129. 疑惑
お読みくださりありがとうございます。
コリン君の魔力熱の話はもう少し可愛い感じの話にする予定だったのですが、あれ?
どこをどうしたらこんな展開になるねん!
……筆の進むときって、恐い。3話で終わらんやん!予定狂ったーっ!
(ん~。フカフカのお布団、気持ち良い~……出たくないなぁ。いっそお布団になりたい。ああ、極楽極楽……。
今日は何にもしたくない~。
……何曜日だっけ、仕事休みだったかな……ん~……)
ツンツン。ツンツン。
(あ、やっぱウィークデーか……ツンツン野郎は母さんか綾姉だな。……聡ならコロス!
……寝過ごしたか。しょうがない、起きよう……)
クロエは雅の感覚のまま、目覚める。寝惚け眼で枕元をペチペチ。
『う~……。目覚まし目覚まし……アレ?目覚ましどこ?
……又叩き落としたのかな……。
アタシの手ってば、ホント凶暴……フアアーッ!』
と言いながら、大きく伸びをする。
クロエはウ~ンと伸びをして辺りに目をやり
『………あれ?ここ、何処?
旅行中だったっけかな、アタシ?』
と首を捻りながら腕組みし、自分の体のパーツの小ささにギョッとする。
そこで漸く今の自分を思い出した。
「あ……しまった、又……」
と言葉をこちらに戻し、完全に覚醒する。
そして彼女は恐る恐る周りに視線を向けた。
「お目覚めか?面白お騒がせ娘。気分はどうだ?」
とベッド脇に座る一人の老人。ディルクである。
側に居たのが、彼女の事情を全て承知している老教師1人だけだったことに安堵したクロエは
「先生……。アタシ寝ちゃったんですね。お騒がせ娘って、アタシまさか又何かやらかしました?
確かコリンお兄ちゃんが魔力熱出して、母さんに頼まれて先生を呼びに行って……あれ?
その後アタシ、どうしたっけ?え?」
と首をかしげながら、ウンウン唸る。
「やはり忘れとるな。全く……とんでも無いことをしでかす割には、抜けてる奴よのう。
……お主、コリンに何をした?」
と低い声で尋ね、ディルクは鋭い視線をクロエに向ける。
クロエはディルクの言葉の意味が最初理解出来なかった。
「コリンお兄ちゃんに……?え、アタシがした事……?
一体何の話で……あっ!」
とクロエは急に叫ぶと、慌ててディルクにしがみついた。
「まさかっ!アタシがお兄ちゃんの熱を取り込んだせいで、お兄ちゃんの身に何かあったんですか?!
コリンお兄ちゃんは無事なんですか?!」
とディルクの服を掴んで、クロエは切羽詰まった口調で詰め寄る。
ディルクは苦笑を浮かべ、クロエの頭を軽くペチンと叩いて
「落ち着け馬鹿者。コリンは無事だ。心配ない。
魔力熱はガルシアが治癒魔導を施さずとも、見事あの子自身で抑え込んだわ。
今は養生のために部屋で休んどる。発熱での消耗がほぼ無かったお陰で、体力も然程削られ無かったから、明日には起きられるだろう。
……コリンが物凄く心配しておったぞ。自分のせいでクロエが無茶をしたとな。
側から離れないとお主がコリンに約束しておったのに、そのお主が姿を見せぬものじゃから、クロエに何があったのとそりゃもう大変な騒ぎ様でな。魔力熱による体の苦痛より、お主の事で取り乱した精神的苦痛の方が、コリンにとって重症だったぞ。
宥めて寝かすのが一苦労じゃったわい!」
と肩を竦める。
クロエはディルクから手を離すと、ハ~ッと胸に手を当てて脱力した。
「よ、良かったぁ~。コリンお兄ちゃんにアタシ危害を加えてしまったかと思って……。
無事なんですね!ああ、良かった……本当に。
じゃあ早速コリンお兄ちゃんのところに行って、安心させてあげないと!
アタシったらお兄ちゃんに離れないからねって約束したのに、まさか寝ちゃうなんて!
もう、そりゃコリンお兄ちゃんは心配しますよねぇ?
先生、お騒がせしました!
