160. 脇が甘い娘
お読みくださりありがとうございます。
いつもの通り、主人公がやらかします。周りの危惧通りです。
子供達とマティアスが小屋に入るのと入れ替わる様に、リュシアンが森の家に戻ろうとする。
その姿を見たマティアスが弟に声を掛ける。
「あれ?お前は見ないのか?」
「……兄さんと一緒は疲れるし。別に見るよ」
「お前、兄と居て疲れるなんて言うなよ~。傷付くだろうが、俺が」
「知らないよ、そんなの。僕はしたいようにするから。
勿論、シェルビー家の人達にこれ以上迷惑を掛けない範囲で、だよ。
それに兄さんは僕が居たら調子に乗るから、極力離れた方が迷惑掛けなくて良いだろ?
じゃあ、向こうで居させて貰うよ」
そこまで話すと彼は扉を開けて出ていった。
「え~……。なら俺だけかぁ。たまには兄弟一緒の行動しろよな、全く」
マティアスはそんな弟に苦笑しながら愚痴る。
そんな2人のやり取りを見て、焦ったのは子供達だ。
「不味い、想定外だ。まさか一緒に見学しないなんて言い出すとは。
あっちには今母さんとクロエしか居ない」
「……一人戻るか?」
「……不自然すぎるだろ」
「ならアタシが戻ろっか?」
こそこそと小声で話している子供達に、ヌッと上から影が射した。
「何をこそこそ話しているんだい?俺も交ぜてよ」
マティアスの声にライリーは内心舌打ちする。
(仕方無い。こいつまで戻らせるわけにはいかない。せめて一人は確実に足止めさせる)
「……別に何でもないですよ。下世話な興味が働いただけですから」
ライリーがさらりと答える。
「下世話?何の?」
「案外兄弟仲が殺伐としてるな、と思いまして。
あ、すみません。僕子供だからつい気になると口に出しちゃうんですよ。隠し事出来ない質で。
ホントすみません。気を悪くされましたよね」
悪びれた様子もなく、しれっと嘘を吐くライリー。
マティアスが片眉を上げて面白そうに彼を見た。
「へえ、君ってやっぱりオーウェンが気に入るだけ有るね。
相当性格が曲がってない?」
「オーウェンに名の呼び捨てを許して貰ってる程度には仲が良いですが、それで性格が曲がってると判断されるのは些か納得出来ませんね。
今まで変わってると言われたこともないですし」
「そうかい?俺とこんな会話が出来る君は、相当なへそ曲がりだよ。
……面白い子だなぁ。ディルク先生も教えがいがあるだろうね」
「さぁ?先生から見れば、僕なんて単なる子供ですよ。生意気だし出来が良いわけでもないし。
……あぁいけない。早く部屋に入らないと、先生を待たせたままだ。
行きましょう、マティアス様」
「ハイハイ。しかしこれは楽しみが増えたな。君がどの程度の学習進度なのか、じっくりと見学させて貰うとしますかね」
「単なる子供の僕に興味を持って頂けて嬉しいですよ。退屈しのぎ程度にはお役に立てそうだ」
「……ホント、これで9歳とはね。
一体どうやればこんな奴が育つんだろうな」
マティアスが肩を竦めた。
(……こいつの足止めはこれで大丈夫だろう。
母さん、クロエを頼んだよ)
そんな毒舌の応酬をしながら、結局ライリーをはじめとした子供達全員、森の家の末妹を気にしつつも授業に臨むこととなったのだった。
森の家の扉を開けて中に入ろうとしたリュシアン。
その目の端にコレットが家畜の小屋に向かうのが見えた。
恐らく夕食の材料を取りに向かったのだろう。
「……あの子は昼寝でもしているのかな。僕も暫く休ませて貰うとするか」
呟いてリュシアンは家の中に入る。
廊下を進み、あてがわれた客用寝室に向かう彼の目に、書斎の扉が開いているのが見えた。
(ガルシアさんの書斎の扉?
