150. 未知の果実とお手伝い
お読みくださりありがとうございます。
畑仕事のお手伝いです。後、前に出てきたミカン等を試食する2人。
楽しく時が過ぎていきます。
「これは初めて見る果物だな」
「そうですわね、わたくしも見たことありませんわ。でもとても良い香り……」
守るべき地に着いてから、ひとしきり感嘆の声をあげていたエレオノーラ。
何とか彼女の興奮を宥めて、畑まで荷車を進めた一行は、直ぐ様畑と果樹の収穫、手入れに動いた。
ミラベルはコリンと共にエレオノーラを小川等に先ず案内し、全てに於いて感動の声を上げる彼女をその度宥めて、今漸く父達の作業の手伝いに合流した。
しかしその中にクロエはいない。
「あら?クロエはあんなところで何をしていますの?」
エレオノーラが、一人外れて野原で腰を下ろして何かをしているクロエを見て、首をかしげた。
ミラベルがニコリと笑って説明する。
「ああ、クロエは別の仕事。花や草の絵を描いてるの。
先生がここの植物の図鑑を作ってウチに保管すべきだっておっしゃってね。
だからクロエはいつもここで草花の絵を描いて、疲れたら畑で作業を手伝うの。
クロエの絵って精密でしょ?
だから続けて描くと凄く疲れるらしいの。大変よね~。
ジェラルド様から絵の具と、何て言ったかな……てーちゃくざい?それを貰ったから、本格的に図鑑作りに入るんだって。
絵を描くのが好きだから苦にはならないらしいけど、特技が多すぎよね、クロエは。
コリンなんて、クロエが何かやってのける度に悲鳴あげてるのよ。
「又妹に突き放される~!お願いだからもう少しお馬鹿なところも見せてよ~!
僕、いつまでたってもクロエに追い付けないじゃないかーー!」って。
いい加減に諦めれば良いのにね。
クロエはクロエなんだから」
話し終えたミラベルは、呆れたようにコリンを見ながら笑った。
コリンが草を抜きながら、頬をプクーッと膨らませた。
「僕はクロエに頼ってもらえる、かっこいいお兄ちゃんになるの!
いつも妹に助けてもらってばかりで、カッコ悪いもん。
だからいっぱい色んな事頑張ってやってるんだよ?
でもクロエが凄すぎて追い付くどころか、離される一方なんだもの!
だけど可愛いから、やっぱり僕としては頼られたいんだよ。
ああ、兄ってホント大変だぁ……」
草を抜きながら、ガックリと項垂れるコリン。
ライリーが鋤を使いながら
「頑張ってるじゃないか。そんな慌てなくても、その内追い付くさ」
と励ましにもならない励ましの声を掛ける。
「……ライリー兄ちゃんは良いよね。だってクロエに頼られてるし。
兄ちゃんが叱ったらクロエも素直に言うこと聞くでしょ。
僕もそうなりたいの!
だってクロエが頼ってくれるなんて、考えたら凄く嬉しい状態じゃないか。
今の可愛いお兄ちゃんからカッコイイお兄ちゃんに変わるべく、僕は今日も頑張るんだからね!」
コリンはそう言い放って、鼻息荒く草を抜いた。
「可愛いお兄ちゃんって……誰の事?」
「自分で言い切るところが、コイツの強みだよな。僕もコリンのこういう点には敵わない」
ミラベルとライリーが顔を見合わせて、首を小さく振りながら肩を竦めた。
そんな中、収穫を手伝っていたエレオノーラがある果樹から漂う甘酸っぱい香りに引き寄せられて、その果樹に成っていた夕日色の丸い果実に触れた。
そして冒頭の台詞に戻る。
オーウェンも同じ様に見たことがないその果実を見つめる。
ミラベルが説明を買って出た。
「あぁ、見たこと無い筈よ。その果実はこの森が与えてくれた、不思議な果実なの。
クロエがその果実を見て“ミカン”って言ってたわ。
今思えば、森があの子に教えてくれたんじゃないかな。
その果実はミカンって名前だよって。
それ凄く甘くて美味しいんだよ。
果皮も柔らかいから手で剥けちゃう。
良い?見ててね、こうするの」
ミカンを1つ摘み取り、2人の前で器用に剥いて見せる。
中から薄皮に包まれた夕日色の果実が顔を覗かせた。
「変わった実ね。酸っぱいのかしら?」
「ううん、寧ろ甘いから。2人共食べてみて?」
言われるままに口に入れてみる。
「……優しい甘さ。確かに甘みが勝ってるわ。果汁が凄いのね。今まで食べたどの果実にも似ていないわ」
「ああ、確かに。薄皮には味はないんだな。いや、少し苦味があるか?喉が乾いた時に重宝しそうだな、この果物は」
口々に感想を漏らす2人。
「他にもそう言う果物があるのよ。食べてみる?」
「え、そうなの?是非頂いてみたいわ」
「うん、僕も是非食べてみたい」
ミラベルは頷いて畑の別の一角に彼等を案内する。
「うわ、これは凄いな。この3つの果実は何となく果物って感じがするけど、この2つは変わってるなぁ……」
「本当ですわね。これは見たこと無いです、確実に。何て言う果物ですの?」
「クロエが言うにはこの赤いのが“林檎”、この産毛の生えた薄いピンクのが“桃”、この黄色いのが“檸檬”って名前ですって。
林檎と桃はラビにどことなく似た甘さがあるの。凄く甘くて美味しいわ。
反対に檸檬はとてもとてもそのままでは食べられない酸っぱさなの!一応物は試しで食べてみたんだけど、父さん以外は凄い顔になっちゃって。
母さんなんて食べた後
「シワが、シワが増える~!」って嘆いてたわ。
だけどこの檸檬って、蜜に浸けると物凄く美味しくなるの。その浸けた後の蜜に水を入れて薄めると、凄く爽やかな甘さの美味しい果実水が出来るのよ!
