く。
「良い笑顔だ。力が程好く抜けて、見ている儂もホッとする。
……最悪ライリーに話した時のように、もしリュシアンのお主に対する目が厳しいものに変わったと儂が判断したら、儂はお主を連れてどこへでも行こう。
お主が森にどうしても居たいと言うなら別じゃが、お主の気持ちを最優先に儂は動く。
だから安心して話すが良い。
……だが、今言ったような事にはならぬよ。きっと良いようになる。
不安を持つなと言っても無理なのは解っておる。
でも、儂は何があってもお主の側に居るからの。お主が儂を疎ましく思うまで、お主が望む限り側に居る。
分かったな?クロエ」
ディルクの心からの言葉に、ミルクを飲んでいたクロエはカップを静かに置くと、椅子から降りてトテトテとディルクに近寄る。
ディルクが首をかしげると、クロエは椅子に座る彼にギュッと抱き付いた。
「ありがとう、先生……。ホントに先生はアタシのお祖父ちゃんみたい。
いつもアタシを一番に考えてくださるもの。
アタシ、先生と会えて良かった……」
ディルクはしがみついてきたクロエを優しく抱き締め返すと
「そうか。……儂も嬉しい。儂には子も孫も居ないからな、本当にお主が娘か孫ならといつも思うわい。
お祖父ちゃんか……良い響きだな。
とても温かいの……。
さぁ、早く食事を済ませて身支度をせねばな。
ほれ、未だ残っとるぞ?しっかり食べなさい」
「はーい!」
ディルクと笑い合いながら、クロエは又椅子に戻って朝食を食べ始めたのだった。
その後、幼い娘がとても心配なコレットとミラベル、エレオノーラが、クロエの着替えをもって小屋にやって来た。
ディルクがかいつまんでだが、改めて事情を話すと、3人は辛そうな顔で代わる代わるクロエを抱き締める。
「そう……そんなことになってしまっていたの。私が卵を取りに行ったあの時に……。
ごめんなさい、母さんが居たらこんなことになっていなかったのに」
コレットが心底後悔しながら、クロエに詫びる。
「やだ、母さんが悪い訳無いよ。あれはアタシの油断だから。
それにね、いずれは知られていたと思うの。だからこうなったからにはアタシ、リュシアン様にちゃんと隠してた訳も話すから。
あ、でもね、マティアス様には言わなくて良いんだって!
何かね、マティアス様は未だ全然気づいてないから、教える必要は無いってリュシアン様が仰ったって先生が。
えっと、甘やかすと本人のためにならないからだって。
不思議なお2人だよね~」
クロエがニコニコ笑いながら楽しそうに話す。
コレットが娘の様子に少し安堵しながら
「まぁ、そんなことを?リュシアン様ってとても穏やかな方なんだけど、そういう所お有りなのよ。
私も、あの出来事は忘れられないものね~」
としみじみ溢す。
「え、母さん何か知ってるの?」
ミラベルが思わず割り込んで母に尋ねる。
「ええ。昔、マティアス様がリュシアン様に作って貰ったイタズラの道具を屋敷内に仕掛けた時のことよ。
たまたま上手くその道具が動かなかったらしくて、イタズラが完遂出来なかったマティアス様はとても悔しがっていらしたわ。
その姿を見た使用人の私達は、イタズラの道具がどこにどんな風に仕掛けられてるのか分からないので、危険だから早く片付けてくださいってお願いしたの。
そしたら
「どうせ壊れて動かないし、片付ける必要なんて無いよっ!」
って怒ってほったらかしになさったの。私達も困ってしまって。
そしたらその様子を見ていたリュシアン様が
「……壊れてなんか無い。仕掛け方をマティアスが間違えてるだけなのに。
屋敷の皆には迷惑掛けない。マティアスは僕の作品を粗末にしたから、その報いを受けてもらわなきゃ」
ってすごく静かに私達に仰ってね。
……その次の日よ。屋敷内でマティアス様の物凄い悲鳴が響いて、慌ててその声のする場所に行ったら、マティアス様が御自分で前日仕掛けたイタズラ道具に引っ掛かって、びしょ濡れになっていたの!
「ブハァーッ!こ、壊れてたんじゃなかったのかよっ!リュシアン、どうなってんだよっ!」
マティアス様がリュシアン様に怒鳴ると、リュシアン様が笑いながらこう言ったのよ。
「僕が作った道具が壊れてる訳無いでしょ?ちゃんと動くさ。
マティアスが設置方法を間違えてただけ。だからそれを身をもって教えてあげたんだよ。
僕に作らせた挙げ句、自分のせいで作動しなかったのに、昨日の台詞は無いよね?
僕の道具をいい加減に扱わないで貰える?
