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やりたい事をやる為に  作者: 千月 景葉
第一章 黒き森
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161. マティアスの衝撃

お読みくださりありがとうございます。

勉強部屋の様子です。見学している青年が度肝を抜かれ、頭を抱えるお話です。

 さて、こちらはディルクの小屋。


 クロエを除く子供達全員とディルク、そして見学希望のマティアスで勉強小屋はぎゅうぎゅう詰め。


 何とか勉強出来る様に皆が席に付き、ディルクが子供達を見渡す。


「しかし年格好は様々だが、全員集まると見事に学舎の(てい)だな。いつもとは景色が違う。

 さて、皆解っておるの。今日の内容はそろばんじゃ。

 すでに渡した問題が解けたら儂を呼べ。その場で添削する。

 全員が問題をやり終えたら、最後に読み上げ算を行うからの。

 マティアスも一緒にやりたくなったら、儂に言いなさい。そろばんを貸してやろう。頭の運動になるぞ。

 幾つになっても向上心は大切じゃからな」


 マティアスにイタズラっぽく言うと、ディルクは子供達に向き直る。


「では……始めよ」


 その声を皮切りに、子供達は無言で計算問題に取り組み始めた。


 マティアスはその様子に衝撃を受ける。


 誰も無駄口を叩かず、ひたすらその小さな手がそろばんの珠を(はじ)く音だけが部屋内に響く。


「せ、先生……これがいつもなんですか?」


「ん?ああ、そうじゃが。どうかしたかの?」


「どうかしたって……静かすぎますよ。コリンなんて未だ3歳過ぎの筈でしょう?

 何でこんな授業に付いていけてるんですか?!」


「……お主達の小さな頃と一緒にするでない。あの子は立派にこなしておるぞ。勿論兄姉達よりは問題を簡易にしておるが、それでもあの歳にして、相当難度の高いものを既に解くことが出来る。

 何なら見てみるか?コリンの問題を」


 ディルクは事も無げに言い、マティアスにコリンの問題の控えを見せる。


 問題用紙を受け取ったマティアスは、その内容を見て益々顔を強張らせる。


「馬鹿な?!こんな桁の計算が出来るなんて嘘だっ!

