163. 追及
お読みくださりありがとうございます。
双子の弟君と老教師のやり取りtake2です。
爽やかにやり込めます。
「あら?リュシアン様、どちらへ?」
コレットが戸口に向かうリュシアンを見て声を掛けた。
「授業が終わったみたいだから、少し先生とお話をしたいと思いまして。
先生は未だあちらに居られますよね?」
「ええ、今しがた子供達が戻りましたから。それってお夕食まで掛かりそうですか?」
「んー……少し意見を頂きたいだけなんですよ。とても複雑な想定問題について。
長くなるかどうかは先生の解釈と答え次第ですかねー……。
でも、なるべく夕食までには戻ります」
リュシアンはコレットに困ったように笑いながら、そう説明する。
「まぁ。騎士団で既にご活躍されていらっしゃるのに、今も勉学に励まれておられるのですか?」
「やだなぁ、活躍なんてしてませんよ。僕はまだまだ見習いに等しい位です。
それにこれは……これからの自分のために考えなきゃならない課題なもので。
まぁ普段の僕は何も考えない怠け者なので、せめて先生とお会いしたとき位は頭を動かそうかな、と。
じゃ、行ってきます」
ペコッと軽く会釈して、彼は出ていった。
コレットはリュシアンが出ていく姿を見て首をかしげる。
「何だろ……ちょっと楽しそう?
やっぱり昔と同じで勉強が楽しいんだ。リュシアン様は変わらないわね。
私は勉強より料理や裁縫の方が楽しいけど、感覚は似たようなものなのかしら?
さて、私も用事を済まさなきゃ」
コレットは戸口に背を向けると台所に戻っていった。
ディルクの小屋に着き、リュシアンは中に入る。
「先生、リュシアンです。
少しお話があるんですけど、お時間頂けませんか?」
戸口から中に声を掛ける。
「あー、構わんぞ。中に入ってきなさい。茶でも飲みながら話すか」
ディルクののんびりした返答を聞いて、リュシアンが中に進む。
「勉強部屋の方じゃ。来なさい」
「ありがとうございます」
勉強部屋に入ると、ディルクが小屋の中の台所へ向かおうとしていた。
「適当に座っていてくれ。直ぐに戻る」
「ああ、お構いなく。すみません、授業でお疲れなのに」
「構わんよ。しかしさっき話したばかりだが、何か質問でも?」
「そうですね、心境の変化というか……。でも先ずは先生が淹れてくださるお茶を味わってみたいですね」
「ふむ。まぁ茶は直ぐ淹れるがな。
しかしさっきは厳しい顔だったに、今は何だか楽しそうじゃな?」
「そうですか?自分じゃ分かりませんが、表情に出てるんだな~」
「ほう?それじゃ良い方に心が振れたんじゃな。楽しそうなのは何より。
……よし、まぁコレットの茶には比べるべくもないが、儂の茶も飲めんことは無いじゃろ。
ほれ、置くぞ?」
「すみません、お手数かけます。
……良い香りですね。先生のお気に入りの茶葉ですか?」
「うん?そうじゃの、コレットが淹れてくれる茶は何種かあるのじゃが、儂はこれが一番好きなんじゃ。
気を利かしたコレットがこの茶葉を多めに仕入れてくれとるんで、小分けして貰っとる。
落ち着くんじゃよ、この香りは。
渋味もちょうど良い」
「そうなんですか。何となく分かります。優しくちょっと甘い香りだ……」
「まぁゆっくり飲むと良い。
で、何だ?改めて話とは」
リュシアンは飲んでいたお茶をおもむろに置くと、ディルクを真っ直ぐ見た。
「ええ、単刀直入に話します。
あの子……クロエちゃんは2歳の幼女だが、実はそうではありませんね?
クロエちゃん、あの子は一体何者なんです?
