1-14 貴婦人
お読みくださりありがとうございます。
小さな暴君絶好調。
主人公を食っています(笑)
お茶の時間には些か遅い時刻だったが、コレットはジェラルド一行を客間に案内しお茶を出すと、晩餐の準備に取り掛かる。
ジェラルドとアナスタシアは、ガルシアやライリーとお茶や会話を楽しむ。
ミラベルは母のお手伝いをしようとしたが、ジェラルドとアナスタシアの側仕え二人が晩餐の準備を共にしてくれると云うことが判ると、聞き分けよくジェラルド達のおもてなしの方に回った。
さて、コリンとクロエ。
クロエは客人のアナスタシアが抱き締めたまま、客間に居るのでそれについては問題はない。
勿論、問題なのはシェルビー家の小さな暴君コリンだ。
ガルシアが客人をもてなしながらコリンをみる予定だったが、暴君コリンは母コレットから離れない。
見かねた兄のライリーと姉のミラベルが、二人で面倒を見るからとコリンを母から引き離そうとしたが、彼のイヤイヤ攻撃に敢えなく玉砕。
仕方無く台所のコレットが何とか見ようとしたのだが、ここで暴君コリンにとって思わぬアクシデント発生。
台所に母以外の者が居たのだ。
ジェラルドとアナスタシアの側仕え達である。
全く見知らぬ大人が母と台所に居ると云う、人見知りコリンから見ればとんでもないシチュエーション。
母のスカートを持って泣き出したのだ。
母が慌てて父に預けようと客間にコリンを連れてくると、預けられてたまるかとばかりに泣き叫ぶ。
そんなコリンを見て寧ろ母が泣きたいとコレットが頭を抱えていると、救世主が現れた。
クロエをガルシアに渡して、アナスタシアがそっと近付いてきたのだ。
「コリン、私では駄目かしら?こんなに泣いて。お母様を私達の為に忙しくさせてしまっているもの。貴方にも我慢をさせちゃって、許してね。
さあ、良かったら私と一緒に美味しい果実水をいただきましょう。いらっしゃい、コリン」
ニコッとあの美しい微笑みと共に、貴婦人から手を差し伸べられたコリン。
美しさはどんなに小さくとも心を捉えてしまうのか。
暴君はアッサリ泣き止むとさっさと母から離れ、アナスタシアにしがみつく。
涙鼻水全開状態でしがみついたものだから、アナスタシアの御召し物が汚れた。
コレットがこの世の終わりだとでも云いたげな悲壮な表情でアナスタシアに詫びる。
アナスタシアはコレットにウインクをして
「気にしないで、この子は私に任せて頂戴」
と、さっさと客間に向かう。
コレットの心配をよそに、コリンはアナスタシアに抱かれて悦に入っている。
どんなに小さくとも男性である。
やはり美女には弱かった。
暴君、貴婦人に陥落である。
彼をアナスタシアから引っ剥がすのを諦めて台所に向かう母の背中は、既にコリンのやらかした事の心痛で疲れきっていた。
さて、貴婦人に抱かれてご満悦の暴君。
アナスタシアが彼を抱いて客間に入ると、ガルシアが慌てて近寄る。
クロエは何とジェラルドの膝の上にちょこん。
実はジェラルドも、ニパァ~と満面笑顔を浮かべるクロエを抱き締めたくてしょうがなかったのだ。
この少し前、ジェラルドは救援に向かったアナスタシアが心配でソワソワしているガルシアに
「クロエはワシが見よう。来れるかな、クロエ?」
と、申し出てくれたのだ。
クロエもアナスタシアが気になっていたので、渡りに舟とジェラルドに手を伸ばす。
(ジェラルド様ありがとう!お父さん、早くコリンお兄ちゃんが何かやらかさないうちに捕まえて!
大王がアナスタシア様に偉いことしでかしそうで、アタシは怖い~!)
