155. 母と娘の気持ち
お読みくださりありがとうございます。
長いです。すみません。
「クロエだのう~。何かと思えば、全く……」
ディルクは呆れ顔で幼女を見つめる。
「だって思い出しちゃったんですもん!お祭りの思い出と相まって、もうあの味が口の中にブワァ~ッ!て。
凄く美味しいんです。それに簡単なんです。ぜひ食べたいんです!協力してください、先生~!」
握りこぶしを作り、力説するクロエ。
横には彼女に付き添ってきた長兄のライリーが、面白いものを見る目で末妹を眺めている。
「そんなもの、普通に頼めばコレットが直ぐに作ってくれるじゃろうが。
変に考え過ぎておるだけだろう」
ディルクが最もな意見をのべた。
クロエが直ぐ様反論した。
「だって先生、お料理なんてとても言えない作り方なんです。
料理上手な母さんからしたら、絶対アタシがふざけて言ってるって思っちゃいますって~!
先生だってそう感じませんでしたか?これを見て」
幼女が困った顔をしながら、老教師に尋ねる。
目の前のテーブルには、黒板が置かれていた。
その黒板にはクロエが描いた“りんご飴”の絵。
そう、あの林檎1個丸ごとを棒にブッ刺して飴を掛けた“アレ”である。
「……しかし何とも言えぬ見た目だのう、この菓子。
ふざけているとは思わんが……いや、やっぱりふざけてるかの?
林檎を切って飴を絡めたら駄目なのか?皮も剥かずに飴だけ掛けるって、流石に面倒臭がりにも程が……」
呆れたように感想を漏らすディルクにクロエが反論する。
「熱い飴をかけるんで、皮を剥いたら果肉から果汁が出ちゃって水分過多になるんです~。
飴が固まらなくなっちゃうし、果肉もグニャグニャになりますよ。
何より見た目が可愛くなくなるっ!」
「見た目って……この見た目は可愛いのか?
クロエの可愛いの範疇が広すぎて、僕には解らないな」
ライリーがしげしげと黒板のりんご飴を見つめ、眉を潜めた。
クロエがライリーを見上げ、反論する。
「アタシの画力が足りないだけ!
林檎は元々愛くるしい見た目でしょ。紅くて艶々で真ん丸で。
その姿はそのままに、更に飴でコーティングして魅力アップよ!艶々にキラキラが加わった姿となるのよ、最強だわ!
これを可愛いと言わずして、何が可愛いの!
このりんご飴が屋台の棚に並んだ姿……あぁ、お客ホイホイの様に人々を誘き寄せるのよ。
アレを食べてたら口の回りがベトベトになったっけ~。懐かしいなぁ。
んー、益々食べたくなってきた!
先生、実際に必要なのは熱々の飴なんです。棒なら父さんの木工小屋に落ちてるの拾ってくれば良いし、林檎もある!
飴だけ協力してください!」
ペコリと頭を下げて頼むクロエに目を剥くディルク。
「飴だけ協力……。まさか儂に作れと言うのか?」
顔をあげたクロエがニカッと笑う。
「自立した大人は飴くらい作れますよね?」
「飴なんぞ作れなくても儂は自立した大人じゃ!」
その答えを聞いたクロエがふて腐れた。
「え~……作れないんですか~。何だ、役に立たないんだから、もう」
「おまっ……!言うに事欠いて何て言い方じゃ!口が悪すぎるわ、直しなさい!」
癇癪を起こし言葉をつまらせるディルクにクロエは怯まず、口を尖らせて文句を言う。
「だってアタシじゃ飴作れないんだもん。先ず火が使えないし。飴の材料の蜜を煮詰めるのに致命的でしょ。
ゆっくり焦げ付かないように頃合いまで煮詰めるの、案外加減が難しいんですよ。
先生、自立した大人だってジェラルド様に豪語してたじゃないですか。
お料理だって作れるでしょ?
なら飴の作り方を母さんに教えてもらって、作ってくださいよ~」
土下座せんばかりに頼むクロエにきっぱり話すディルク。
「嫌じゃ!コレットに頼め!
儂は極一般的な料理しか出来ぬ。菓子なんぞ作れぬわ!」
「一般的な料理しか出来ぬって充分な腕じゃないですか。
後少し向上心をもって、母さんから飴作り学んでください。
料理男子はモテるんですよ。
パティシエ能力着けたら鬼に金棒!お願いだから頑張ってくださいよう~。アタシ、飴が欲しい!」
「お前は正直すぎるんじゃ!今の話で飴を作る気になる訳あるかっ!」
ディルクが吐いて捨てるように言い放った。
「嘘っ!プレゼン完璧だったのに!可愛い幼女のおねだりから始まって、女子にモテる秘策伝授までしたのに、ノリが悪過ぎますって!
