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やりたい事をやる為に  作者: 千月 景葉
第一章 黒き森
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159. 彼等の意思

お読みくださりありがとうございます。

老教師とオタク青年の会話です。


「これ……先生が考えたんですか?」


 リュシアンがディルクの小屋でそろばんを見つけ、そう問いかけた。


「ん、そうじゃが……何だ?」


 ディルクが肯定し、逆にリュシアンに問う。


「いえ……先生はあまりこういう生活に根差したものは、作られていませんでしたから。

 今までは法具や術式などを考えられるのが常であられたのに。

 ……不思議な気がしまして」


 そろばんを手に取りながら、リュシアンが呟く。


 ディルクはその言葉に苦笑しながら、自身の手元にあったそろばんを弾く。


「そうだな、確かに。

 だがあの子達を教えている内に、もっとやり易い道具は無いか、もっとあの子達の力になる物は無いのかと考えていると、何故だか色々思い付くようになってのう。

 このそろばんもその一つなんじゃよ」


「これは“そろばん”と言うのですか。

 ……確かに良く出来ています。今までの計算器とは全く違う。

 ここまでの物を作り出すとは驚きました。流石は先生だと感心します」


「大袈裟な。其方ならもっと良い物が作れるのではないか?

 年寄りの頭なんぞより、余程柔軟なのじゃから」


 笑いながらリュシアンに向き合う。


「僕はこういった物はあまり得意では無いので。

 ですが、驚きました。

 ……先生が随分と変わられたことに」


 リュシアンはそろばんを置き、ディルクを見つめる。


「以前の先生は教え子とそれほど密に付き合われなかった。

 僕達の場合、マティアスがああだから振り回されて居られただけ。

 騎士団の時も祖父やごく一部の者達とだけ、話されていたと聞いています。

 ……なのにシェルビー家の子供達に対する態度はまるで違う。

 とても同じ方だとは思えない位ですよ」


「……どうした、リュシアン。今日はえらく饒舌だな。

 喋りは三言(みこと)位が限度のお前が珍しい」


 ディルクが片眉を上げてリュシアンをからかう。


 しかし彼はそのからかいには反応せず、恩師たるディルクを見つめて又問いかける。


「ここに来てから驚くことばかりなもので。

 この家の子達は信じられない位優秀だし、あの気難しい兄妹が完全に心を許している。

 ……それに、見たこと無い道具類がここには多い。

 この小屋は特にそうです。この壁に貼られた数式の表。これも見たことが無いし、先生からも教わった事が無い。

 本当に先生が全て考えつかれた物なのですか?」


 リュシアンはそう言いながら、壁に貼られた九九の表を睨みつける。


 ディルクは頬を掻きながら

「ああそうだ。お主達の爺にもそう話して、道具類も全て奴を通じて登録済みだが?

 まぁ他からの探りが疎ましいから、奴の名で登録している物もあるがの。

 何なら爺に聞いてみるが良い」

 と淡々と答える。


「王都に居たので、祖父からは何も聞けていないのは確かです。

 ……すみません、失礼なことばかりお聞きしました。

 どうしても違和感が拭えなかったもので。

 ですが、本当に凄い発明ですね。このペンなんて画期的で……」


 リュシアンはディルクに詫びながら、鉛筆を手に取り感嘆する。


「思い付くようで思い付かないですよ。こんな仕様。

 黒鉛は確かに安価ですし、もう1つの材料も木材ですから、量産も容易い。

 手も汚れず、インクも持ち運びせずに済む」


 リュシアンが思い付く利点を上げていくと、ディルクは頷く。


 しかしその後、彼は鉛筆の欠点を上げた。


「しかしこれは紙を選ぶ。皮紙にはあまり向かぬ。植物紙に使うべきものだ。

 後、定着剤を使わぬと移染し、書いたものが劣化し易く、いずれは消えてしまう。

 元々黒鉛を擦って書く形態の筆記具だ。保存したいものに使うにはあまり向かぬのよ。

 そう、良い事ばかりでも無い訳だ」


 ディルクがそう言うとリュシアンはフムと考え込む。


「さて、そろそろ子供達の授業の時間だ。其方も見るか?」


 ディルクの誘いにリュシアンは首を横に振る。


「いえ……多分マティアスが見学すると思うので、僕は止めときます。

 一緒に見学したら疲れるし」


 青年の素っ気ない言葉にディルクが吹き出す。


「ホントに珍しい。正直に気持ちを話すし、口数は多いし。

 いつも喋りはマティアス任せで、感情を表さぬ其方が」


 老教師の感想にリュシアンが首を捻る。


「そうですか?