ジェラルドにさっさと抱かれるクロエ。
ガルシアが客間を出ようとドアに向かうと、そのドアが勝手に開いた。
もとい、アナスタシアが入ってきたのだ。
胸元にコリンを抱いて。
近寄ったガルシアは、その腕の中のコリンの顔を見て愕然とする。
アナスタシアの御召し物からコリンの鼻にかけて、一筋の糸がキラリと光ったのだ。
慌てたガルシアはアナスタシアに詫びつつ、ハンカチを取りだしコリンの鼻を拭こうとすると、彼がそのままアナスタシアの胸に顔を押し付けた。
ガルシアの顔から表情が消えた。
ガルシアがアナスタシアに土下座せんばかりの勢いで詫び、コリンを何がなんでも引き剥がそうとする。
そのガルシアに負けてたまるかと身構えるコリン。
腕の中のコリンの体に力が入ったのが分かったのだろう。
アナスタシアはガルシアに微笑んで
「暫くの間は私がこの子を見ますから、ガルシアも安心なさって。コリンもその方が良いわよね?」
と話す。
コリンは我が意を得たり!と大きく頷いて、どうだ!フフンとガルシアを見る。
ガルシアは肩を落とし
「お手を煩わせ、誠に申し訳ございません。コリンをお願いします。これ以上愚息が粗相をしましたら、私が何としても見ますので」
と頭を下げる。
周りに居た兄のライリー、姉のミラベル、妹のクロエも顔色が無くなっている。
それほどに衝撃的だったコリンの鼻水。
今彼の鼻からそれは消え去っている。
鼻水の行方を考えたくはない。
父はアナスタシアにハンカチを渡すと、彼女は優しくコリンの顔を拭う。
コリンは元気良くそのハンカチで鼻をかんだ。
ガルシアはそれを受け取り、フラフラと洗い場に消えていく。
コリンはニコニコ笑いながらアナスタシアに愛想を振り撒いている。
アナスタシアもコリンの頭を撫でながら、先程まで座っていた客用に彼を抱いたまま座り直す。
その様子を見てジェラルドが大笑いする。
「流石じゃの、アナスタシア。坊主も機嫌がなおったようじゃし、良かったではないか。ハッハッハ!」
「ええ御父様。私達の為にコレットもガルシアも忙しくしているのですもの。コリンも寂しい思いをしたのでしょう。良かったわ、泣き止んでくれて。
さあ果実水を飲みましょうか、コリン?」
アナスタシアの後に付いて、果実水を運んできてくれていた彼女の側仕えが、コリン用のコップに入ったそれを彼女に渡した。
「ありがとう。引き続きコレットの補助をお願いね、モニカ」
アナスタシアが彼女の側仕えであるモニカに優しく命じる。
「はい、お任せくださいませ奥様。
御召し物は後程お着替え致しましょう。用意をしておきますゆえ、コリン様が落ち着かれましたら、私にお声をお掛けくださいませ。」
モニカはそう言うと一礼して、台所に向かった。
クロエはジェラルドの膝の上で、小さな兄のやらかしを一部始終見てしまった。
(あああ~何て事!見事にやらかしてくれたわ、あの大王!両親の胃に穴が開かなきゃ良いけど。
ライリーお兄ちゃんとミラベルお姉ちゃんの動きが止まったまんまだよ。二人とも気をしっかり持って!
コリンお兄ちゃん、アンタは初日から飛ばしすぎだよー!)
父が新しいハンカチと絞られたタオルを共に持ってきた。
コリンを再度抱こうとするが、又やらかしそうな雰囲気にあまり強くも出れず、アナスタシアに胸元を拭って下さいと固く絞ったタオルを渡した。
アナスタシアはそれを受け取り、膝にコリンを座らせて自身の胸元を拭った。
コリンはニコニコ笑いながら
「何してるの?バッチいの、綺麗綺麗するの?僕出来るよ?」
と、ガルシアの頭から湯気が出そうなセリフをいけしゃあしゃあと話す。
アナスタシアがにっこり笑って
「まあ、コリンは自分で綺麗綺麗が出来るの?凄いのね~」
と彼に優しく相づちを打つ。
因みに彼は自分の汚したところを綺麗になどしたことはない。
アナスタシアに自分をアピールして、可愛がってほしかったのだろう。
一生懸命に気に入られる為に格好を付けるのは、どんなに小さくても男だなと思わせるコリンの行動。
アナスタシアも微笑ましげに彼を見る。
しかし周りの身内を苛立たせるには、見事なタイミングと言わざるを得ない。
しかし、これ以上客人の前で醜態を晒すわけにもいかず、コリンを叱り飛ばせないもどかしさ。
知ってか知らずか、調子に乗った彼は
「僕自分でお水飲めるの。見てて」
と、アナスタシアが支えてくれて飲んでいた果実水のコップを取り上げた。
ゴクゴク飲んで、空っぽになったコップを見せてニカッ!と笑うコリン。
2歳半だし飲めても当たり前だが、アナスタシアに良いところを見せたい男心。
ジェラルドが面白そうにコリンを見て笑っている。
ガルシア、ライリー、ミラベル、クロエは、コリンのその姿にホトホトげんなりとしていた。
未だこれから晩餐もあるのだ。
彼らが心から願っていた、何事も無く平穏にとのささやかな思いは、来訪僅か一時間足らずの間に打ち砕かれてしまった。
恐るべき小さな暴君の破壊力。
食事の際も母は側仕え二人と共に皆に給仕をする為、コリンの面倒は見られない。
流石に晩餐時までアナスタシアにコリンを見させるわけにはいかない。
しかし今のコリンの様子だと、確実に彼はアナスタシアの膝を狙っている。
ガルシアはどうしたものかと必死で考えを巡らせるが、妙案は浮かんでこない。
父のそんな姿にライリーは暫く何かを考えていたが、やがてスクッと立つとジェラルド達に中座することを詫び、客間を出ていく。
ミラベルが不安そうに客間を出ていく兄の背中を見ていた。
クロエもライリーの様子が心配だった。
(ライリーお兄ちゃん、何か考えてる様子だったけど…。妙案でも浮かんだのかな。)
そんな家族の様子には全く気付くこと無く、ひたすらアナスタシアに甘えるコリン。
ライリーは暫く戻ってこなかった。
次話も明日か明後日投稿します。