お願いします~頼みます~飴欲しい~飴~、ねーってば~!」
しがみつくクロエに、ディルクが言い放つ。
「ええい、しつこい!作らんと言ったら作らんぞっ!諦めぃ!」
クロエが顔をしかめ、ムンクの叫び状態となった。
「がぁーーんっ!せ、先生に見放された……うぅ。
もう駄目だ、アタシりんご飴を2度と食べられないんだ……。
あぁ、もう何もかもどうでも良いや。お先真っ暗だよ。
お兄ちゃん、家に戻ろ……アタシ、今の衝撃で歩けないから抱っこしてくれる?ごめんね、苦労かけるね。
どうもお邪魔しました……ハァ」
急にしおらしくなった幼女に警戒する老教師。
「グッ……この腹黒が。芝居じみた台詞ばっかり吐きよってからに!
そんな悲しげな目をしても、儂は騙されんぞ?
お主の中身は25歳の大人じゃからな。狡猾な智略で儂を丸め込もうとしてもそうはいかん。
大体この程度でどうこうなるタマでもあるまい!」
大声でのたまうディルクをちらりと見る彼女。
「……寂しいなぁ、ただアタシはりんご飴を食べたかっただけなのに。
そんなにいけないことだったのかな、飴をねだるのって。
ハァ……やっぱり異世界って難しい……。お兄ちゃん、戻ろ?」
肩を落としたクロエをディルクが慌てて止める。
「ウグッ!……ま、待て、待たぬかコレ!」
「いえ、諦めます。アタシの考えが、飴並みに甘かったのです。
恩ある先生に飴の無心をするなんて図々し過ぎました。すみません。
そうよ、クロエ。自立した大人の男の人に飴を作れだなんて、失礼だったのよ。反省しなきゃ……」
クロエの様子に益々焦るディルク。
「な、何もそこまで言っとらん。別に失礼とか図々しい等は思っとらんし。
そんなに肩を落とさずとも……」
「……作りたかったなぁ、りんご飴。
子供の時羽海乃の母さんが買ってくれたアレを、もう一度だけ食べてみたかったんだけど。
もうあの紅い宝石に会えないんだ……ダメ!思い出しちゃいけない。
ここは……りんご飴が存在しちゃいけない世界なんだから」
首を小さく横に振り諦めの言葉を吐くクロエに、突っこみを入れるディルク。
「いや、別にりんご飴があってはいかんなんぞ誰も言ってない……」
「我慢しなきゃ、忘れなきゃ……、りんご飴なんて無かったのよ。
アレはきっと幻だったの……そう、思いましょう……」
「お、おい……」
ヒートアップする、クロエの一人芝居。
「アタシを理解してくださってる先生なら、協力してもらえるなんて……クロエ、貴女が間違っていたのよ。
所詮、子供の浅知恵。
アタシのこの寂しい思いを解ってくれる人なんて、ここには居やしないの。
……あら?何だか前の世界のことすら、幻だったような気がしてきたわ。
こうやってアタシは前の世界の事を全て忘れていくのかもしれない、哀しいことね……」
「……わかった」
「羽海乃の家族はアタシの幻想なのかもしれないわ。
日本なんて……」
ディルクがとうとう叫んだ。
「わかった!飴を作れば良いんじゃろう!作ってやるわっ!」
「えっ!ホントですか!わーい、ヤッターーッ!」
根負けしたディルクの声を聞いた途端、哀れっぽくライリーの服を握っていた手をパッと離し、万歳三唱しながら小踊りし始めたクロエ。
「……あ~あ、先生の負けですね。口で男はやっぱり女に敵わないって事が良く解る戦いでしたよ。
アレには僕も勝てる気がしないや。
……飴作り、頑張ってください。微力ながら僕も手伝いますから」
ライリーが力無く笑いながらディルクに声を掛ける。
ガックリ肩を落としたディルクは椅子に崩れるように座る。
「そうか、ライリーも勝てぬか。
……この小さい策士は、飴と鞭の使い分けが上手いわ。
小芝居だと分かっておっても、ついあの無邪気な顔を見とると折れてしまう。儂の完敗じゃ。
……しっかし、飴作りか~。儂、あんまり甘いの得意じゃないんだがなぁ~……。やるしかないのかのう。
こら、そこで踊り狂っとる馬鹿娘。作るには作ってやるが、貴様が味見をするんじゃぞ!
儂は甘過ぎるのは苦手なんじゃからな!
それとしっかり手伝え!
解ったか、このずる賢い小悪魔め!」
ディルクの悪態に、満面の笑みを湛えたクロエが跳ねるように振り向いて、歌うように答えた。
「はーい喜んで!やっぱり先生だぁ、アタシの事解ってくださってる~!
