1-13 客人
お読みくださりありがとうございます。
主人公の姓が判明し、客人がやって来ます。
夕方になるより少し早い時刻。
大事な来客が到着した。
コレットがクロエを抱き、後の兄姉を引き連れてガルシアと共に客を出迎える。
「ようこそお越しくださいました、ジェラルド様。家族共々首を長くしてお待ちしておりました。」
ガルシアが客人に対し、歓迎の挨拶を述べた。
「ガルシア、コレット。其方達も息災で何よりじゃ。又世話になるぞ。おお、子供等も大きゅうなったな。」
「ありがとうございます。さあ、どうぞ中へ。何もかも至らぬ事ばかりだとは思いますが、心よりもてなしをさせていただきます。」
ジェラルド様とガルシアが言ったその客人は、とても厳格そうだが気品ある整った顔立ちで、上背のある老紳士だった。
しかしその御仁が父に向ける笑顔は親愛の情に溢れていて、彼の持つ近寄りがたさが幾分和らいでいる。
その御仁の隣に“貴婦人”が立っている。
自然溢れる素朴な森にそぐわないその気品溢れる華やかな顔立ちや美しさは正に“貴婦人”。
彼女は目深に被ったつばの広い帽子を取ると、ガルシアとコレットに近寄る。
「お久しぶりガルシア、コレット。私まで押し掛けてしまってごめんなさいね。
御父様が貴方達に会いに行くと仰っていたのでどうしてもお供させて欲しいと、ついお願いしてしまったの」
そう言いながら二人に優雅に微笑む。
「コレット、私達の為に準備をするのは大変だったでしょう?本当にごめんなさいね」
彼女はコレットに更に近寄り、その腕の中のクロエに微笑みかける。
「このお嬢ちゃんが一番新しい家族ですのね?フフ、初めまして」
コレットが浅くお辞儀をしつつ、アナスタシアに答える。
「アナスタシア様、よくお越しくださいました。はい、クロエと申します。クロエ、アナスタシア様よ?」
母から声を掛けられても気付かず、クロエはその貴婦人に見とれていた。
(ふわぁ…綺麗な女性~。日本では絶対会えないタイプ!正に貴婦人だよ。こりゃ眼福ですね。
本当に気品がおありになる。お目通りが出来て身に余る光栄というものだね!)
ぽかーんと口を開けて、貴婦人を見つめるクロエに母は苦笑する。
「申し訳ございません、アナスタシア様。この子ったら貴女様に心奪われてしまいましたようで。
ほらクロエ、お口は閉じましょ?」
母にぽかーんと開けた口をツンツンとつつかれ、漸くハッと気を取り戻したクロエ。
慌てて“必笑!エンジェルスマイル”をアナスタシアと言う貴婦人に投げかける。
(い、いかんいかん!両親に恥をかかせるわけにはいかない!ポーッとするんじゃない、アタシ。大恩人の方々だと言ってたもの。アタシだって精一杯のお愛想を振り撒きまくるわよ!)
クロエがニパァ~と満面笑顔になると、アナスタシアの顔にも薔薇が咲いたように優雅な笑みが広がった。
「まあ!なんて愛らしいの!コレット、もしよければこの子を抱かせて頂けないかしら?本当に可愛らしくて」
少し言いにくそうに、だが本当に優しい目で母の腕の中で笑っているクロエを見つめながら、コレットに願い出るアナスタシア。
「まあ!光栄ですわ。ですが御召し物を汚してしまうかも知れませんけれど、よろしいのですか?アナスタシア様」
コレットの気遣いを笑って無用だと伝えるアナスタシア。
「赤ちゃんですもの。汚しても問題ありませんわ。寧ろその様なこと気遣う必要は無くてよ、コレット。では、いらっしゃいクロエ」
「ありがとうございます。さあクロエ」
(ひゃあ!何でこんな大それた事に!う、うわぁ、きんちょうする~。
御召し物だよ、御召し物。涎鼻水、絶対付けるなよアタシ。間違ってもオムツから横漏れさせるな!
粗相は出来んぞ、気合い入れろ!)
