143. 守る為に
お読みくださりありがとうございます。
この下り、終わります。長くなりました。
次は又少し時を進めます。
さて、場面はお騒がせ娘のクロエが退場した後の小屋に戻る。
クロエを部屋で休ませると同時に少々注意を加えた後、ライリーはディルクの元に再び向かった。
小屋に着くとディルクが直ぐにライリーを部屋に入れ、又結界を張り直す。
「さて、儂に話があるんじゃろ、ライリー。一体何かのう?」
とライリーを椅子に座らせながら聞く。
「……生まれ変わったってことは、あの子は死を経験しているんですよね。
当のクロエには残酷過ぎてとても聞けなかったんですが、先生はあの子の事故を詳しくご存知なのですか。
もしご存知ならその事を聞かせて頂きたいのです。
どうですか、先生……」
と彼はディルクを見つめる。
ディルクは彼の前に座ると、鋭い視線を向けた。
「……それは単なる興味か?何か意図が有っての事か?
先ず其方があの子の死の状況を知りたい理由を言え。
興味本位で話す内容では無い。
其方に話すに相当する理由を述べよ。
でなければ儂は答えぬ」
と厳しい声で彼に指摘する。
「ええ、解っています。
興味本位でこんな事を聞くつもりは毛頭ありません。
クロエを守ろうとするならば、知っておかなければならない事です。
あの子の今後に、その忌まわしい事故が影を落とさないようにしなければなりませんから。
又万が一避けられないとしても、影響を最小限にする。
その為に僕が動く必要がありますよね。
過去の記憶があるということは、あの子の心に死の傷が残っている可能性がある。
クロエの精神は大人かもしれないが、心の傷は大人であろうがそう簡単に克服できるものではないと聞きました。
……況してやその傷が自身の死という強烈な体験から来るものならば、あの子の人生を蝕む危険性が高い。
ならば僕が、その傷から可能な限りあの子を守らなければならない。
傷があの子に牙を剥く前に。
具体的には、事故と同じ状況にあの子が陥ることがないようにしたい。
……クロエの心を守りたいのです。
だが事故を知らなければ、それもままなりません。
だからあの子がいない今、先生にお聞きしたいのです。
……先生はご存知なのでしょう?」
とディルクの鋭い視線にも動じず、ライリーはその真紅の目で老教師を射抜くように見据える。
暫く無言で見つめあった後、老教師が目を閉じ思案し始めた。
やがて
「……其方の方が余程不思議な存在に思えるわ。クロエの心は確かに大人なのじゃが、安全で平和な世界で生きてきた娘だからか、とても純粋で穢れを知らぬ。
反して其方は未だ子供で、森以外にほぼ出たことが無い筈。なのにクロエより何故そんなに厳しい目を持っているのやら。
その土台が書物等の知識からだけとはとても思えんが。
まぁ良い。流石に生まれ変わりがこの場に2人も揃う訳がないしな。
……わかった、話そう。
だが其方にはある意味辛い状況の話になる。
何故ならあの子の死には、其方位の少年が大きく関わっていたからだ」
とライリーを見た。
「少年?事故と聞いていますが、一体どんな……?」
とライリーは眉を寄せて首をかしげた。
そんな彼を見ながら老教師は語りだした。
「あれが事故と言えるのかどうか……。
クロエの前世の名は雅と言うたのじゃが、今のクロエと寸分違わぬ優しい娘であったらしい。
その事故の日は、年頃の娘らしく、好意を寄せられた男性と初めて2人で会う予定だったそうじゃ。
だがその機会は、結局潰された。
待ち合わせの場所に向かう途中であの子は、見知らぬ其方位の少年達が水辺で危険な遊びをしていたのを見つけての。
雅は優しいが正義感も強かったらしゅうてな、その少年達に危ないから止めるよう注意をしたんじゃが、まぁそんな悪ガキが遊びを止める訳が無いわな。
少年達はおせっかいな雅に罵詈雑言を浴びせたあげく、結局言うことも訊かんかった。
しょうがなく雅も説得を諦めてその場を離れようとしたのじゃが、謀ったようにその一人が水に落ちよってな。又、其奴を助けようとした仲間一人も続けて落水しよった。
落水する音を聞いた人の好いあの子は、直ぐに助けに行ったのじゃ。
まぁ一人は何なく助けることが出来たらしい。
だがもう一人は岸から離れていく一方で、焦った雅は其奴を助ける為に水に飛び込んだんじゃ。
じゃが経験した者でしか解らんことだが、少年でも死に直面すると物凄い力を出す。
若くて恐らく華奢な女性であったろう雅の力では、助かりたいと暴れしがみつく少年を抑えることが出来んかったらしい。
結局待ち合わせをしていた雅の逢瀬の相手がその騒ぎを聞き付けて飛び込み、水の中で苦しむ雅からその暴れる少年を受け取り救助したそうだ。
とまぁそこまでは未だ良かった。問題はその後じゃ。
男性が少年を連れて岸に向かった後、あの子は自分の身動きがままならないのに初めて気付いた。
よく見ると少年を抑えようとしていた際、その少年の足が雅の靴に何度も当たって靴紐がほどけてしまったらしく、運悪くその紐が水底に沈んでいた大きな障害物と絡んでしもうていたのじゃ。
あの子は慌てて紐を外そうとしたんじゃが、水の中で不安定に立っていた障害物はその振動で水底に倒れた。
あの子はその引きずり込む力に抗えず、共に水底へと沈んでしもうた。
……そしてそのまま亡くなったんじゃ。
だから死因は水死じゃよ。
……水底で死に抗い苦しんだ記憶は、今もあの子に残っているのは間違いない。
あの子は人を助ける為に、あろうことか自らが犠牲となってしまった。