そうだ、許可も頂いてるし、扉を閉めるついでに暇潰しの本を何冊か借りよう)
そう思い、書斎の扉に手を掛けようとした彼は、そのまま固まった。
書斎から何やら調子ハズレな歌らしきものが聞こえてきたからだ。
それもガルシアとは違う、幼い女の子の声だ。
(歌、なのか?この声はあの子だ。だが、歌詞の意味と言うか、言葉が全く解らない。……未だ2歳だしな。
しかし、この家の子供達は楽まで学んでいるのか。1番小さいあの子までとは……)
気付かれぬように扉の陰に隠れながら、書斎の中を窺う。
すると、中のガルシアの机の上に本を拡げ、“日本語”の歌を口ずさみながら読書に耽るクロエが居た。
本は相当に厚みのある物で、とても幼女が理解出来るような本では無いと推察出来る。
(単なるイタズラで入り込んだのかな?少し様子を見てみるか)
フンフン~と歌いながら本の頁を捲る幼女は、どうやらイタズラ等では無く、本当に本を読んでいる様に見える。
時々小さな手を空中に何かを描くように動かす幼女。
(何をしてるんだ?子供のすることは解らないな……)
首を捻りながら見守る青年。
すると幼女は書物から目を離し、うーんと大きく伸びをした。
「ホンット退屈だー。何にもしちゃいけないって拷問だよ~。
裁縫ダメ、絵も描いちゃダメ、歌も勉強も読書も……。お喋りもダメ!
これじゃストレス溜まるってのっ!
図鑑だけ見てるのって虚しい……。
皆先生のとこ行っちゃったし。ハァ~……絵、描きたいなぁ」
(なっ?!この子は……!)
リュシアンは心底驚愕するが、クロエに悟られないよう息を潜める。
「やっぱり絵がお粗末よね。もっと観察して描いて欲しいな。
仮にも植物図鑑なんだしさ~。まぁ先生からしたらそこまで細かく描いたものは無いって話だけど。
これじゃホントに図鑑の用を成してないし。
……イカンな、暇過ぎて気持ちが荒んでる。こんな批判するより、自分で描いて図鑑作りゃ良いんだ。
でも今それが出来ないんだもんっ!暇だ暇だ暇だーーっ!」
そう叫びながら本を横にずらすと、本に当たらないように机をバンバン!と叩く。
(まさか本を痛めないように避けさせてから、机に八つ当たりしてるのか?変わった子だな……。
しかし、この子は2歳の筈。にしては語彙が多すぎる。
それに話す内容が子供のそれじゃない。一体この子は……)
息を潜めて様子を窺い続けるリュシアンに全く気付く様子の無いクロエは、椅子から降りて今度は何やら体を動かし始めた。
「しっかし体がなまるなぁ~。ラジオ体操やろっ。
はい!1・2・3・4~、2・2・3・4……!」
急にリズミカルに体を動かし始めたクロエに、益々目を丸くするリュシアン。
声が漏れない様、彼は自身の口を手で塞いで必死に堪える。
「か、ら、だ、が、なまる~。あ、それっ、1・2・3・4~!」
(勝手気ままに動いてるように見えるけど、違う。これは……良く考えられた運動だ!
先生が考案したのか?しかしそんな風には思えない動きだ。
この子が自分でこんな事を考案できる訳無いだろうし……兄弟か?)
食い入るように見つめるリュシアンの前で、一人墓穴を掘っていくクロエ。
老教師や兄姉達の、彼女の秘密を守ろうとする決意や苦労が無駄となり、防御の壁は内側から脆くも崩れ去っていく。
まさか彼等の滞在2日目にして本人自ら実演付き暴露に及ぶとは、老教師も家族も思いも付かなかっただろう。
ディルクやライリーから脇が甘いと常々叱られていた彼女だが、ここに来てそれが窮まった感が半端無い。
暫く体操を続けていたクロエだが、漸く気が済んだのか動きを止めた。
「フウ……さてと、母さんのお手伝いでもしようかな。
お手伝いなら大丈夫よね、きっと。
あのお2人ってそんなに悪い人には見えないけど、先生達があんなに警戒してらっしゃるし、暫くアタシは大人しくしなきゃね。
全部アタシの為なんだから。
からかわれたりイタズラされたりってどの程度なのか解らないけど、きっとやられたオーウェンお兄ちゃんがあそこまで嫌悪感を見せてるんだから、あのお2人は大分やらかしてたんだろうな。だけど、ちょっとそのイタズラの内容が気にはなるけど。……絶対笑えるイタズラだと思うんだよね。
ま、アタシが変わってるのは重々解ってるし、そんなお2人にこんな姿見せたら大変なことになるのはアタシでも簡単に想像つくもん。
おお、くわばらくわばら~。君子危うきに近寄らずだ!