作らせるなら、ちゃんと扱い方を覚えてよね、兄さん。
それは最低限の礼儀だよ」
ってね。
あれは今でも覚えてるわ……リュシアン様のかわいい笑顔が悪魔に見えたもの。……怖かったわぁ」
その当時の様子を思い出しながら上手く説明したコレットは、話し終えると震える真似をして皆の反応を見た。
ミラベルとクロエは思わず抱き合いながら
「キャーッ!怖いっ!」
と揃って悲鳴をあげた。
エレオノーラはニッコリ笑いながら
「あら。リュシアン兄様らしいこと。ウフフ!
ご自分で作った物をとても大事になさっておられますものね」
とウンウンと肯定する。
ディルクは苦笑しながら
「分からんでもないが、リュシアンらしいのう……容赦無いわい」
としみじみ呟く。
コレットがエレオノーラとディルクに同意しながら
「ああ、それに未だその話には続きがあるの。
屋敷の使用人である私達には迷惑掛けないって、リュシアン様が仰ったって言ったでしょ?
びしょ濡れになったマティアス様の周りは、当たり前だけど大きな水溜まりが出来ていたのよ。
私達が後始末をしようとしたら、リュシアン様が私達を手で制して
「兄さん、ここを綺麗にしてくれる?道具はみんなが持ってきてくれてるから、それを使って兄さんがここを綺麗にするんだよ。
……これは僕の作品を粗末に扱った罰だ。当たり前だよね。
綺麗にしないなら、この先二度と兄さん依頼の道具は作らないからね。
さぁ、どうする?
兄さんが選べば良いよ。僕は兄さんの判断を尊重するから」
ってマティアス様に言い放ったの。
マティアス様は悔しいやら腹立たしいやらで泣きそうな顔をしてたけど、結局リュシアン様の言う罰を受け入れて掃除なさったのよ。
……濡れたまま掃除なさったせいで風邪も引かれたんだけど。
マティアス様が風邪を引いて、リュシアン様は少しやり過ぎたって仰って、甲斐甲斐しく看病なさっておられたわ。
ホント面白いお2人でしょ?」
と話を締め括った。
又ディルクとエレオノーラが解る解ると頷いていたが、ミラベルとクロエは呆気に取られていた。
「容赦無いね、ホント。ほんの少しだけマティアス様に同情しそうになったわ。
まぁご本人が悪いんだから、しょうがないんだけど……」
ミラベルがブツブツ呟く。
「でもクロエが元気で良かったわ!これで一安心ね。
じゃあ私達はあちらに戻るわ。
リュシアン様とのお話が終わったら、戻ってらっしゃいな。
そしてコリンに早く顔を見せてやって欲しいの。
もうクロエが心配だ心配だってうるさくって!
今も一緒に来たがったんだけど、もし貴女が寝込んでたら着替えさせたりしないといけないでしょ。邪魔になるから無理矢理置いてきたの。
フフ、ライリーとオーウェンに慰められていたわ」
コレットの話を聞いたクロエは申し訳なさそうに
「後からコリンお兄ちゃんに謝らなきゃ。ううん、皆に謝らないと駄目だなぁ……」
と項垂れる。
コレットはそんなクロエを抱き締めて
「何言ってるの!謝ることなんて何にもないじゃない。
先生にお聞きしたわ。緊張が続いていたから、小さな貴女の体が悲鳴をあげたんだろうって。母さんもそう思う。
未だ2歳なんだから、貴女は。
だから気にしちゃ駄目よ。気にし過ぎで又倒れたら大変。
良いわね?」
と娘の目を見つめて、言い聞かせた。
クロエは母の言葉を聞いて、素直にコクンと頷く。
コレットは娘が頷いたのを見てから彼女の頭を撫で撫でした後、ミラベルとエレオノーラを連れて森の家に戻った。
入れ替わるようにライリーとリュシアンが小屋にやって来た。
リュシアンはクロエを見つけると近くまで走り寄り、一定の距離から膝をついて彼女を見つめる。
「クロエちゃん……体は大丈夫なのかい?昨日体調崩したって聞いたけど。
……それってやっぱり僕達のせい、だよね。
急に押し掛けて来て、君に緊張を強いたから……本当にすまない」
リュシアンはそう詫びると頭を深々と下げた。
彼の目の下にはうっすら隈が出来ていて、その表情は強張っている。
恐らくディルクにクロエの体調の悪化を聞いた昨晩から、ずっと心配してくれていたのだろう。
クロエは気を遣って距離をとるリュシアンにトテトテと近寄り、間近でニッコリ笑い首を横に振った。
「おはようございます、リュシアン様。
リュシアン様が謝ることなんて何もないですよ?