 この子は3歳なんでしょう?」


 ディルクは苦笑してマティアスに注意する。


「静かにせんか。子供達の集中が切れるじゃろうが。

 それと、あまり歳を連呼するな。コリンが気にする。

 元々ここの子達とオーウェン達は、世間の同年代の子供達とは一線を画する程優秀だ。

 そんな逸材達に少し儂が手を貸してみたら、途端に花開きはじめてな。ご覧の通りとなっている。

 だからお主が驚くのも無理はないと解っているよ。

 でもこの森の家ではこれが普通なんじゃ。

 ああ、勘違いしないで欲しいんじゃが、別にガルシア達や儂が無理にやらせている訳ではないぞ。

 コリンなどは早く学びたくて、この部屋に入る許しを両親から貰った時は大喜びしとった位じゃ。

 ここの子もオーウェン達も誰かに学ばされているのではなく、自ら学びたくて頑張っておる。

 それがこの学習進度に表れておるだけじゃ」


 ディルクは静かに子供達の学習姿勢の話をすると、マティアスにフフッと笑う。


「さて、では次にこの問題用紙を見てみるか?これは今この部屋で1番学習が進んでいる子供の算学問題だ。

 ……まぁお主でも直ぐには解けんじゃろう?」


 マティアスが眉を潜めながら、用紙を受け取る。


 内容を見て愕然とする青年。


「これは!本気ですか、こんな問題を……。

 では、これを解いてるのはオーウェンなんですか?この中では1番年長だし」


 マティアスが真剣に尋ねる。


「違う、ライリーじゃよ。実は儂も難儀しておってな。難度を上げても上げてもアレは直ぐに解きよるんでのう。

 正直州都の学舎に通うても、こと学習面に於いては、あの子に余り益となる物は無いように思うわい。

 教師共も頭を抱えるじゃろうて。お主等とは別の意味で“問題児”扱いを受ける事になりそうじゃ」


 ディルクが困ったように息を吐く。


「まぁそれはどうでも良い。今はそろばんの時間じゃ。

 これに関しては比較的コリンの習得が早くての。ライリーやオーウェンの良い刺激になってくれた。

 そろばんは皆やり始めた時期が変わらんから、共に学べるのが利点じゃの。

 この子らは砂地に水を撒く様に、教えた事を瞬く間に吸収していく。

 それに飽き足らず、もっともっとと貪欲に知識を求めてくる。

 年の功で儂も引き出しだけは多いが、それもいつまで持つことやら……。

 教える側からすれば、嬉しいやら困るやらで悩ましいところじゃよ」


 ディルクはそう言うと苦笑した。


 マティアスはライリーの普段解いている問題を、食い入るように見つめている。


「嘘だろ、こんな……。俺でもこれはキツい。なんでこれが解けるんだ?

 先生、俺をからかってませんか?

 俄には信じがたい」


 唸るように言うマティアスに、ディルクは呆れた目を向ける。


「疑り深い奴じゃのう、お主はそんな懐疑的な性格じゃったかな?

 ふん……まぁ待て。先ずはこの子等の添削が先じゃ。そろそろ……。おお、コリン出来たのか?」


 見るとコリンがニッコリ笑いながら、片手を真っ直ぐ挙げていた。


「よしよし。では添削しようかの。

 ……うむ、全問正解じゃ。ようやったな、偉いぞ。

 次は難度を上げるとしようか。掛け算も割り算も桁を上げるぞ。ついてこれるかの?」


 ディルクがイタズラっぽくコリンに尋ねると、嬉しそうにコリンが頷く。


「ホントですか?やったぁ!

 早く兄ちゃん達に追い付きたいから、僕やります!

 よぉし、ガンバるぞぉ!」


 コリンはそう言って、クロエ直伝のガッツポーズを取る。


 ディルクが愛おしそうにコリンの頭を撫でた。


 マティアスはそんな師弟の姿に目を丸くした。


 そしてコリンを皮切りに、次々に子供達の手が挙がる。


 ディルクは順番に回り、添削していく。


 間違えてしまった子には、その問題のやり直しに加えて、類似問題を即座に与え、取り組ませていく。


 その間、先に出来た子達は自発的に自身の過去問に取り組んでいた。


 マティアスはその授業の進め方にも目を見張った。


「先生、いつもこうなんですか?

 休憩はさせないのですか?

