133. 銀の鹿
お読みくださりありがとうございます。
クロエサイドの話です。ファンタジー色がキラキラです。何話か続きます。ファンタジーを書ききれるかだけが心配です。
切りが良いので少々短めです。お許しを。
さて、又時を少し遡る。
森に“出奔”したクロエは、暗い森の中をテクテク、テクテクひたすら歩いていた。
目的地等はない。彼女の狙いは、守り人の父を介さずに何も知らない自分が適当に森をさまよい歩くことにより、意思ある森が自分を見咎めて、何らかのアクションを起こしてくれる事である。
森の中で勝手をした事により、ある種のペナルティを課せられるかも知れないが、それはソレで甘んじて受けるつもりだ。
何故かクロエには、森が自分に無体を働く事など無いと云う妙な確信があった。
父に“降りて”きた森の意志といい、あの夢といい……。森は寧ろクロエと積極的に接触をしたいのではないかと感じている。
……ならば都合が良い。
自分だって頼みの綱はもうあの夢だけなのだ。
物知りで魔法に長けたあの先生ですら、知らぬ解らぬと言った黒い力。
たまたまコリンの時は被害が出なかったが、あの力がこの先益々強くなれば、果たして暴走しないとどうして言えるだろうか?制御なんて自分に出来るのかわからない。
吸い込む力は“奪う”力。いずれ何もかもを節操無く辺りから吸い込んで奪ってしまうかもしれない。
コリンから取り込んだ熱は、言うなれば生命エネルギー。
今回は何とか余計なものだけを取り除く事が出来たが、次は魔力はおろか、対象者の命まで吸い込み奪うかもしれない。
……実際一番最初にあの力を感じた魔力暴走の時は、あの力の中に自らを身投げしなければ母を吸い込むかもと恐れた位だった。
先生が言う通り、威力が強大すぎる。……そして恐ろしい。
誰も持たない自分にしかない力ならば、どんなに口で説明しても本当に理解をしてもらえるか、自信がない。
況して一歩間違えば、簡単に他者の命すら奪いかねない可能性もあるのだ。
今回自分の意志でだったが、この力で確実に他者の力を“奪う”事が出来ると確信してしまった以上、呑気に家族の側に居てはならない。
既に魔力暴走の前科もあるのだ。躊躇ってなど居られない。
皆を守るために今自分が取り得る、周りに被害を出す危険性が一番低い方法が、この家出だった。
やり方がベストだなんて思っちゃいない。寧ろ家族と老教師が味わうだろう、混乱や気持ちの動揺を考えたら一番最低な方法だと思う。
……皆の心情を思うと、申し訳無い気持ちで一杯である。
だがそれが解っていても、優先すべきは大事な人達の命だ。こんな爆弾を抱えた自分が導火線をぶら下げたまま、うろちょろ周りに居てはならないのだ。
それだけは譲れない。
……例え“あの”ライリーお兄ちゃんの特大雷が頭上で炸裂するとしても、だ。
それを想像したクロエはブルッと震える。
「う……帰れるかな、アタシ。
一番恐いもの想像しちゃった。あの雷が怖い~うぅ。
何で父さん母さんや先生より、お兄ちゃんの怒りの方が恐ろしいんだろう。あの目で睨まれて、ビビらない奴居ないって~!
……8歳だよ、アレで。末恐ろしいったらありゃしない。
綾姉ちゃんより何倍も怖い。聡なんざ、屁だね。
出来の良い人を怒らせるって恐ろしい事だよ、ブルブル……。顔立ちが綺麗だから余計に怖さが増すんだよな。
聡みたいな顔なら、カピバラが何か興奮してるって笑いながら聞き流せるのに……。
や、止めよう。考えてもどうせ雷は確実だもん。
今からビビってどうすんの!……その時で良い、その時で。頭から消すんだ、変に逞しい想像を!