アタシの体調が悪くなったのは、単に未だアタシが小さいかららしいですし。先生にも母さんにもそう言われました。
アタシ位の子供って、こんな風に急に体調を崩すことがよく有るんですって。
だからリュシアン様達のせいじゃないです。
ご心配お掛けしてアタシこそごめんなさい」
リュシアンは目を丸くして、間近に立つクロエを見つめる。
昨日のオドオドとした姿とは全く違う様子を目の当たりにして、改めて驚いたようだ。
「クロエちゃん……、もう“隠さない”の?」
リュシアンが問う。
クロエはコクンと頷く。
「アタシは“昔っから”間が抜けてて……。周りが皆、アタシを守ろうと一生懸命になってくれているのに、“守られてる”アタシの油断でいつもこんなことになっちゃうんです。ホント、皆に申し訳なくて」
そう言うと目の前の青年に自嘲するように笑った。
リュシアンはクロエの言葉に息を呑む。
「君は……やっぱり」
そんな2人にディルクが穏やかな口調で口を挟む。
「さぁリュシアン、早く座りなさい。ライリーとクロエもな。
儂が今からこの部屋に結界を張るからの。
準備が出来るまで話はしちゃならんぞ、良いな?」
3人に指示をすると、全員コクンと頷いて直ぐに椅子に座った。
ディルクがそれを確認してから、いつもの様に結界を張ろうとすると、小屋の外から複数の人間の声が聞こえた。
「マティアス様!こちらに暫くの間近寄らないよう、先生とリュシアン様がきつく貴方にお命じになっていたでしょう?
そこで何をなさっているのですか!」
「オワッ!……あ、ヤベッ、ガ、ガルシアさん!
いや、あの……リュシアンが……俺も、その……」
焦るマティアスは自分を睨みつけるガルシアに、訳のわからない説明をした。
「……先生の命を聞けぬと仰るなら、替わって私が貴方をこの場から全力で排除致しますよ。
どうなさいますか?」
「は、はいっ!戻ります!すみませんでしたーーっ!
うーー、くっそぉーーっ!」
……その叫びを最後に、声達は小屋の近くから離れていった。
「マティアスめ……リュシアンの読み通りに動きよる。
全く、憎めん奴よの」
ディルクが苦笑しながら呟いた。
リュシアンは老教師の言葉に
「僕の読み通りと言うか……、恐らくわざと分かりやすく動いて、何らかの形で小屋の中の僕達に意思表示したかったんでしょう。自分を忘れるなってね。
まぁ、決意表明みたいなものかな。自分もきっと秘密を教えてもらうぞ!って。ホント恥ずかしいったらないな、大人げない。
……いつも表現がひねくれてるから、あの人は」
と、肩を竦めながら話した。
弟の達観した意見にハハッと笑いながら、ディルクが結界を張り終わる。
ディルクが3人の元にやって来て、自分も腰を下ろした。
「さて、どう話を進めるかな。
クロエ、いつもの通り自分で話したい様に話すか?」
ディルクがクロエを見ながら、気楽な口調で尋ねる。
クロエはう~んと腕組みをした後、パッとリュシアンを見て
「あの!リュシアン様が考えた、アタシの“正体”ってのがどういうものなのか、直接お聞きしたいです!
で、お聞きしてから、アタシがその考えが合っているかどうか答えたいと思います!
お願いできますか?」
と元気良く提案した。
リュシアンは彼女の提案を聞くと
「え!クロエちゃんの、しょ、正体~?!
君のことなのに、その言い方はちょっとどうかと……。
まるで幻の珍獣について話すみたいな感じがしない?
……それに、何だか一気にクロエちゃんの印象が崩れた様な……」
と困惑気味に話す。
「え~?でもアタシっていつもこんな感じなんですけど。
元が元だし、もう隠さなくて良いなら、どーんと本性さらけ出しちゃいますよ。
第一、素のアタシって演技下手だし、間抜けだし、先生がいつも怒る位口が悪いし。
そんなアタシをどう捉えておられたのか、凄く気になる~!
さぁ、話してくださいますよね?リュシアン様!」
リュシアンに向かってクロエは身を乗り出すように要望する。
リュシアンは困惑した目をディルクとライリーに向けた。
ディルクはニヤリと笑って
「これがお主の知りたがっていた本当のクロエじゃよ。
ま、この子がこう言うんじゃ。お主の考えを話してやりなさい」
とリュシアンを促した。
ライリーは真面目な顔で
「僕も兄として知りたいです。今までで妹の秘密を見破ったのは、先生と僕だけです。
ほんの少し妹と接しただけで、この子の秘密を暴いた貴方の考えを、僕は知っておきたい。
どうかクロエの願いを聞いてあげてください」
と言うと、ペコリと頭を下げた。
リュシアンは3人の言葉に
「分かりました。話します。
……だけど、何だか本人を目の前にすると凄く話しにくい。
恥ずかしいもんだな、コレって……」
と頷き、その後羞恥心を感じてか顔を覆った。
しかしリュシアンは直ぐに気を取り直すと、ディルクに話した内容をクロエとライリーにも話し始めたのだった。
なるべく早く更新します。