 こんな小さい子達なのに……」


 ディルクは添削している問題から目を離さず、マティアスに答える。


「休憩まで授業は引っ張らぬ。

 集中力が持続する一コマで授業は終了じゃ。

 朝と昼に分けるときもあるが、この子達も忙しいのでな。

 剣も楽も畑仕事も木工も、裁縫や料理まで、この子達にはやりたいこと習いたいことが溢れんばかりに有るのじゃ。

 その全ての学びの機会が、上手く釣り合うように片寄らぬように導くのが儂の役目よ。

 その中で探求したいものを、この子等にはいずれ見付けて欲しいものじゃて」


 話している内に、子供達は皆課題をこなし終えていた。


 ディルクが最後の仕上げの読み上げ算に入る前に、ライリーに声を掛けた。


「ああライリー、すまんが後からマティアスの前でお主の今の問題をやって見せてくれんか。

 どうも俄には信じられぬと疑いよってな。

 面倒を掛けるが頼めるかの?」


「別に良いですけど……只、信じてもらわなくても構いませんよ。

 信じられなければ、それはそれで」


「いや、儂が構うわ。教え子が疑われるのは気分が悪いでな。

 チャッチャッとやって見せてやれ。師の(めい)じゃ、良いな?」


「はぁ、分かりました。では授業が終わり次第やります。

 マティアス様、よろしいですか?」


「あぁ……俺は構わないが」


 マティアスは直ぐに了承した。


 ディルクが子供達に向き直る。


「さて、では仕上げと行こうかの。皆準備しなさい。

 最終問題は3問。いつもの通り、コリンは後の2問は自由参加で良いぞ。まぁそうは言うてもやるんじゃろうがな。

 では、行くぞ。願いましては……」


 子供達はディルクの読み上げる数字を、パチパチと自身のそろばんに弾いていく。


 マティアスは目を見張りながら、その計算スピードを見つめている。


 やがて1問目が終了、答え合わせをし、子供達は全員正解した。


 2問目、3問目と同じ様に子供達は取り組む。


 ディルクは淡々と問題を読み上げていく。


 3問目まで無事に子供達はクリアし、この日の授業は終了した。


 ライリーを除く子供達は直ぐに片付けをし始める。


 ライリーはディルクから問題用紙を受け取り、眉を潜める。


「これですか?僕は構いませんが……」


「そう、そうだよな!やっぱり難度が高過ぎるよな?!

 ディルク先生、無理を押し付けてはいけませんよ。この子も眉を潜めているではないですか!

 やっぱりこんな……」


 マティアスが我が意を得たりとばかりに、ライリーに声を掛ける。


 しかしライリーはそんなマティアスにキョトンとする。


「いえ、この問題は先月終わった分なんです。確かオーウェンの課題になるんですよね。

 今、僕がやってるのは次の課題です。

 まぁ確かにこれは復習したかった問題だから良いですけど」


 その台詞を聞いたマティアスはギョッとする。


「復、習?オーウェンの課題になるって……じゃあオーウェンもこの課題が出来る位まで学力があるのか。

 って、待て!お前は次の課題だと?!これより高度な問題を解くってのか?」


「高度かどうかは解りませんが、先生からは次はコレって渡された問題集がありますよ。

 先生、そちらに有りませんか?この問題はオーウェンの前ではやらない方が彼の為……」


 ライリーの声にオーウェンが振り向く。


「僕は予習として見てみたいな。やって見せてくれよ、ライリー。

 その方が僕はとても助かる」


「やだ。甘いよ、オーウェン。

 しっかり頭を捻って苦しんで解いてくれ」


 オーウェンの期待する声に、ライリーはつれない返事を返す。


「チェッ、やっぱり!お前に追い付くのが又遅くなるじゃないか。

 ま、確かに自分で解くのが楽しいんだけどさ」


 口を尖らせて文句を言うオーウェン。


 マティアスはそんな2人のやり取りを呆然と見る。


 ディルクが頭を掻きながら

「あぁすまん!こっちだこっちだ!

 重ねて置いてあったもんじゃから、間違えた。

 マティアス、コレだコレだ。この課題が今のライリーの物だ。

 見たら彼に渡してくれ」


 渡された問題用紙を見て、顔色が更に悪くなるマティアス。


「ゲッ……。こ、これって。学舎ではここまでやりませんよ!」


「しょうがないじゃろう。もうこの課題を出さんと次が無いんじゃ。

 さ、ライリー、やって見せてやれ」


「はぁ。じゃあやります。用紙貸してください、マティアス様」


「う……わ、わかった。ほら」


「どうも。さて、じゃあ始めます」


 カリカリカリ……。


 渡された問題用紙に鉛筆で解を書き始めるライリー。


 問題を読むスピードも速いが、解き始めるのも速い。


 時々手を止めて見直し、又解を書き始める。


 彼に手渡された問題用紙には2つ問いが書かれていた。


 頭を抱えることなく、淀み無いスピードで解を連ねるライリー。


 マティアスは食い入るように見ながら、手を握りしめる。


 やがて手を止めたライリーはゆっくり用紙を見直し、ディルクを見た。


「出来ました。添削をお願いします」


 ディルクは用紙を彼から受け取り添削しようとして、ふとマティアスを見る。


「お主、添削してみるか?この問題ならお主も解けるじゃろう?