り・ん・ご・あ・め!ア、ほれっ、り・ん・ご・あ・め!
先生に捧げる喜びの踊り~!
センセ、いつ作ります?ねぇねぇ!早く作って食べたい~!」
クロエがディルクに抱きつく。
「こりゃ!離れんか、このお調子者が。
今日コレットに蜜飴の作り方を聞いておこう。材料も分けてもらわんとな。
……そのりんご飴は、この小屋の小さな台所で作れる物なのか?
料理上手なコレットの前では流石の儂も、作るのは遠慮したいんじゃがのう」
「大丈夫、充分作れます!
先生でも恥ずかしいなんて思われるんですね。
やだ、何か可愛い~!」
クロエの言葉にディルクが溜め息を吐く。
「恥ずかしいわ、当たり前じゃろうが。
甘いものをいそいそと作る爺なんぞ、気持ち悪いだけじゃ。
そうだな、さっさと済ませてしまおう。明日の昼からやるか」
「わーい!明日のおやつはりんご飴だーーっ!楽しみだーーっ!」
飛び上がって喜ぶクロエを、苦笑しながら見守る老教師と長兄。
なんの事はない、大切な小さなクロエが喜ぶことなら結局何でもしてやりたくなる2人なのだった。
簡単に予定を話し合って、夕食後ディルクがコレットに作り方を聞いて、材料を分けてもらい、明日の午後から小屋でクロエとライリーと共に作ることにした。
そうして夕食後、ディルクは予定通りにその任務をこなし、明日の本番に備えたのだった。
翌日。
何とか周りを誤魔化して、小屋に集まった3人。
「……スッゴく母さんがアタシを見てた。何か気づかれるような事、アタシしたかな~?」
クロエが首を捻る。
ディルクが頷きながら彼女に呟く。
「昨日儂がコレットに飴の作り方を聞いとった時も、お主の名を出しとったぞ。
クロエが儂に又無茶を頼んだんじゃないかとな。
疑われてるのは間違いないの。
コレットは鋭い女性じゃからな」
ライリーも思案しながら話す。
「うん、僕も探られた。何か隠してない?って。
多分お前と小屋に向かったことで完璧バレてる気がする。
だからあんまり時間はないぞ?
先生、早く作りましょう」
「そうじゃな。早くしよう。
さて、林檎に棒を刺しておくんじゃな。
失敗を考えて、多めに分けてもらっといて正解じゃったな。
……バレても詫びとしてりんご飴を渡すことが出来るわい」
テキパキりんご飴の準備をしながら、3人はコレットの話を続ける。
「そんな、バレても母さんは怒りませんよ~。……多分。
先生もう少ししっかり棒刺して?」
「そうか、ウンッ……とこのくらいだな、よし。
いや、完璧お主は叱られるわ。
何で私に相談しないのって、キツくキツーく絞られるわい。
……儂は知らんからな、そこは自分で何とかするんじゃぞ。
あぁライリー、鍋に蜜を淹れておくれ。粗砂糖と水は横に置くぞ」
「そんな!3人とも同じ穴の狢じゃないですか~。
……バレたら一緒に謝ってくださいよ。
……センセ、火の準備をお願いします。お兄ちゃん、材料全部いれて良いから。材料熔けて飴が沸騰したら、直ぐに林檎に絡めなきゃ」
「火は……たしかこのくらいだとコレットが言っておったな。よし。
……儂は叱られたりせんし、ライリーも少し注意される程度じゃ。
キツく絞られるのはお主一人よ。
諦めて覚悟しておけ。
では鍋を火に掛けるぞ」
「分かりました。ライリーお兄ちゃん、飴を乾かす台を近くに。
冷たいです~。庇ってくださいよ!
何か上手い言い訳一緒に考えてください!」
「焦げないように混ぜながら……おお、フツフツ来たな?
もう少し火を緩めるか……よしよーし、ライリー、林檎を貸しなさい!
さぁ絡めるぞ!」
「はい、絡めたら僕に貸してください!
間を開けて、と……。
諦めるんだ、クロエ。母さんからしたら私がいるのにって心中複雑なんだろうからな。
しっかり叱られろ。庇ったりしないからね」
「え~……。センセ、葡萄もやってください。
アタシ、刺しておきました!」
「葡萄もか!まぁ飴は有るから、早く貸しなさい。
……小さいとやり易いな、コレ」
「確かに綺麗だな、林檎も葡萄もキラキラしてる。
なるほど“無骨な宝石”か……上手い例えだったんだな」
「わぁ~……、りんご飴だぁ。
食紅が無いからやっぱり色は少し薄いけど、間違いなくりんご飴だよ~。
懐かしいなぁ……嬉しい」
嬉しそうに顔を輝かせながら、飴をまとった果物達を見つめるクロエ。
ディルクとライリーもそんな彼女を見て、頬を緩める。
「……前の世界のと変わらんか?」
ディルクが優しく聞く。
「はい!一緒です……ううん、アタシのために先生とお兄ちゃんが作ってくれたんだもの。
前の世界のより、もっともっと綺麗で美味しそうです!