あの子の中には大人が潜んでいる……違いますか?」
ディルクはお茶のカップを持ち上げようとして、そのまま置いた。
「……一体何の話だ?」
「先生方があの子の秘密を必死に守ろうとしておられたのは分かっています。
でも僕は確信を得てしまった。
彼女を一人で森の家に居させたのは不味かったですね。
……見てしまったのです。僕の理解できない言葉で歌を歌いながら、図鑑の絵を酷評している彼女を。
自分で植物の絵を描いて図鑑を作りたいとも言ってました。
その後、良く考えられた運動をしていましたよ?小気味良い間と調子で数を歌うように数えながら、ね。
……後、随分と不満が溜まっている様でしたよ?可哀想ですよ、あんなに活発な“人”なのに、無理に行動を制限しては」
リュシアンはそう言うと微笑んだ。
ディルクは表情を変えずに目の前の美しく微笑む青年を凝視する。
「クロエはただの2歳の幼子だ。少し人見知りだがな。
何故、そんな話をする?」
「……先生、僕は言った筈です。何も知らずにただ駒になる気はないと。
無知に甘んじているつもりはないし、自分の行く先を決める重大な局面に於いて怠惰なままで過ごす気もない。
だけど一体どうすれば、僕の気持ちが納得する答えを得られるのかなんて全く解らなかった。
そもそも僕の疑問はあやふやで、ただ父や祖父、周りの大人達が僕達の意思も確認しないで、あの子を守る駒に僕達を当たり前のように組み込んでいるのが我慢ならなかった。
何一つとして大事なことは知らされず、況してや守るべき対象の価値も自分で判断出来ぬまま、騎士団に入り王都に巣食う教団の狂信者達の動きを探れとか、市井に交じって平民の様子を見ろとか、命ぜられるだけ。
平民に成りすます位なら未だ良いけど、教団の関係者に気付かれぬよう秘かに情報収集するなんてこと、経験の浅い僕らには厳しいものです。
だが身内に伝承の乙女が現れたのであれば、どれ程自分を危険にさらしても動いて守らなくてはならないと、そう父に言われ……。
父の話は理解できますし、心情的にも当然だと思う。
黒髪の娘に生まれてきたばかりに、過酷な宿命を否応なく背負わされた従妹に同情もします。
だが僕達にも意思はある。
大人達から少しばかりの話を聞かされるだけで、殆ど何も知らぬ娘のために自分の未来を差し出せと言われるのは納得できない。
せめて守る乙女を僕達にも会わせるべきでしょう?
兄も僕もそう思った。
だから騎士団を辞する覚悟で無理矢理休みをもぎ取り、周りの制止を振りきってフェリークに帰った。
騎士団に戻るつもりなんて毛頭無かったんです。
もし、かの従妹に会っても、単なる小さな女の子で何も僕達が感じる所がなければ、騎士団を辞めて家も捨てようと思っていました。
その位思い詰めていたんです。
……あの教団はそれほど闇が深い。
それを敵に回して立ち向かうには、確固たる矜持がなくては無理だ。
……なのに僕達には何もなかったのです。
分かりますか?最前線にいながら蔑ろにされてきた僕達の思いが」
そこまで話すとリュシアンは、厳しい目を恩師であるディルクに向けた。
ディルクは何も言えず、ただ厳しく断罪してくる青年の眼差しを受け止める。
やがてリュシアンはほんの少し目を和らげると、苦笑した。
「いえ、先生を責めるのは間違っているのは分かっているんです。
寧ろ先生もガルシアさんもコレットさんも、皆巻き込まれた方達だ。
身内の僕達以上に、本来ならこんな事に関わり合いたく等なかったでしょう。
でも先生達と僕達には決定的に違う事がある。
あの子を自分で見て知ってるって事だ。
身内なのに知らない僕達より、余程近しい。
それはとても大きな違いです。
子供の頃の素行で判断し、協力はさせても情報は与えないと云う扱いを受けている僕達は他人以下です。
……僕の言ってる事は間違っていますか、先生」
リュシアンがそう尋ねるとディルクは目を瞑り、一つ息を吐いた。
「そう、じゃな。
……ジェラルドが何故其方達を受け入れる判断をしたのかが、儂には引っ掛かっておった。
奴にもこの話を?」
「勿論です。言わなければ理解されない。訴えなければ現状を受け入れてると都合良く解釈される。
そう、僕達は既に学んでいますから」
「そうか……。儂達の怠慢だった。
其方達には辛く酷い仕打ちをしてしまっていたのだな。
確かに考えが及ばなかった。
……すまぬ」
ディルクは謝罪し頭を下げた。
リュシアンは小さく頭を横に振るとニッコリ笑った。
「やだなぁ、謝罪なんて要りませんよ。況して先生からは。
謝罪なら、父にして貰いたいですね。祖父にはして貰いましたから。
先生には謝罪なんかより、情報開示をお願いしたいです。
クロエちゃん、あの子は何者なんですか?」
「其方達の従妹で過酷な宿命を背負わされた幼子だ。それ以外に何を聞きたい?