 因みにこれが答えじゃ。解けんかったら、この答えと照らし合わせて見てやってくれても良い。

 ほれ、やってみ?」


 マティアスは無表情でその用紙と答えを受け取り、椅子に座って答えを横に伏せて置いた後、ライリーが解いた用紙を見つめる。


「……先生、ペンを貸してください」


 ディルクは無言でマティアスにペンを渡した。


 用紙にペンで何かを書き入れつつ、添削をしていくマティアス。


 暫くして手を止めて息を吐いた後、伏せておいてあった答えとも照らし合わせ始めた。


 やがて溜め息を一つ吐き、用紙から目を離してディルクに頷く。


「正解ですね。2問とも文句無しで解が成立しています。

 しかし……参った、本気で」


 そう言うと机に突っ伏したマティアス。


「なんだよコレ……。有り得ねぇ、既に子供の次元じゃないぜ。

 ……何か凄く疲れた、ちょっとあっちで休ませてもらいます。

 又後からお話させて下さい。

 駄目だ、俺も頭が固い方だったんだ……衝撃が強すぎる」


 そう呟きながらマティアスはフラフラと部屋を出ていった。


 エレオノーラとミラベルが顔を見合わせて頷き合うと、慌てて

「だ、大丈夫ですか?!」

 と彼にくっついていった。


 残されたディルクや男の子達は暫くそのまま固まっていた。


 やがてディルクが

「……何か儂の感覚は既に世間から大分ズレておるようだな。あのマティアスがあそこまで衝撃を受けるとはの~」

 と首を捻った。


 オーウェンが嬉しそうにライリーの背を叩く。


「僕は小気味良かったですがね。あんなマティアスを見たのは初めてだ!

 ライリー、やるなお前!」


 叩かれた背の痛みに顔をしかめながら、ライリーはオーウェンを睨む。


「痛いって!やるなってオーウェン……意味がわからん。

 僕は普通に課題を解いただけだよ、何にも変なことはしてないし」


「いや、お前の存在が既に驚きなんだよ。あー、面白いったら!」


 コリンが目をキラキラさせながら呟く。


「兄ちゃんはやっぱり凄いんだな~。僕、もっとガンバらなきゃ!」


 そんなコリンにディルクが笑いながら言う。


「いや、最初はコリンに驚いておったんじゃぞ。聞こえなんだか?」


 オーウェンが手をポンと叩く。


「ああ!そうだった、確かに。

 コリンの問題を見て物凄く驚いてたもんな、マティアス」


「ああ、僕も聞こえたよ。コリンも凄いじゃないか、兄として鼻が高いよ」


 ライリーがコリンを褒める。


「そ、そうなの?じゃ、クロエも喜んでくれるかな~?

 後から話してみよっと!」


「……出たな、クロエ至上主義。この妹大好き甘甘兄ちゃんが」


「何とでも言って!クロエが喜んでくれたら僕は嬉しいんだから~。

 でもさ、ライリー兄ちゃんだってオーウェン兄ちゃんだってそうでしょ?

 皆、クロエには甘いんだから」


 コリンの言葉に兄2人は苦笑いし、ディルクが大笑いする。


「ハハハ、こりゃコリンの勝ちだな。この子の言う通りだからのう。

 さて、片付けて向こうへ行くとするか。

 あぁ、お主等は先に行きなさい、儂も直ぐに行く。皆、お疲れ様」


 ディルクがそう言うと、子供達も道具を片付けてから一礼して

「お疲れ様でした!今日もありがとうございました!」

 と元気良く礼を言って部屋から出ていった。


 ディルクは笑いながら頷き、それから大きく伸びをしたのだった。

エレオノーラとミラベルが慌ててマティアスについていったのは、彼を心配した(エレオノーラ)のと、妹がヤバいと警戒した(ミラベル)のとが重なったからです。

基本、妹に害なすかもしれないマティアスにミラベルは好戦的です。

ライリーと言い、案外血の気の多い兄妹です。

なるべく早く更新します。

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