だがその話をするあの子の口からは、己の死に関する恨み言は一切出なかった。
死の原因を作った子供にも、その事故自体に対しても。
あの子の口からは聞けたのは、前の家族や逢瀬の相手、そして助けた子供達を愚かな自分の死で酷く苦しませてしまったと云う後悔だけだったよ。
なぜあの子が自分を愚かだと思うのか、儂にはとんと理解出来ぬがな。
寧ろ自らを死に追いやった悪ガキを恨んでいないのかと思うたが、助けたいと考えたのは自分だし、死の直接の原因は自らの失態だからこの死を納得出来ているとまで言ってのけたわ。
……人が好いのも程があるわい、全く。
だが儂はあの子のその言葉で、ある事実に気付いてしもうた。
それに気付いた儂はあの子がコリンを助ける為に自らの力を使ったと聞いたとき、背筋の凍る思いがしたのじゃ。
……今生でもあの子は、再び人を助ける為に自らの命を投げ出すやも知れぬと。
あの子の根本は全く変わっていないのだから、今生でも同じ価値観で動く恐れは十分に有り得る。
……そう、あの子は自分の命に対する執着がまるで無いのだよ。
ただ助けたいから助ける。
自分がそれで酷い目に遇っても、それは自分の決めたことだから恨まない。
寧ろ周りに迷惑を掛けて申し訳ないと気を遣う始末。
あの子は自らを守る事に本当に関心が無い。全然自分の事を大事にしない。
……それが儂には気掛かりで恐ろしい」
と言うと、ディルクは自分の両手をグッと握り締める。
「あの子は誰かが苦しんでいたら、助けずには居られぬ性分じゃ。例え自分が死ぬ危険に有ってもな。
のうライリー、事故と同じ状況に遭わせないと云うのなら、先ずあの子の前で己が危機に陥らぬ様にすることが先決じゃ。
既にコリンの件では、あの子は自らの危険を省みずに彼を救助してこの状況になっている。
例えあの子に口酸っぱく言い聞かせても意味は無いと思うぞ?
何せ考えずに体が動いてしまうんじゃからな。条件反射みたいなものじゃよ。
だから其方はあの子を守る為に自分をも守らねばならぬ。
これが絶対条件じゃ。
解るな、ライリーよ」
老教師の話に妹に対して驚きと悲しみ、そして腹立たしさとやるせなさがライリーの胸を支配する。
……わかってはいた。言われなくても。
クロエは己自身の命を一番軽く見ていると。
……でなければ家出などしないだろうから。
危険だと解っていたのかは疑問だが、コリンを命懸けで助けたし。
だが前の彼女の死も人を助けた為だったと聞かされ、愕然とした。
クロエを守るのは考えてる以上に大変だ。
外的要因からは当たり前だが、まさかの彼女自身の捨て身の行動からも彼女を守らなければならない。
何て厄介な性分だと頭を抱えたくなる。
それに子供に対する庇護の気持ち、母性本能も非常に強い質なのだろう。
だからこそ失礼な態度をとった少年をも躊躇い無く、自らの命を捨ててまで助けた。
彼女が自分よりコリンに弱いのも納得だ。……正直許せないけど。
ハァーと大きな息を吐くライリー。
「ありがとうございました先生。参考になりました。
しかし、まさか人を助けた為に死んだなんて……思ってた以上にクロエは馬鹿だったんだな。本当に。
馬鹿で勝手で愚かで危うい……。
だが俺が思っていた通りの本当に優しい子だ。
……俺が絶対に守ります。
だから先生、又少し協力してくださいね?
クロエを守る為には出来る限り張り付く必要がある。
あの子を極力一人にはしたくない。
外出には必ず俺がついていくし、家でも誰かが常に横に居た方が良い。
家族、特に父を説得する際は助力願います。
こうなると赤子なのは却って都合が良いな。
普通は未だ手が掛かる筈なんだから、ずっとくっついていても問題ないし!
その状態に慣れさせないとね、あの子を」
と腕を組み、彼は一人納得しながら頷いた。
ディルクはそんなライリーを見ながら
「お手柔らかに頼むぞ?
其方は容赦ないからな。まぁあの子が相手だからしょうがない気もするが。
しかしライリー、其方も相当規格外じゃよ。
こんな子供達ばかり見ていると、儂の感覚も世間からズレて行く気がする。
たまには州都に行って世間の水に浸かり、普通の感覚を保つ必要があるわい、全く」
と呆れたように言った。
ライリーは首をかしげ
「クロエに比べたら本当に普通でしょ、僕なんて。
たまたま本が近くにあったから知識を養えただけだし、師にも恵まれましたしね。
……あれ?すみません先生、結界を解いてくださいませんか?
何か誰かが小屋に来た気がする」
と扉の方を見ながら腰をあげる。
ディルクが片眉を上げ、ライリーが言う通りに結界を解く。
すると
「せんせーーー!お兄ちゃーーん!聞こえないのーー?
もう夕食の時間なんだけどーー!」
とミラベルが大声を張り上げているのが聞こえた。
2人は顔を見合わせる。
「いかん、もうそんな時間か!行くぞライリー。コレットがやって来る前に!」
とディルクが慌てて言うと
「しまった、クロエ起こさなきゃ!時間掛けすぎた、行きましょうっ!」
とライリーも走り出す。
待ち受けていたミラベルに叱責された2人は謝りながら、彼女と共に家に向かったのだった。
ライリーは結構皮肉屋です。ディルクと似たところがあります。
この後ライリーは両親、特に父に話をし、クロエの外出時のボディーガード(?)を許されました。
ここちゃん大喜び。母とミラベルも内心安堵。コリンだけが不満を言いましたが、却下されました。信用度の違いですね。
当のクロエは涙目になりました。
なるべく早く更新します。