アタシ、今からコリンお兄ちゃんに……痛いっ!何ふるんへすひゃっ!」
とクロエの言葉が急に止まった。
ディルクが目を細くしてクロエを睨み、彼女のプニプニほっぺをムニーッと両手で引っ張りながら
「……肝心の話が未だじゃ。お主、魔力が使えるのか?」
と真剣な声で彼女を問い質す。
「何れひゅ?!魔力なんれアラヒ使へまへんひょ!痛い、痛いって~!離ひへふははひ~!」
とディルクに涙声で乞うクロエ。
ディルクは手を離すと、膝に肘をつき
「コリンから信じがたい話を聞いた。お主が魔力熱の高熱だけをあの子から取り除いたと。
それもあの子には自分の魔力を一切通さずに。
……治癒魔術でも高度な部類だ。況してや相手に魔力を感じさせないなど、聞いたことがない。
お主、前の世界の術でも使ったか?前の世界には魔力や魔法の類いは無かったと言っておったが、アレは嘘だったのか?
……解るように訳を述べてみよ、クロエ」
とクロエを探るように問い質す。
目はいつもの老教師と違い、鋭い。嘘などは直ぐに見抜かれるだろう、その眼力。
声も普段とは違い、甘さは一切無い。
クロエは今まで見たことがないディルクの表情に、身体を強張らせる。
クロエは1・2度口を開けたがパクパクさせるだけで声が出なかった為、落ち着こうと唾を飲み込んでから
「先生……。アタシは嘘なんて言っていません……。
前の世界の話に嘘はありません。本当に魔法や魔力なんてありませんでした。
科学の力や自然の力を利用した高度な文明社会ではありましたが、私にはそんな力を使える頭脳はありませんから、こちらでは精々ミサンガや算盤位しか作れません……。本当です。
……コリンお兄ちゃんの熱を取り込むことが出来たのは、アタシが魔力暴走を起こした際に、母さんがやってくれた手当ての仕方を真似ようとした結果です。オーウェンお兄ちゃんにもその治癒魔法?をして貰ったので、感覚は何となく解ります。
だけど自分の魔力を動かせないのは、自分の体の感覚で解りますから、魔力を使うことは本当に出来ません。
あの熱を取ったのは、アタシの中にある“掃除機”の力です。
あの吸い込む力が、コリンお兄ちゃんの熱を吸い取ってくれて、アタシの中に完全に取り込んで出てこないようにしてくれたんです。
……掃除機の力がこの世界で何て言うのかは解りませんが。
でも、そうなんです。
……アタシに話せるのはこれで全部です。
やはりアタシを信じられませんか、先生……」
と固い声でディルクを窺う。
クロエの告白を聞いても、ディルクの表情に変化はない。
彼は又口を開くと
「……掃除機?吸い込む力?
それは何なのだ?
少なくとも儂にはそんな力は無い。ガルシアもコレットもだ。
……その吸い込む力を詳しく述べよ。どんな風にでも構わん。解らせるつもりで説明せよ、クロエ」
と淡々とクロエを取り調べる。
クロエはディルクの目を見て、視線を落とした。
暫し目を閉じて、彼女が次に視線を上げた時には、その瞳の中に決意と幾ばくかの悲しみ、そして諦めが見えた。
ディルクはその瞳に一瞬視線を揺らがせたが、直ぐに鋭い視線に戻した。
「全てを呑み込もうとする力……という感じです。あの魔力暴走の時から希薄ではありますが、私の中にその力の存在は感じていました。
……今日感じたのはそれ程怖いものではありませんでしたが。
魔力暴走の際は、その力が私を助けようとする母さんの魔力を根刮ぎからめとろうと、凄く禍々しいまでに巨大な黒い力を底無しの大きな黒い穴と云う印象で、アタシの中に出現させました。
……アレはこの世に出してはいけない力の様な気がした私は、あの時その黒い穴に飛び込んで、元凶の私が死ぬ事で母さんを助けようとしました……。だけど母さんが、ライリーお兄ちゃんがアタシを呼ぶ声がして……あの黒い穴を消すことが出来たんです。
だけど完全には消えないみたいで、ずっとアレから私の中にあの力は残っていたようです。
コリンお兄ちゃんを助けなきゃって見よう見まねで治癒魔法を使いたくて、先ず自分の魔力を感じ取ろうとした時に、あの力を感じ取りました。