恐る恐るコレットからアナスタシアに移るため、小さな腕を貴婦人に伸ばすクロエ。
(そ、それでは失礼して。お世話お掛け致しますです、はい)
優しく胸元にクロエを抱き締めるアナスタシア。
「フフ、よろしくねクロエ」
にっこり微笑んでクロエを自身の胸元に抱え込み、クロエの頬を白く長い優美な指先でツンツンとつつくアナスタシア。
クロエは彼女の華やかな微笑みに見とれながら、その瞳の余りの優しさに戸惑う。
(こんなに気品があって優雅な女性なのに、何て優しい目で見てくださるんだろう。
多分貴族って地位にいらっしゃる方々だと思うんだよね。アタシの思い込みなのかもしれないけど、もっと形式ばったお出迎えでなければ駄目なんじゃないかと思ってた。
でも少なくともアタシ嫌われてはいないね。そこはホッとした)
クロエは少し体の力を抜いて、アナスタシアの胸元にもたれ掛かった。
アナスタシアに抱かれていると、彼女の放つ華やかな香りに包まれる。
(ふわぁ~良い香り~。何だが凄く安心できるよ。凄くお綺麗な方だし、既に御結婚されてるわよね。
お子様がいらっしゃるのかしら。凄くアタシをお抱きになる手も安定していて、初めてお会いした方なのに安心出来るわ。
アタシが単に美人に弱いだけかもしれないけどね。女性も惚れるよ、この方の美しさは)
アナスタシアはそんなクロエから目を離すと、コレットの横に立っているライリー達を見た。
「初めまして、貴方達はこの子のお兄さんお姉さんね。私はアナスタシア。貴方達の御名前を私に教えてくださるかしら?」
彼女はそう言うとにっこりと又美しい微笑みを子供達に向ける。
ライリーが落ち着いて深くお辞儀をしながら彼女と彼女の側に居るジェラルドに、真面目な顔でしっかりとした声で名乗る。
「ようこそお越しくださいました。お久しぶりでございます、ジェラルド様。お初にお目にかかります、アナスタシア様。
クロエの一番上の兄になります、ライリーです。お二人にお会いできて嬉しいです。どうかごゆっくりなさってください」
ジェラルドはうむと満足そうに頷き、アナスタシアは目を丸くする。
「流石じゃの、ガルシアよ。ライリーは益々頼もしく育っておるの。
久しいの、ライリー。会えてワシも嬉しいぞ。
又其方の案内で森を共に探検しようぞ。ワシはそれも楽しみにきたのじゃ」
ジェラルドがそう言いながらライリーの頭を撫でる。
ライリーは嬉しそうに「はい!」と返事をしながら笑った。
アナスタシアが驚きを隠せない様子で、ライリーを誉める。
「コレット、素晴らしいわ!確か7歳でしたわよね、ライリー。何て立派な挨拶が出来るのでしょう。
ライリー、私も貴方に会えて嬉しくてよ。どうか私とも御父様と同じ様に仲良くして下さいましね」
アナスタシアがライリーに微笑みかける。
ライリーは少々頬を赤くしてアナスタシアに「光栄でございます。アナスタシア様」と、笑って答える。
次はミラベルが兄に負けじと気合い十分の顔で深くお辞儀をして挨拶をする。
「お久しぶりでございます、ジェラルド様!初めまして、アナスタシア様!
