1-15 兄の機転
お読みくださりありがとうございます。
暴君が思わぬ事で陥落します。
誰かさんの見事な手管です。
ライリーが客間を辞して、暫く経った。
客間の主はもはやコリンその人だ。
彼の一人舞台である。
アナスタシアに自分がいかに良い子であるかアピールがすごい。
「僕ね、クロエともいつも遊んであげるの」
「父しゃん母しゃんのお手伝い大好き!」
「いつも言うことちゃんと聞く良い子なの」
「お留守番出来るの、スゴいでしょ!」
…などなど。
但しどのアピールも言葉が足らないし、ニュアンスが大分コリン本位に変わってしまっている。
クロエと遊んであげている、ではなくクロエと自分がミラベルとライリーに遊んでもらっている。
お手伝いは、自分の果実水作りだけは大好き。
言うことちゃんと聞くのは、ご褒美が有るときだけ。
お留守番は母と共に。つまり母とは離れたこと無し。
聞いてる家族が居たたまれない。
(おーい、コリンお兄ちゃん!大分話を盛っていらっしゃいますね。
お父さんとミラベルお姉ちゃんが魂抜かれた顔になってますよ!う~ん、流石美女を目の前にすると変わるわ。
男ですね。いや、アッパレだわ!)
クロエはコリンの話を聞きながら、吹き出すのを堪えるのに必死だ。
ジェラルドはそんなクロエの様子を黙ってじっと見ている。
最初は可愛い赤ちゃんと愛好を崩していたジェラルドだったが、クロエの様子が余りに大人しいので観察を始めたのだ。
但しクロエは全くそんなジェラルドに気付いていない。
クロエはコリンがアナスタシアに抱かれて客間に入って来てから、ずっと彼らを観察している。
コリンが鼻水をアナスタシアにくっ付けた時は、慌てたように表情をしかめた。
父がフラフラと客間から洗い場に向かった時は、ひどく心配そうにオロオロとうろたえる。
コリンが自己アピールを始めると、遠い目をして無の表情になる。
ライリーが客間を出ていくのを目で追いながら、心配そうにドアを見つめブツブツ何かを呟いている。
ジェラルドはクロエの、その奇妙に場に即したような仕草の一部始終を観察していたのだ。
現に今も、コリンの自己アピールを聞きながら肩を震わせて下を向いている。
まるで笑い出すのを堪えているかのようだ。
(この子は…。いや、しかし…。だが、そうとしか思えぬ)
ジェラルドが静かなのに気付いたのか、アナスタシアがふと父を見る。
「お父様?そのように難しいお顔をなさって、どうしましたの?何か?」
「何でもない。クロエは本当に大人しくて手の掛からぬ子じゃと思うての」
ジェラルドのその声を聞いて、クロエは
(あれ?何かジェラルド様の様子が変?)
と感じた。
仰ぎ見ると、真っ直ぐにクロエを見るジェラルドの視線とぶつかった。
(ジェラルド様?アタシ何かやったのかな?)
クロエの表情が固くなったのに気付いたのか、ジェラルドはにっこりクロエに笑いかけた。
「どうしたんじゃ?お腹でも空いたんかの、クロエよ?」
どう見ても自然な笑みである。
(考えすぎかな。気を付けよう)
クロエは考えをそう切り替えると、ジェラルドにニパァ~と又笑いかけた。
ジェラルドもクロエもお互い相手が何か変だとは思いつつ、その場は流すことにした。
クロエとジェラルドが妙な雰囲気になってしまっていると、そこにノックの音がした。
続いて可愛らしく盛られたサンドイッチやサラダ、カップに入ったスープ、小さなデザートが載ったお盆を持っているコレットと、果実水のピッチャーを持ったライリーが入ってきた。
「コレット、ライリー、どうしたんだ?」
ガルシアが首を捻りながら、二人に近付く。
二人は顔を見合わせて微笑みながら、客間の足の低いテーブルの上に、そのお盆に載っている食べ物を綺麗に並べていく。
どの食べ物も美味しそうだが、とても小さくカットされている。
大人なら一口サイズだ。
ガルシアが不審そうにコレットに小さな声で問いかける。
「コレット、いったいこの食事はどうしたんだ?大人1人分も無いが」
コレットはガルシアに微笑んで、アナスタシアとジェラルドに向き直る。
「こちらは本日の晩餐でお食べ頂くお肉やお野菜を使っておりますの。未だ晩餐まで暫く掛かりますので、その間にどんなに今日の素材が美味しいか、ウチのコリンが実際に食べて御二人にその美味しさをお伝えいたしますわ!
コリンはとってもお話が上手なんですのよ。それにどんなに良い子に食べれるか見ていただこうと思いまして。
御二人には暫しお付き合い願えれば嬉しいのですけれど」
コレットがアナスタシアとジェラルドをにこやかに見つめながら、そんな話をし出した。
アナスタシアとジェラルドは一瞬目を丸くしていたが、コレットの横にいるライリーがイタズラっぽく笑ったのを見て、二人の考えが読めたらしい。
「まあ!それは素晴らしいこと。今もコリンから色んなお話を聞かせて貰っていたのよ。お話本当に上手ですもの。
お料理がどんなに美味しいか、貴方ならきっと私達に上手に教えてくれるわね!