今日採って帰って作りましょうね。
実は前の檸檬蜜、あっという間に無くなったんだよ……。
何せ皆がゴクゴク飲むから直ぐ無くなるのよね。
お肌にもとても良いらしいから、母さんが喜んじゃって!
後から飲みすぎると太るって言われて、愕然としてたけど。
で、この変わった果物なんだけど、この黄色くて長いのが“バナナ”、こっちの紺碧の丸い果実の固まりが葡萄”で“巨峰”って名前らしいわ。
此方にもお酒を作る葡萄は有るでしょ?それとはちょっと違う葡萄なんだって。
……バナナは絶対ビックリすると思う。物凄い甘さなの。で、ねっとりしてる。これは本当に不思議な果物だよ。
とまぁ説明はこれくらいで。早速食べてみて?」
ミラベルは2人に食べる分の各果物を採らせて、最初に自分が食べて見せた。
恐る恐る2人も続けて食べてみる。
「うわ!バナナ甘っ!何だこれっ!」
「わたくし、桃が一番好きですわ!これ、この世界で一番美味しい果物ですわっ!」
「確かに林檎はラビに似てるな~!歯応えも良いし、美味しい」
「巨峰って甘いですけど、何だか上品な味ですわね。果汁がこれも凄いですわ」
「っ!……檸檬はそのまま食べるのは駄目だ……バ、バナナバナナ~!」
「むーー!しゅっ、しゅっぱいでしゅわぁ~!桃、桃~!」
とても賑やかな試食。
ひとしきり食べ終えると2人は満足そうに笑った。
「ごめんなさい、お手伝いもせずに!わたくし何をすれば良いかしら?」
「そうだ!すっかり試食に夢中になっちゃって、お手伝いが全然出来てない!
な、何をすれば良い?」
2人揃って狼狽え始めたので、ガルシアが苦笑しながら、オーウェンには魔晶石の選別をコリンとするように指示をした。
コリンが頷いてオーウェンに教え始める。
オーウェンは魔晶石がこうして採取されることを初めて知り、驚愕しながら興味津々で作業に入った。
エレオノーラはミラベルと共に果樹や畑から収穫を手伝う。
籠を持って一つ一つ丁寧に手で収穫して、傷めないように籠の中にエレオノーラは注意深く納めていく。
時間が掛かっても丁寧にと言うガルシアの指示を守り、懸命に収穫をしていくエレオノーラ。
2人の額には汗が流れ、頬も赤くなってきたが、必死に頑張る2人。
ガルシアはその様子を微笑みながら見ていた。
やがて伸びをしながら、野原から畑に戻ってきたクロエ。
手には画板と何枚かの紙、そして手提げに色んな筆記用具を入れていた。
「ああ、もう描き終わったのか、クロエ?」
「ううん、未だ。だけど後は葉脈描いたり影入れたり色載せたりだから、家でも出来るし。
これ以上は目が疲れちゃうから。昼から裁縫だって有るんだしね。
アタシも手伝うよ。何したら良い?」
ガルシアが笑いながら、小川を指差す。
「じゃあ、魔晶石の小さい物を小川に戻して来てくれるか。
ゆっくりで良いから。後、手を冷やしとけ。多分酷使してるだろうからな。お前の絵は精密だから」
「そうでもないよ。結構粗い所もあるし。
でも確かに手を冷やす方が良いかもね。魔晶石撒く次いでに冷やしてくる。ありがとう、父さん」
クロエは荷車に画材一式を置き、コリンとオーウェンの元に近寄り、彼等が仕分けた魔晶石の小さいものばかりが入った箱を持ち上げる為に屈む。
するとその手をライリーが止める。
「僕が持つ。父さん、水辺は一人じゃ危ないから僕がクロエに付くよ。良いでしょ?」
「え~!一人で出来るよ、これ位」
「駄目だ。お前は案外そそっかしいからな。小川の水は冷たいから落ちると大変だ。
さ、良いから早くやるぞ。もうすぐお昼だからな。帰る時間が迫ってる。グズグズするな、クロエ」
ヒョイと箱を持ち上げ、なぜか一度荷車に向かい何かを持った後、クロエの手を引いて小川に向かうライリー。
コリンは小川に向かう長兄と末妹を見ながら、大袈裟に溜め息を吐く。
「ね?クロエは兄ちゃんの言うことを絶対聞くんだ。ずるいよね、兄ちゃん。
確かにライリー兄ちゃんは頼りになるし賢いから解るけど、僕もあんな風にクロエを守りたいんだよね。
今はどっちかって言うと、僕がクロエに守られているからさ。
早く何でも出来るようになりたいよ~。
……オーウェン兄ちゃん、どうしたの。何だか凄く辛そう」
「そ、そうか?何でもないよ。
いや、ライリーはクロエに信頼されてるんだなって思っただけだ。
それならコリンも頑張らないとな、僕も応援するよ」
「あ、でもオーウェン兄ちゃんの事もクロエは頼りにしてるよ。
だってこの前言ってたもん。オーウェン兄ちゃんは凄いって。
助けてもらったこと、クロエは忘れてないから」
「……クロエがそんなことを?僕のどこが凄いの?」
「子供なのに魔力を上手く使って、人を助けられるなんて尊敬しちゃう~って言ってた。
確かに凄いよね~!僕も早くそうなりたいけど、未だこの前に魔力熱出たとこだしなぁ……」
「クロエがそんなことを……ハハ、何だか面映ゆいな」
「兄ちゃん達みたいになるんだ、僕も!だから頑張らないとね!