魔力は良く解らないし、動かせないの感じてましたから、せめてこの黒い吸い込む力でお兄ちゃんの熱だけでも取ってあげたいと考えたんです。
……因みに方法は当てずっぽうでした。良く“手当て”って云うから、熱が一番解りやすいおでこに私の手を当てて、私の願う力であの黒い力を手の平まで動かせたなら、多分熱を吸い込めるんじゃないかって……。頭の中に強くその状況を想像で思い描いたんです。
そうしたら本当に熱がおでこから手に伝わってきて!高熱がみるみる私の中に吸い込まれていくのが解りました。
事前にコリンお兄ちゃんの魔力は吸い込まない、触らない、私の方に熱だけ来い!って強く念じましたから、一切触っていないと言えます。あのチクチクする感触も有りませんでしたし。
……まさか誰もこの力を持っていなかったなんて。私は……やはり異常なのですね。
コリンお兄ちゃんを助けようと思って行動したんですが、私のこの力はやはり危険極まりないものだったんですね……。
罷り間違えば私はとんでもない結果を引き起こしていたかもしれない。
……ディルク先生、大変申し訳ありませんでした。
浅慮な考えで恐ろしい事をしてしまいました。
今までの私の話で何か疑問や、辻褄の合わない部分があれば仰って下さい。
何とかご理解頂けるように努力して話をしたいと思いますので。
どうでしょうか、先生……」
と強い眼差しでディルクを見ながら、悲しみを隠し誠心誠意心を込めて話すクロエ。
ディルクはクロエを暫く見つめていたが、目を閉じてやがて大きな溜め息を吐くと
「……すまなかった。お主に辛い思いをさせてしもうたな。
酷い言葉を容赦なく浴びせた。……申し訳無い。
確かにうろ覚えの知識で治癒魔導をしようとしたのは、殺人行為に等しい。それは厳しく叱責されなくてはならない。
だが実際は魔力でなく、別の未知の力の使用だとするならば……儂には叱責する資格はない。何故なら現実の話、コリンは全く何も悪い状態にはならなかったからだ。
その力を知らぬ者が無知なままお主を叱責など恥ずかしくて出来ぬわ。
その黒い力……相当強大な物と思われる。
クロエよ、どのような力か解らぬ儂にはその力を使う術を教えることは出来ぬ。
ただ、これだけは言える。不用意に人に使ったり、又悟らせてはならない。それはお主を追い詰める力と成りうる。前世の記憶同様、厳しい管理をしなさい。
……わかったな、クロエ」
とディルクは静かな声でこう諭した。
クロエは小さく頷いて
「はい……ご忠告、心に刻みます。大変申し訳ありませんでした。
あの……私は今からコリンお兄ちゃんや家族に会っても良いですか?
今は……何時位でしょうか?」
とおずおずとディルクに尋ねる。
ディルクは腰をあげながら
「もう夜になる。子供達は既に寝ておる。両親は待っておるから、今から会うか?」
と聞いた。
クロエは頷いて、そろそろとベッドから降りる。
「儂も行こう。黒い力の話は伏せておけ。……儂のように余計な勘繰りをされるからな。
流石に両親から追求されるのは、辛すぎるじゃろう。
話した所で益にはなるまいよ。
……良いかの?」
とディルクはクロエに言い含めた。
頷いたクロエはトボトボと扉に向かう。
その背を見つめながら、ディルクは自分自身に嫌気が指していた。
(何故あんな物言いをしてしまったのか……!あれではクロエが心を閉ざして当たり前じゃ!確かに儂自身驚愕していたが、そんなものはあの態度の言い訳にならぬ!
この失態は後々まで響くぞ、ディルクよ……!あの娘は優しいが故に、自分を卑下しやすいのは解っておるだろうが!
さっきの話の流れでは、あの娘が化け物だと言ったに等しい!
不味い事になった!儂の生涯最悪の失態かもしれぬ……!)
と後悔と自嘲で頭を抱えてしまっていた。
……気付かれた方、いらっしゃると思います。クロエさん、一人称がアタシから私に変わりました。
理由は1つ。ディルク先生の言う通り、彼女は心に壁を作ってしまったのです。
先生、思わぬ失敗!知恵者、痛恨のミス!
さて、どのように壁を打ち崩すのか。
なるべく早く更新します。