さ、本を戻しておこっと!」
机に近寄ったクロエは、図鑑をヨイショッと持ち上げてフラフラしながら書棚の定位置に戻す。
クロエが読む書物に関しては、背の低い彼女が取りやすいようにと、ガルシアが1番低い棚にまとめてくれている。
又、脚台まで置いてある心配りが憎い。
その事にリュシアンが気づいた。
(あの子専用の脚台なんだ。と言うことは、これはいつもの光景。
つまりあの子は、何も出来ない幼女なんかではないって事だ。
黒の乙女……そう言うことか!)
リュシアンの顔が引き締まる。
書棚の定位置に図鑑を戻し終えたクロエはトコトコと扉に近付いてくる。
(知られたとは思わせたくない。
……よし、ならば)
リュシアンは扉の陰から静かに3歩後ろに下がり、扉から出てきたクロエに鉢合わせしたかのように声を掛ける。
「あれ、君は確かクロエちゃんだね。
君一人で居たの?コレットさんは居ないみたいだけど」
クロエはビクッ!と飛び上がり、声のした方に顔を向けて、漸くリュシアンの存在に気がついた。
「ピャア!あ、あの……母さん、いないの?アタシ、あの、あの……」
扉にしがみついて隠れようとするクロエに、屈み込んでニッコリ笑い掛けるリュシアン。
「ああ、怖がらないで。何もしないよ。急に声を掛けてごめんね。
コレットさんは今居ないみたいだし、君一人じゃ危ないから一緒に居ようか。
多分直ぐお母さんは戻ってくるから、それまで僕で我慢して?
解るかな、クロエちゃん」
決して無理に近寄らず、優しい声で小さなクロエを安心させようとゆっくり話し掛けてくれるリュシアンに、彼女は動きを止める。
「は、はい……。母さん、直ぐ来る?」
「うん。多分家の周りに居るんだと思うよ。
……あぁ、戸口から音がするね。きっと君の母さんだよ」
程無く扉が開き、コレットが卵の入った籠を抱えて入って来た。
「あら、リュシアン様。授業の見学をなさるのではなかったのですか?
まぁ、クロエ!リュシアン様とお話していたの?」
コレットが焦ったように廊下をパタパタ進んできた。
「僕は少し休もうかと思って。
ちょうどこの子がこの部屋から出てきたのと、鉢合わせになったんですよ。
良かったね、クロエちゃん。お母さんが戻ってきて。
さて、では暫く寝室に引き上げます。すみません、コレットさん。
じゃあね、クロエちゃん」
立ち上がってコレットに軽く頭を下げ、クロエに小さく手を振ってからリュシアンは客用寝室に入っていった。
彼が居なくなると同時に、コレットが慌ててクロエに小声で問いかける。
「何か聞かれたり見られたりしなかった?」
「ううん、何にも。ホントに扉から出た所でバッタリ鉢合わせしたんだ。
でも、あの方お優しいよ?アタシが怯えているの解って、極力近寄らずに慰めて下さったの。
どうしてもオーウェンお兄ちゃんや先生が仰るような方には思えないんだけどなぁ……」
クロエがコレットを見上げながら同じく小声で話す。
コレットが籠を抱き締めたまま、う~んと悩む。
「アタシもお小さいときの事しか知らないしねぇ。
もう成人なさってる訳だし、変わられたのかもしれないけれど。
確かに先生の評価は大分辛いところがお有りだし。
まぁもう暫く様子を見てみましょ?」
コレットの言葉に頷くクロエ。
「母さん、何かお手伝いしたい。
もう暇で暇で~。助けると思って、どうか用事下さい!」
クロエの言葉に吹き出すコレット。
「プッ!わかったわ、じゃあお手伝いして貰いましょうね。
台所に行きましょうか」
母と娘は笑いながら台所に向かったのだった。
なるべく早く更新します。