あ、そこの石は不味いや。飽和が近い。待ってて、父さん呼んでくる。触ったら駄目だよ~!」
「あ、うん分かった!」
コリンの言葉に頷き、立ち上がって伸びをするオーウェン。
汗をかいた顔を涼しい風が撫でていく。
インフィオラーレではこんなに自然を身近に感じることが無かった。
ふとエレオノーラを見ると、彼女も布で首を拭きながら、風を気持ち良さそうに受けている。
きっと自分と同じ気持ちなんだろうと思う。
その時エレオノーラが、オーウェンの方を振り向いて笑った。
オーウェンも笑いながら頷く。
エレオノーラが更に嬉しそうに笑って、横に居るミラベルと話す。
やがてコリンがガルシアを連れて戻ってきた。
「あ、完全に飽和間近だな。よしよし、箱を持ってくる。
しかしこのところ魔晶石の成長が早いな。これもクロエが森と仲良くなったせいなのかもな~……。
はい、ちょっと退いて。ヨイショッと。さてさて。
あぁ、これは珍しいな!2属性の魔晶石だ。よし、これで良い。
うん、結構進んだな。これで今日の作業は終わるとするか!
オーウェン、コリンは箱を片付けてくれるか。
おーい、エレオちゃんとミラベルは収穫した物を荷車に乗せてくれ!
俺は道具を片付ける。
ライリーとクロエも片付けが終わる頃には戻ってくるだろう。
さ、終わるぞーー!」
ガルシアの掛け声で子供達が一斉に動き出す。
声が聞こえたからか、ライリーとクロエも慌てて戻ってきた。
手には魔晶石を撒いて空にした箱と、冷たい小川の水をいっぱい淹れたピッチャーを下げて。
「水汲んできたよ。皆頑張ったから喉乾いたでしょ?」
ライリーが淡々と話す。
ミラベルとエレオノーラが嬉しそうに叫ぶ。
「きゃあ、嬉しい!喉乾いてたのー!」
「ホントに冷たい水ですのね~。それにとっても綺麗~!」
オーウェンが呆れたようにライリーを見る。
「ホントに気が回るよな~!僕より年下なんて思えないよ、全く」
「大袈裟だな。僕だって喉が乾いてたし。ほら、早く飲もう」
ライリーが皆に水を淹れたカップを渡していく。
クロエもカップを貰って、ふと気付く。
「お兄ちゃん先に飲みなよ。アタシは作業してないから後で良い」
妹がカップを差し出す。
「馬鹿。要らない気遣いだよ。僕も後から飲むからクロエが先に飲め。
作業してなくても、長時間野原で集中して絵を描いていたら、下手したら僕達より喉が乾くだろ。
お前は体も小さいんだからな。ほら、早く飲んで!」
カップを差し戻す兄。
妹は苦笑しつつカップを再度受取り、水を飲んだ。
するとそのカップをヒョイと取り上げると、水を再度淹れて兄が飲んだ。
「あ、カップ洗わないで飲んだ!人が飲んだ後だし、カップ洗った方が良いよお兄ちゃん」
「なんで?妹の使ったのなら問題ないだろ。さ、片付けるぞ。
皆カップ貸して!籠に戻すから」
テキパキと動くライリー。
ガルシア達も彼の言う通りカップを渡し、荷物を載せて帰る準備を整える。
「じゃ、帰るか~!」
来た時より相当重くなった荷車だが、身体強化したガルシアには全く関係ない。
皆一様に頑張ったという自負で笑顔のまま、守るべき地を後にしたのだった。
オーウェンはライリーが見せる自分には無い生活力や気遣いを知り、若干焦りぎみです。
エレオノーラは見るもの聞くもの触るもの、全てに感動してしまってます。
ガルシアは2人の姿に満足。
他の子供達はマイペースです(笑)
なるべく早く更新します。