 騎士団が違うので、兄とは必然的に行動を共にすることが減りましたし、以前のようにはいかなくなったと云うこともありますがね。

 ……でも基本僕は変わっていません。

 話すのは極力控えたいし、人付き合いも最低限にしたいです。

 兄に丸投げ出来るものは今でもしてますよ」


 ディルクは口角を片方皮肉気にあげながら

「一面、其方は儂に共通するところがあるからのう。わからんでもない」

 と相づちを打つ。


 しかしリュシアンは表情を真剣なものに変え、ディルクを見る。


「ですが、自分のやるべき事を見定める時にそんな怠惰をする気は無い。

 今回の無茶は申し訳無かったと思っていますが、もう我慢の限界でした。

 僕達は何を守るのか、守る“宝”に本当にその価値が有るのか、見極めたいのです。

 肝心の宝の価値が解らずして、何故この身を投じられますか?

 限られた時間だが、しっかり見極めさせて貰います。

 ……身内だからと云うだけで、僕は駒になるつもりはありません」


 老教師を睨むように見つめるリュシアンに、感情の見せない目で彼は問う。

 

「……だが宝は未だ“雛”だ。どう見極める?」


「雛であろうと関係ありませんよ。大体何かを見せよと言うつもりはありませんし。させるつもりも無い。

 僕が“宝”の価値に納得できればそれで良いんです。

 どんな形でも、ね」


「……そうか」


「あまりにも僕達は知らなさ過ぎる。これで守るなんて言える訳が無い。

 ……だから、知る。

 無知に甘んじている気は無い。

 隠せる時間は短い。違いますか?」


「……だが不確定要素が多い。未だ未だやりようで時間は稼げる」


 ディルクの言葉にリュシアンがその綺麗な顔を歪めて吐き捨てる。


「それ、本気で言っておられるのですか?

 だとしたら随分と楽観的になられた。

 狂信者は捨て身です。血眼で追いすがる奴等から逃れるのは、正直難しい。

 ……それは先生が一番ご存じでしょう」


「……森に居る限りは守れる。それは確かだ。だが隠せてるとは流石に言えぬな。

 特定はされるだろう。このまま囲うて守るは容易いが、それでは囚われの身と変わらぬ。

 その時間をどこまで許容させるのか。悩みどころだな」


「常人ならば、耐えられませんよ。

 あの子は未だ知らないし、小さいからこの状態が普通なだけだ。

 だが何れは知ることになる。

 祖父達の言う、“自らを守れるまで”とは一体いつまでですか。

 成長はあっという間だ。

 長子のライリーがもう巣立つ。兄弟達皆そうやって森を出ていく。

 ならば、あの子もあの歳頃になればそう思うでしょう。

 だが、成人前の子供が自らを守るなんて出来る訳無い。

 どうするのです?

 命だけを考えるなら、この森で一生を終えることも“有り”だ。

 だがそれも、何も起こらなければ、です。

 奴等はどんな手を使うか解らない。

 ……畢竟(ひっきょう)、遠からず命の選択を迫られる。

 それが見えているから、確かめなければ。

 価値が無いものに掛ける命など持ち合わせてはおりません。

 ……大人は僕達を蔑ろにし過ぎですよ」


 その言葉にディルクが苦笑する。


「……昔が昔だ。それは解るだろう?」


「だとしても、です。

 “宝”を秘匿するならそれでも良い。……僕達を振り回すのでなければ。

 一応、駒にも意思は有るのですよ?大人はお忘れのようですがね」


 ディルクが溜め息を吐いた。


 やがてリュシアンがピクッと反応し、扉を見た。


「ああ、どうやら子供達がやって来たようですね。

 さて、僕はあちらでゆっくりさせていただきますよ。

 先生、では」


 頭を軽く下げ、リュシアンが勉強部屋を後にする。


「あのリュシアンがこうまで言うとはの。

 となるとマティアスは……頭が痛いな、これは」


 ディルクは頬杖をついて、再び溜め息を吐くのだった。

なるべく早く更新します。

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