リュシアン、其方はあの子をどう見ておるのだ?」
ディルクの言葉にリュシアンは小さく微笑む。
「僕の考えを言っても良いのですか?
聞いたら僕の頭がおかしくなったとお思いになるかもしれませんよ。
それでも良ければお話しますけど」
「勿体振るな。話せ」
「……大人って勝手なんだからなぁ。まぁ彼女を守るためと解っていますから、今回は流しましょう。
でも先ずはお茶をいただきます」
「お主……変わらんのう」
「ん、美味しい。普通に話が出来るって良いですね。
騎士団では吠えるばかりで、話が全く出来ない馬鹿が多くて。
あ、お茶無くなっちゃいました。おかわり良いですか?」
「ハァ、本当に変わらん。前からお主は周りに振り回されない子供じゃったからのう。
マティアスと良くも悪くも噛み合っておったわ。
待っておれ、茶を淹れてくる」
「すみません、先生。僕はその間この部屋を見せて貰います。
うーん、やっぱり……違うよね~」
リュシアンはディルクがお茶を淹れ直している間、部屋の壁をじっと見て一人頷いている。
お茶を淹れ直しているディルクは気が気ではない。
(どこまで見破った?まさかこんなに早く的確にクロエの秘密を暴くとは……!
あの馬鹿娘、一体何をしとったんじゃ!しかしリュシアンを過小評価していたのは儂の手落ち。
マティアスより先ずはリュシアンに重きをおくべきじゃったか……)
内心で舌打ちしながら、お茶を淹れ直して部屋に戻るディルク。
リュシアンはそれを見てまた椅子に戻る。
「ありがとうございます。ふぅ、美味しい。
僕もこの茶葉を買おうかな。凄く落ち着きます。コレットさんに銘柄聞いておかなきゃ」
「たしか茶葉の名前は“花の輪舞”と言っておった。
淡い香りの茶葉に幾種かの香る花弁を上手く調合したものらしい。
……儂はここへ来てから花を目にする機会が増えてな。
そのせいか以前はこういった変わった茶は好まなかったのじゃが、今はこれが心と体に優しく沁みるのじゃ。
優しく少し甘い香りは心を穏やかにさせる。
さて、茶の話は後で良い。
お主の考えを聞かせてもらおう」
今度はディルクがリュシアンを射抜くように見据える。
リュシアンはカップを置いて、表情を引き締めた。
「分かりました。
クロエちゃんの話す内容、仕草、それを僕なりに咀嚼して出した答えです。未だ纏めきれてるとは言えませんが。
得た情報自体は少ないが内容は充分だし、又紛れもなく本人からのもの。疑いようがない真実だ。
だから、言います。
クロエちゃんの中には大人、それも若い女性が居ますね?
とても素直で可愛らしい人だ。
又頭が良くて優しい。
そして……恐らくこの世界ではなく、違う理で生きてきた人だ。
何でそんな女性があの子の中に居るのかは分からない。
もしかして生まれ変わりというものなのでしょうか?
