162. 弟の決意と兄の焦燥
お読みくださりありがとうございます。
双子の様子に変化が訪れます。姉2人は仲を益々深めます。
子供達の力に衝撃を受けたマティアスが、エレオノーラとミラベルに付き添われて自失状態のまま森の家に戻り、そのまま弟と同じ様に客用寝室に入ってしまった。
「そんなに驚かなくても良いと思うんだけどなぁ……。
マティアス様って大袈裟な人なの?エレオちゃん」
「そうですわね~。大袈裟なのは確かですけど、でも少々の事では驚かない質だと思っておりましたわ。
あんなマティアス兄様は初めて見ましてよ。
わたくしやオーウェン兄様もここに来た当初は、ライリーやミラベルの学力の高さに驚きましたけど、マティアス兄様程ではありませんでしたわ。
ちょっと意外でした……」
エレオノーラも首をかしげる。
ミラベルが腕組みをして
「先生から言われたことがあるんだけど、アタシ達の感覚ってちょっと世間からズレてるらしいの。
……今のマティアス様の姿を見て、何となくその言葉を実感したわ。
直ぐに受け入れられたエレオちゃん達が凄いのかもね~。
でもアタシにはコレが普通だからなぁ。ライリーお兄ちゃんもコリンもクロエもだけど」
としみじみといった感じで話す。
エレオノーラは首をかしげたまま
「そうですの?
確かに凄いなぁ賢いなぁとは感心致しましたが、ズレているとは思いませんでしたわよ。
だってわたくしも兄様も直ぐに貴女達兄弟と打ち解けたではありませんか。
普通だと思いますわ」
と異論を唱える。
ミラベルは腕組みしたまま
「うーん……それってさ、エレオちゃんやオーウェンお兄ちゃんもアタシ達と同じ位、世間からズレてるせいって事、ない?
ズレてる兄弟同士、気が合っちゃった……とか」
と唸りながら言う。
エレオノーラが目を丸くして
「え、わたくし達もですの?
……あら?いやですわ、直ぐに否定しようと思いましたのに、何だかミラベルの言葉に妙に納得してしまいました……。
やはりわたくし達って、あの事もありますし、色々共感する事が多いせいでしょうか。
でもそれって、何だか嬉しいですね。
だって、ミラベルとわたくしの物の感じ方が似ているってことではありません?
でしたら、わたくしはズレてて良かったと思います。
お陰でミラベルとこんなに分かり合えるのですもの」
と話し終えるとニッコリ笑った。
そう言って嬉しそうに笑うエレオノーラを見て、ミラベルは頬をポッと赤くした。
「やだ……エレオちゃんたら、もうっ。
先に言われちゃった。えへ、アタシも嬉しいよ。
うん、そうだよね、ズレてて良かった!
お陰でアタシはエレオちゃんと友達になれたんだもの!
ウフフ、何だか言っちゃうと照れるね」
照れ臭そうに笑うミラベルを見て、エレオノーラは笑顔のまま頷く。
「ええ。世間と云う、よく知らない方達と同じ感覚でいるより、わたくしは大事なお友達と同じ感覚を持っている事の方が嬉しいです。
フフ、コレット叔母様とわたくしの母もとても仲が良かったと聞いておりましたの。
同じですわね、わたくし達も」
「わ、そうなんだ!じゃあ、親子揃ってだね~。
何だか母さんに昔の話を聞きたくなってきたわ」
「ですわね。この騒ぎが落ち着いたら、叔母様にお聞きしてみません?」
「うん、そうしよっ!」
楽しそうに話しながら、2人はお手伝いの為に台所に向かう。
何故か自分達に対するちょっぴりネガティブな評価を、とてもポジティブに捉えなおした2人。
やはりどこかズレているのであった。
さて、客用寝室の珍客2人。
寝室に入ったマティアスは、ドカッと自分用のベッドに座った。
「あぁ兄さん。もう見終わったんだ。
先生とあの子達の授業自体も終わったの?」
寝転んでまったりしていたリュシアンが、半分起き上がって兄に声を掛けた。
しかしマティアスは天井を向いたまま、暫く返事をしなかった。
リュシアンはその様子に眉を潜め、むっくり起き上がって兄に対座する。
「どうしたの。珍しいね、何かあった?
オーウェンやあの子達に邪魔者扱いされたとか、先生に出てけって叩き出されたとか。
あ、それならいつもの事だから、兄さんは何とも思わないよね」
静かな口調で兄をからかうリュシアンに対して、普段なら必ず言い返すマティアスなのだが、今日は何故か何も言わない。
リュシアンは首をかしげる。
「ホント変。何があったの?」
マティアスは動かずに一言。
「俺って頭固かったんだって分かっちゃった。
……アイツ等、何なんだ?