ガルシアの娘のミラベルでございます。お会いできて嬉しいです。又都のお話を聞かせて下さいませ!」
兄のライリーとは又違った元気でおしゃまなミラベルの挨拶に愛好を崩すジェラルドと、まぁ!とクスクス笑うアナスタシア。
「久しいの、ミラベル。益々母に似て美しく育っておるな。分かった、又都の話をしてやろうな。
おおそうじゃ、土産もたんと持ってきておるぞ。楽しみにしておきなさい」
ミラベルは目をキラキラさせて「わあ!素敵!ありがとうございます!」と飛び上がって喜んだ。
母のコレットとライリーに慌ててたしなめられるミラベル。
アナスタシアがクスクス又笑いながら、二人を宥める。
「良いではありませんか。ね、ミラベル。アナスタシアよ。貴女に会えて私も嬉しいわ。仲良くして下さいましね。
貴女のお土産は私が選んだのよ?気に入ってくださると嬉しいのだけど。
それにしても本当に優秀な子供達ね、コレット。驚きましたわ。貴女達の教育が素晴らしいのね」
ミラベルがライリーと同じ様に頬を赤くして「凄い!アナスタシア様が選んで下さったなんて!嬉しいです!」と又飛び上がって満面笑顔で喜んだ。
コレットがそんなミラベルを苦笑して見守りながら、アナスタシアに答える。
「身に余るお言葉をありがとうございます。未だ至らぬ所が多々ございますが、親に似ずしっかりとした子達で本当に助かっているのですよ」
コレットの言葉にフフッとアナスタシアが微笑む。
「ご両親が立派だから、子供達もしっかり育つのですわ。誇りなさい、ガルシア、コレット」
ガルシアとコレットはアナスタシアの言葉に感じ入り、深々と又お辞儀をして感謝の意を伝える。
唯一未だ挨拶していない、というか未だ出来ないコリンをコレットが自分の前に立たせる。
「ジェラルド様、アナスタシア様。この子がクロエのすぐ上の子に当たります、コリンでございます。
さあコリン、お二人にご挨拶して?」
するとコリンは身を翻して「やだあ!」と、コレットのスカートの後ろに隠れる。
ジェラルドが大きな声で笑う。
「ワハハ!シェルビー家にもちゃんといたずらっ子は居そうじゃな!のう、ガルシアよ」
ガルシアはこめかみを押さえながら
「コリンの躾が行き届かず、誠に申し訳ございません、ジェラルド様アナスタシア様」
と、ため息をつく。
コレットも自身のスカートの後ろに隠れたコリンを引っ張りあげて抱き抱え、自分も御辞儀しながら彼の頭も下げさせる。
「誠に申し訳ございません!コリン、練習したでしょ?自分の名前をお二人に言ってごらんなさい」
しかしコレットの胸にしがみついたままイヤイヤと顔を擦り付け、ジェラルドとアナスタシアを全く見ようとはしないコリンに、コレットもため息をついた。
「どうかお気を悪くなさらないで下さいませ、ジェラルド様アナスタシア様。
この子は我が儘に育てすぎまして、私の躾が出来ておらず、本当にお恥ずかしい限りでございます」
コレットが二人に謝罪しながら恥じ入る。
アナスタシアがクロエを抱いたままコレットに近寄り、彼女の肩を叩く。
「未だこんなに小さいのですもの。無理ない反応ですわ。コリンは普通です。貴女が謝る必要は無くてよ、コレット。
寧ろこんな大人数で来ている私達が悪いのですわ。ねえ、御父様」
アナスタシアが父のジェラルドにそう言うとジェラルドも頷く。
「コレット、アナスタシアが言う通りじゃ。寧ろこちらで世話になる間にコリンがどう変わるか、楽しみが増えたわ!」
そう言うと又ワハハと笑うジェラルドに、ガルシアとコレットは苦笑を返す。
「コリンが皆様に御迷惑をお掛けしないよう、私共が気を付けます」
心底そう考えている夫婦にアナスタシアは笑いながら首をかしげる。
「心配しなくても子育てで我が子の人見知りに困るのは、よくある事でしてよ。
気に病むことはありません、ガルシア、コレット。私も御父様も子を持つ身ですから気持ちは解りますし、大丈夫ですわ」
アナスタシアの気持ちのこもった言葉に、彼女の腕の中のクロエも嬉しく思う。
(本当に素敵な女性だなぁ。コレット母さん、嬉しそう。アナスタシア様ありがとうございます。
コリン大王、見事な内弁慶だよ。流石だ、ぶれない。
ここで良い子の応対が出来ていたなら、アタシは或る意味普段からは考えられない君を不気味に思っただろうが、ここまで想像通りだと安心するよ。うん、君は君だった)
貴婦人の腕の中で一人頷くクロエを、当のアナスタシアは目に入れても痛くない可愛いものを見る目で優しく見つめていたのだった。
次話は明日か明後日投稿します。