でないとアタシ、怖くて家に帰れないじゃん……」
思わず呟いて足を止めてしまう。
すると歩みを止めたクロエの前に、何かが立ちはだかった。
「っ!だれっ!」
思わず高い声で誰何するクロエ。
目の前には一匹の綺麗な鹿らしき動物が居た。
鹿らしきと言ったのは、見た目が鹿なのに何故か全身が銀色の輝きを放っていたからだ。
クロエは目の前の綺麗な生物(?)に目を奪われる。
「いつの間に?……でも綺麗ね、貴方。この森で初めて生き物に会ったよ。
えと、こんばんは、はじめまして。アタシはクロエ・シェルビー。家族とこの森の中の家に住んでるわ。
貴方はこの森で住んでいるのかしら……?
アタシの言葉が解るかな?」
と頭をペコリと下げたクロエは目の前の綺麗な鹿におずおずと話し掛ける。
勿論、鹿から返事が返ってこないのは端から承知だ。
だが信じられない事に鹿から返事が返ってきたのだ。
『何故、森をさ迷う?クロエよ。我に何用だ?』
クロエは目を丸くして
「へ?喋れるの、貴方?
……えーーっ!リアルメルヘンだーっ!凄ーーいっ!やっぱりこの世界って凄ーーいっ!」
と手放しで歓喜の声を上げるクロエ。
鹿は静かにクロエの様子を見ている。
クロエは目をキラキラさせながら、再び鹿に質問をする。
「あ、貴方アタシの事知ってるの?用があるって解ってるみたいだし。
……我?アタシが話をしたいのは森さんなんだけど……、まさか貴方が?」
と鹿に思い付く限りの自分の考えを話す。
鹿は急に屈むと
『ここは冷える。其方の器は未だ未完成。このままでは器が壊れる。我の背に乗れ。器が落ち着ける場に移ろう……』
とクロエに自分の背に乗るよう指示する。
「器?未完成?……よく解んないけど、冷えるのは確かね。
じゃあお言葉に甘えまして……。でもアタシ乗馬できないんだけど。
況して鹿さんの背に乗るなんて高難度ミッション、こなせるかな?
……ま、何とかなるよね多分。
よいっしょ、と。
……重くない?鹿さん、これで良いかな?」
とおっかなびっくり鹿の背に乗るクロエ。
『我の首に手を回しなさい。……動くぞ』
と鹿が手の位置を指示し、彼女がその通りに手を回すと、むっくりと起き上がり進み始める。
「はい!……うおうっ!目線高いっ!お手柔らかにお願いしますっ!」
と思わず声を上げるクロエに
『……承知した。大丈夫、落としはしない』
と静かに鹿が答える。
鹿はゆっくり進み始めたが、不思議なほどその背は揺れないのにクロエは驚く。
「わ、安定感ある。全然揺れない。アタシでも大丈夫だ。
ウフフ、動物に乗るのなんて初めてで楽しい。
……ね、鹿さん。今からどこに行くの?」
と弾む声でクロエは鹿に聞く。
鹿は静かに
『我が守護する方の元へ。其方の望む話も、その方の元でするが良い』
と答えると、少し歩みを早くする。
『……少し速める。揺れはしないが、怖いなら目を瞑ると良い。……行くぞ』
と言うと、鹿は速度を早めた。
「は、はい!……わ、速ーーいっ!あ、でも平気ーーーっ!」
とクロエはスピードアップした鹿の背で楽しそうな声を上げる。
クロエを乗せた銀の鹿はいつしか森から姿を消した。
『……さあ、降りなさい。疲れただろう。その褥で休むが良い。
……其方が目覚めたら話をしよう』
銀の鹿は背に乗せた幼女に声を掛ける。
半分眠りかけていた幼女は導かれるまま、指し示された褥に進む。
「お休みなさい……」
柔らかなそこに体を横たえると、クロエは目を瞑る。
銀の鹿は幼女が眠りに落ちたのを確認すると、そのまま姿を消した。
眠る幼女の周りには、小さな螢の様な光があつまって暖かな繭の様に柔らかく光る。
彼女の周りには螢の光達以外誰もいない。
……そこは既に森でなく、又守るべき地でもなかった。
銀の鹿は何かの化身ですね。クロエが休んでいる所は確かに森ではなく、そして守るべき地でもありません。ですがあのエリアから出た訳でもないのです。
次で上手く説明できればと思います。
なるべく早く更新します。