それともアレが神性なのか?それにしては人間臭すぎる……。
神と云うものが存在し、もしあの子の中にそれが潜んでいるのなら、神はとても人間に近いものなんですね。
それほどに身近に感じられる雰囲気だった。
だが、黒の乙女というならば納得出来てしまう。
人で在りながら、人に崇められるものだ。
身近だが、確かに何かが違う。あの容姿と醸し出し纏っている澄んだ気配、それだけで彼女は教団にとって充分な女神だ。
その上であの中身なら……何としてでも彼女を手に入れようとするでしょう。
それに……これは確認できてませんが、恐らく魔力量もオーウェン並みに持っているんでしょう?
間違いなく彼女は教団の求める黒の乙女、女神そのもの。
まぁクロエちゃんの中の彼女は、全くそんなことは知らない様子でしたがね。
纏まりが無いのはご容赦ください。未だ全てを解析しきれた訳では無い中での答えですから。
ですが、これが今の僕が考える、クロエちゃんの考察です」
リュシアンは話し終えると、お茶をゆっくり飲み始めた。
ディルクからは敢えて目を離して。
そのディルクは下を向き、カップを握り締めていた。
(……完全に読まれた。隠しようがない。あの情報量でこの結論まで持ってくるか?!
クロエよ、お主は一体何を見せたのだ?
いや、今はそんなことはもう良い。それよりどうする?
既に誤魔化す事は不可能。そしてこやつ等は必要不可欠な人材。
ならば儂の取るべき措置は……)
ディルクはクッと唇を噛み締めると、目の前で茶を美味しそうに飲むリュシアンを見る。
「良くわかった。
其方のクロエ論についての儂の答えは今すぐには言わぬ。
そうだな……明日朝から此方に来なさい。其方のみでな。
因みにマティアスはどう考えておるんだ?」
ディルクは穏やかな口調で否定も肯定もせず、リュシアンに指示を出して尋ねた。
リュシアンは指示に従うと頷いたあと、クスッと笑いながらディルクの問いに答える。
「兄は今悶々としていますよ。
僕は兄に全く情報を与えていないので。僕の気持ちに変化が起きて、僕が駒になることを承知した事だけ伝えています。
大分泡食ってました。
……兄の中の疑問は兄が答えを探すべきだ。結果道を違えても、それはそれでしょうがないことです。
自分の取るべき道を選ぶ局面で、弟がそうするからと安易に流されるようなことはあってはならない。
……もしマティアスがそんな道を取れば僕は兄を軽蔑する。
だから兄が何を言って来ても、明日同席させないでください。
……勿論、結界も張ってくださいね。
あの人は絶対近くで聞き耳を立てるから」
爽やかに笑いながら答えるリュシアンに、呆れた表情になるディルク。
「……キツい奴だな。まぁ兄を信頼しておるからこそ、か。
分かった、儂も異論はない。
では、今日はここまでとしよう。
そろそろ夕食じゃろう。コレットに迷惑を掛ける訳にはいかんからな」
ディルクの言葉にリュシアンは頷いて立ち上がる。
「ええ、夕食までには戻ると話したので。
さて、茶器は僕が洗いますよ。
せめてその位の手伝いはさせてください、先生」
そう言いながら茶器をテキパキと片付け始めるリュシアンに、ディルクが笑う。
「騎士団で揉まれたようだな。気を回せるようになっておるではないか」
「この位は常識でしょう?あぁマティアスは少し違うな。
巧く周りを言いくるめて、中々身の回りの事をしようとはしませんからね」
「あやつも変わらんのう……」
「はい、相変わらずの愛すべき兄で居てくれてますよ」
「物は言いようだな、全く」
「あれがマティアスなんです。それでいつも痛い目に遭ったりしますが、兄はブレませんよ。だから楽しいんです。
……それに兄は人の心を傷付けたりはしませんからね。楽しくからかいはしますけど」
「……それもどうかと思うぞ?」
「そうですか?」
マティアスをネタに話をしながら片付けをし、2人は小屋を後にして森の家に向かったのだった。
リュシアンは答えをほぼ得られたので喜んでいます。彼が喜怒哀楽を出すのは珍しいのです。
騎士団では能面で通していました(笑)
なるべく早く更新します。