……わがまま言ってごめんなさい。
でも、食べてみたかったの……」
クロエが心底嬉しそうに答え、2人にわがままを通したことを詫びた。
「そうか。……構わんよ、コレでお主が慰められるならな。
さぁ、暫く固まるのを待つか。
あ、氷室に入れんとイカンのじゃったな!
では……ん?」
ディルクがライリーと飴を氷室に入れるために持ち上げようとして、動きを止める。
コンコンッ!コンコンッ!
小屋の扉をノックする音がした。
ディルクとライリーが顔を見合わせる。
「これは……来たな」
「はい。多分母です。クロエ、覚悟を決めろ。……バレた」
「ウエッ!母さんなの?……やっぱり叱られる?」
「間違いなく。諦めてしっかり叱られろ」
「……了解。……ね、先に食べちゃダメ?」
「母さんの怒りの火に、油を注ぎたいか?」
「……後にします」
ライリーとクロエが対処策を話している間にディルクが戸口へと向かい、コレットを引き連れて戻ってきた。
「これは……?果物を棒で刺して飴をかけたの?
一体何でこんなお菓子を……。
クロエ、貴女の仕業ね?
何で母さんに作ってって言わなかったの?!
先生にご迷惑お掛けしてまで、何で母さんに隠したの?」
「え、えと……あの、昨日思い付いたお菓子なんだけど、スゴく変わってるでしょ?
ただ棒に刺して飴掛けるだけだもの。お菓子とも言えないくらい簡単だもの。
こんなの、母さんに作ってって言ったら、食べ物で遊んじゃダメッ!って怒られるかな~って。
それで何だか言えなくって……。
もしかして、先生なら実験的に作ってくれるかもしれないって、お願いしてみたの。
先生もお兄ちゃんも、母さんに頼みなさいって言ってくれたんだけど、アタシ、怒られるからって勇気が出なかったの……。ごめんなさい」
ペコリとクロエが謝る。
コレットが末娘の少し怯えた様子にやるせなさを感じて溜め息を吐きながら、屈み込んで彼女の顔を見る。
「……ねぇクロエ、こう言う事くらいは母さんを頼ってよ。
寂しいじゃない。母さんに怯えたりしないで?
先生を頼りにしてるのは知ってるけど、親としては自分の娘に避けられたらスゴく辛いわ。
……今回はもうなにも言わない。
でも今度からは裁縫やお料理については、母さんに頼って欲しいな。お願いよ、クロエ」
クロエはコレットの寂しそうな声に、慌てて顔をあげる。
「ち、違うよ、母さん!
母さんを避けたりしてないわ。
いつも食べ物に感謝しなきゃって、母さんとお話しているのに、こんな乱暴な作り方のお菓子なんて、恥ずかしくて言えなかっただけなの!
ごめんなさい、母さん!アタシ母さんの気持ちを傷付けちゃった!
ホントにごめんなさい!」
そう叫んで、クロエはコレットにしがみつく。
コレットもクロエをギュウッと抱き締め返す。
「良いのよ、母さんもきっとクロエが遠慮しちゃうような態度を出していたのね。気を付けなきゃね、私も。
貴女はとても聡い子なんですもの。母さんも悪かったわ」
「母さんが悪いとこなんて何にもない!アタシが変に考えすぎただけだから!
先生にも注意されたのに……馬鹿な子でごめんなさいっ!」
クロエは申し訳無さに半泣きで謝る。
ディルクが優しく割って入る。
「まぁ、もう良いじゃろう。
今度からはコレットにちゃんと甘えるんじゃぞ?クロエ。
……コレットはあまり気に病まんで良い。今回はクロエの想像がぼうそうしただけじゃよ。
儂も料理で頼られたら自信無いからな~。コレットの代わりなど出来んわい。
さて、せっかく作ったりんご飴と葡萄飴じゃ。森の家で待つ子供達とガルシアにも試食してもらおうじゃないか。
何てったって儂が初めて作った菓子じゃからな、貴重じゃぞ。
クロエを頼むぞコレット。
ライリー、儂と飴を持って行こう」
ディルクの言葉に皆が頷き、森の家に移動を開始する。
結局この後、森の家の全員でりんご飴を食べたのだが、見た目のインパクトと案外繊細な味に、全員が美味しいと大絶賛した。
特にディルクが美味いと嬉しそうに食べたので、皆が驚いた。
これ以後、色んな果物飴を作る事に夢中になった森の家であった。
なるべく早く更新します!