楽しみだわ、お願いできるかしら、コリン?」
アナスタシアが優しくコリンに笑いかける。
ジェラルドも愉快そうに笑う。
「ワハハ!それは面白い趣向じゃ。コリンがどんなに上手く我等に教えてくれるか、楽しみじゃな!コリン良いかの?」
コリンは何が何だか分からない顔をしていたが、ライリーがコリンに近寄って彼に優しくこう言った。
「コリン、お手伝い大好きだろう?アナスタシア様やジェラルド様にそう言ってたじゃないか。
これは母さんの料理がどんなに美味しいか、御二人に知っていただく大事な大事なお手伝いなんだ。
お話が上手なコリンにしか出来ないんだよ。頑張れるかい?」
ライリーにそう問われ、コリンは首をかしげながら聞く。
「僕これ食べたらお手伝いなの?美味しいお顔したら皆喜ぶの?」
ライリーはコリンの問いに大きく頷いた。
「ああ、そうだよ。でも綺麗に食べなきゃいけないよ?コリンは良い子だもの。出来るかい?」
コリンは暫く考えていたが、大きく頷いた。
「うん、出来るよ!アナシュタシア様とジェラルロ様に見てもらう!」
ライリーは自信たっぷりに返事したコリンの頭を優しく撫でてから
「じゃあ手を洗って、御二人に良く見えるように座って食べようか?
ミラベル、果実水を入れてあげてくれないかな?
母さんは又台所で準備があるから。父さんもソファに座ってクロエを見てあげてよ。
僕はコリンの給仕をしなきゃね」
と、テキパキ指示を出す。
コレットは笑いながら
「では、ジェラルド様アナスタシア様。コリンのお話をお聴きくださいませ。失礼致します」
と、客間から下がっていった。
漸く事態が飲み込めたガルシアとミラベルも客人二人に頭を下げると、ライリーの指示した通りに動いた。
ガルシアに抱かれてソファに座ったクロエは、ライリーやミラベルに声を掛けて貰いながら客人に一生懸命に美味しいを連呼するコリンを見ていた。
ライリーが上手くコリンを誘導して、彼が一人で食べれるようにしている。
ミラベルはコリンの手が汚れたらすかさずナプキンを差し出し、自分で綺麗綺麗出来るのを見せてと、彼を乗せる。
アナスタシアやジェラルドも要所要所で
「美味しい?コリン」
と聞いてくれる。
和やかにコリンの“お食事タイム”は過ぎていく。
暫くすると、デザートを食べながらコリンが眠そうにし出した。
1日泣いたり興奮したりで疲れが出たのだろう。
ライリーが
「コリンお疲れ様。とても綺麗に食べられたね。
どんなに母さんの料理が美味しいか、御二人にきちんとお話も出来たじゃないか!偉い偉い」
と、コリンを誉めた。
「僕お手伝い出来た?アナシュタシア様もジェラルロ様も嬉しい?皆嬉しい?」
眠そうな顔でコリンが頻りに聞く。
ライリーが頷くと
「良かった。僕ね、ねんねしたくなったの。お兄ちゃん」
と、コリンがライリーに持たれた。
ライリーがコリンを優しく抱き上げ
「じゃあ、御二人に御挨拶して失礼しようか。コリン出来るよね?練習したからね」
と語りかけた。
コリンが小さく頷くと
「お先に失礼しましゅ。お休みなしゃい」
と客人二人に挨拶をした。
アナスタシアとジェラルドは
「貴方のお蔭で晩餐がとても楽しみになりましたわ。
ありがとうコリン。お休みなさい、良い夢を」
「そうじゃな。とても上手に食べておったの、コリン。
ゆっくりお休み」
と、彼に声を掛けた。
嬉しそうにコリンは笑うとライリーに大人しく抱かれて客間を後にした。
ミラベルも兄を手伝う為汚れ物を持つと、急いで後を追って客間を辞していった。
さて、客間に残った大人3人とクロエ。
アナスタシアとジェラルドが感嘆した様子でガルシアに話し掛ける。
「ガルシアよ。驚いたぞ。ライリーは本当に7歳か?
あれ程愚図っていたコリンを見事に宥めた上、晩餐前に機嫌良く食事も取らせて寝かせるなど。
我等をも上手く巻き込んで、和やかに場を仕切りおった。素晴らしい手腕じゃ。
大人でもああは往かぬぞ?のう、アナスタシア」
ジェラルドが顎髭を撫でながら、頻りに感心したと頷く。
アナスタシアもジェラルドの言葉に大いに賛同する。
「ええ。どのような食材を晩餐で供するか、実際に客人に見せる事は料理人も行いますもの。
まさかライリーはそれを知っていたのですか?」
アナスタシアは信じられないと言いたげな表情でガルシアに尋ねる。
「いえ、流石にその様なことはあの子も知りませんでしょう。正式な食事マナーも未だ教えていない位です。
ただ、小さな頃からライリーもミラベルも、私共の食事マナーをしっかり観察はしていたようです。
いつの間にかカトラリー等は上手に扱えるようになっておりました。全てあの子達の自発的な習得に依るものです。
私共の子供にしては出来すぎな子達です。お恥ずかしい話ですが、正直親の私共が頼りすぎております」
ガルシアが二人にばつが悪そうな苦笑を見せつつ、家庭の内情を暴露する。
アナスタシアは微笑みながら首を横に振りガルシアに話す。
「貴方とコレットが素晴らしい方々だからです。私、貴方の家族を見ていますと本当に心が和みます。
ガルシア、お礼を申し上げますわ。こちらに来られて本当に良かった」
ジェラルドも笑みを浮かべて頷く。
「ワシがガルシアの家に毎年押し掛ける訳がわかるじゃろう?アナスタシア。ここは心から落ち着けるのじゃよ。
都の汚いやり取りを一時忘れることが出来る、秘密の隠れ家なのじゃ」
ジェラルドとアナスタシアの心からの称賛を受けたガルシアは、些か頬を染めながら
「過分なるお褒めのお言葉、痛み入ります」
と、クロエを抱きながら頭を下げたのであった。
次話は明日か明後日投稿します。