自分で見たのに信じられない。
ホントに子供なのか……嘘だろー……」
リュシアンが少し身を乗り出す。
「……何、見たの?」
「解ける筈の無い問題を事も無げに解いてる、くそ生意気なガキを見た。
後、その弟が3歳には絶対無理だって桁の計算を易々とこなしてた。
それも楽しそうに。
アイツ等は多分あぁ見えて成人してるんだ。
……未だその方が納得出来るよ。
どんな教え方したらああなるんだ」
「教え方、なのかな?」
「どういう意味だ?」
マティアスが初めてリュシアンを見た。
「アレは生来だと思う。勿論教え方も良かったからだとは思うけど、あの子達なら誰も教えなくても、きっとああなってる。
だって無理してないから、あの子達。楽しそうだろ、何しててもさ。
多分あの子達の吸収力も許容量も普通じゃないんだろうね。
思考も興味の対象も、子供のそれじゃない。
不思議な子達だよ。だから先生もあそこまで入れ込むんだろうね」
リュシアンが淡々と自身の考えを兄に伝える。
「お前……いつの間にそこまでアイツ等の事見てたんだ?」
「別に見てないよ。それに何となく兄さんも気付いてたろ?……あの子達は、全員普通じゃない」
「リュシアン?」
「……ここからは僕の勝手な推測だ。妄想だと言っても良い。
多分あの子を、クロエちゃんを守るために生まれたんだよ、あの子達は。
何の意志が働いたのかなんて解らない。想像もつかないし。
でもきっと、クロエちゃんの為にあの子達は存在する。
……そう思うんだ」
リュシアンは兄を真っ直ぐ見つめながら言う。
マティアスがリュシアンの確信に満ちた言葉に眉を潜める。
「お前がそんな台詞を吐くなんて……。お前こそ、いったい何を見たんだ?」
「未だ言えない。だけどここに来る前に持っていた大人達への反感は、正直どうでも良くなった。
だけどあと少しだけ、僕にとっての確証が欲しい。
それが得られれば、僕は駒になっても構わない。寧ろ挑むところだ。
でも直ぐに得られると思う。
そうしたらぐずぐずなんてしていられない。
僕は王都に戻るよ。
……恐らく時間はそうは無い。
だから戻ったら直ぐに動く。“地ならし”をしなきゃならない。
……兄さん、僕は自分で確信を得たら、この運命に身を投じるよ。
だから兄さんも自分で決めて?
僕の言葉に振り回されないで欲しい。
双子の兄弟とはいえ、僕達は別の人間だ。僕の覚悟が定まったからと言って、兄さんまでつられて運命を共にするなんて事は有ってはならない。
兄さんの中にある疑問は、兄さん自身で答えを探して」
リュシアンの話にマティアスは只目を見張る。
「リュシアン、お前は……」
「ごめん、勝手な話をして。
だけど僕はもう気持ちをほぼ固めた。
僕が気持ちを固めたきっかけに関しては今は言えない。
勿論兄さんの疑問が解けて納得が出来たなら、喜んで話すけどね。
願わくは兄さんの力は絶対に欲しいから、僕と同じ気持ちになってくれると嬉しいな。
さて、僕は先生のところに一度行ってくる。
兄さんは来ちゃ駄目だよ。
……多分言い合いになるからね。兄さんが居たら収拾がつかなくなる」
兄に向かっていたずらっぽく笑いながら、リュシアンが立ち上がる。
「ま、待てよ。俺は置いてけぼりか?
話してくれても良いじゃないか、お前の見たか聞いたかしたものを!
疑り深くて協調性は皆無、誰かの為に動くなんて事は俺以上に嫌いなお前が、何でそこまで態度を変えた!
つられたりはしない、だけど俺はお前を信頼してる。
信頼するお前の考えを聞きたいのは当然だろう?!」
兄の戸惑う声に、リュシアンはニッコリ笑ってはっきり言った。
「僕も兄さんを信頼してる。多分兄さんが僕を信頼するよりもね。
だから今は突き放すよ。
僕に見えてるものが何なのかなんて、本来の兄さんなら直ぐに見つける筈だよ。
僕の話で少し焦らせたのは、兄さんの背中を押すためだ。
どんな答えを出すにしろ、時間がないのは分かってるだろう?
父さんが乗り込んで来たら、終わりだ。それまでに答えを探さなきゃならない。
僕は運が良かったよ。
あ、1つだけ言っとく。
クロエちゃんを絶対に怖がらせないでくれ。
ガルシアさんが言った通り、黒の乙女の話やその他の伝承についてや、あの子の立場についての話は絶対にしないで。
多分先生やクロエちゃん以外の子達もそれを極度に警戒してる。
クロエちゃんには知らせちゃいけないんだ。
これだけは守ってね?
じゃ、僕行くよ」
そう話してリュシアンは寝室から出ていった。
呆気に取られた表情で弟が出ていった扉を見つめていたマティアスだったが、ガシッと枕を掴むとバフンッ!バフンッ!とベッドに叩き付ける。
「クソッ、何だよアイツ!
カッコつけやがって!
教えてくれても良いじゃねーかよっ!
くっそぉ……頭の良いアイツがまさかこんな馬鹿げた話に納得するなんて思ってもみなかった。
大体、騎士団なんて辞める気満々で休みもぎ取ってここへ来たんだ。
俺は駒なんぞになるつもりなんて、これっぽっちも無いんだぞ!
だが、俺以上にそのつもりだった筈のリュシアンが……。
畜生、どうなってやがる?!
時間は確かに無いんだ。俺もぐずぐずしてられん。
落ち着け……考えをまとめろ。
……俺だってつられたりしねーよ、リュシアン。
ンな情けねぇ姿、弟に見せられるかって。
納得出来なきゃお前とは離れるよ、そこまで付き合いは良くねーしな。
さて、どうすっかな~」
マティアスはそう呟くと、掴んだままの枕にボフッと顔を伏せてベッドに倒れ込んだのだった。
リュシアンはライリーとは違うタイプの天才です。彼は戦いを好みません。
思考の速さはライリーに匹敵しますが、擬態はライリーほど巧くありません。ですが必要とあれば変わっていける、柔軟な青年です。
ある意味コリンの素直さも併せ持つ人です。
マティアス兄、弟に取り残されて気持ちは迷子状態でしたが、元は強かな男です。どう動くでしょう。
なるべく早く更新します。