124. 悪戯な妹
お読みくださりありがとうございます。
少し長めですが、内容は軽いです。
出立の朝を迎えた。
案の定、男の子部屋から子供達が自ら起きてくる気配が全くない。
ミラベルとクロエは昨夜のコレットの“釘”が効を奏したのか、普段通りに起床し部屋から出てきた。
コレットの指示を受けて彼等を目覚めさせるためにミラベルとクロエ、2人の小さな“刺客”が男の子部屋に突入する事となった。
刺客となったクロエの手には、彼女発案“お目覚め大作戦”遂行に必要な、薄い金属トレーとカトラリーがあった。
その格好にコレットが首をかしげるが、発案者のクロエはニヤリと笑って
「まーかせて!確実に起こしてあげる!」
と胸を張る。
次に同じくトレーとカトラリーを両手に持って首をかしげているミラベルに
「あのね………、でね………。
これならきっとどんなに眠りが深くても、完璧に目が覚めると思うのよ。どう?」
とクロエが小さな声で作戦を耳打ちする。
聞かされたミラベルがギョッと目を丸くし、黒い笑みを浮かべている妹をマジマジと見つめて
「クロエって時々とんでもない事思い付くよね……怖い子。
でも面白ーいっ!やろやろ!」
と若干引いたが、面白そうだと作戦には見事に“乗った”。
コレットが訝しげに見送る中、男の子部屋の扉をそお~っと開けて中に入る2人。
2つくっ付けてあるベッドの上で、オーウェン、ライリー、コリンが上掛けにくるまって、入り乱れた位置で各自丸まっていた。
……寝ている3人が侵入した2人に気付いた気配は全く無い。
クロエが先頭切ってベッドサイドに近付き、そっと丸まっている兄達の様子を確認する。
ミラベルはドキドキしながら妹の後ろにくっ付いていく。
悪巧みを企てるクロエとミラベルの目の前で、スヤスヤと寝息を立てる3人。
クロエは満面の笑みで3人を見ながら
「よしよし、よく寝てますね~。ムフ、これはイケる……!
ではお姉ちゃん、構えて。
良い?行くよ……せーのっ!」
と言うと両手を高く掲げた。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「起っきろー!朝だよっ!いっつまで寝てんだーっ!」
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
……カン!カン!カン!
「は、早く起きてよっ!……え、えと、皆、お、起きてるよっ!」
カン!カン!カン!
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「起きるまでやるぞーっ!さあ!起っきろーっ!」
ガンッ!ガンッ!ガァーンッ!!
「……ね、ねぇクロエ……、ア、アレ……前見て?」
と満面の笑顔のまま、全力でトレーとカトラリーを勢い良くかち合わせて“大騒音”を鳴らし、加えて機嫌良く大声を張り上げていたクロエに、ミラベルが恐る恐る声を掛ける。
「なに?」
とクロエが前の兄達を良く見た。
すると既に最初の騒音で跳び起きた後、続く騒音&大声(主にクロエ)の余りの喧しさに耳を押さえてベッド上で丸く踞っている3人の姿。
「あ、何だ。もう起きたの?皆、寝起き良いなぁ~チェッ!」
と舌打ちし、残念そうに両手を下げるクロエ。
と同時に扉が開いて
「い、今の音なに?!何が起きたの!
……クロエッ!貴女は何をしてるのっ!」
とコレットが物凄い形相で部屋に駆け込んできた。
クロエはビクッと飛び上がり
「あちゃ!やり過ぎたか?!」
と肩を縮める。
ミラベルが
「……うん、大分やり過ぎたね。母さんの目がそう言ってる……」
と苦笑いする。
コレットがツカツカとクロエに近寄り、彼女を小脇に抱え上げると
「もうっ!時々暴走するんだからこの子はっ!こっち来なさい!
ミラベルもこの子を止めなきゃ駄目でしょっ!
……ああ、起きたわね貴方達。早く顔を洗って来なさい。
オーウェン様失礼しました。クロエったら時々可笑しな事を思い付くんですの。
小さな子がした事ですので、どうか許してくださいね?
さ、クロエ!ミラベルも早く出なさい」
と大人しくなったクロエを抱えたまま、コレットが部屋を出ていった。
ミラベルが慌てて後を追うが、扉の所で振り向いて
「ご、ごめんね。やっぱり過激すぎたな……許してね?」
と申し訳なさそうに3人に声を掛けてから出ていった。
「今の……何だったんだ?
この家って寝坊したら、ああいう起こされ方するの?」
と呆然と体を起こしたままベッド上で座り込んだオーウェンが、同じく座り込んでいるライリーに尋ねた。
ライリーは力無く首を横に振り
「いいえ……絶対に面白がったクロエの思い付きだと思います。
ああ、やられたな……」
と頭を掻き溜め息を吐く。
だがコリンが全く微動だにしない。
「コリン、大丈夫か?起きてるか?」
とライリーがベッド上で踞ったままのコリンを覗き込む。
するとコリンが
「うっうっ……兄ちゃん……ぼ、僕ビックリして、出ちゃった……」
と泣き声交じりで告白した。
ライリーがギョッとしてコリンのズボンを見ると、確かに濡れている。
兄は弟を憐れむ様に見て
「ああ……わかった。待ってろ、直ぐに着替えを用意してやるから。
幸い上掛けにくるまってたから、上掛けと服だけで済んだな。大丈夫だ、叱られたりしないよ、コリン。
あれは……クロエが悪い。
全く、イタズラ好きで困るなあの子は」
と又溜め息を吐く。
オーウェンがすまなさそうに
「知らなかった……クロエがイタズラ好きだったなんて。
なんか……申し訳無い。
コリン、大丈夫かい?歩けるかい、僕も手伝うよ」
と語り掛けてコリンを気遣う。
コリンは戸惑った様に少し顔を上げて
「オーウェン様が何で謝るの?
それに、あの、クロエはいつもこんなイタズラをしてる訳じゃないんだよ!
いつもは凄く優しくて良い子なんです。
だから嫌わないであげて?
ホントだよ!信じて、オーウェン様!」
と必死でクロエをかばう。
オーウェンは驚いた表情を浮かべた後、とても優しい笑顔になり
「ああ、わかってる。こんな優しい君達の“妹”だもの。
ホントにコリンはクロエが大好きなんだね」
とコリンの頭を撫でる。
コリンは頷いて
「はい。クロエがいないと楽しくないもの。クロエが居るから笑えるんだもの、僕。
……あ、お兄ちゃんもオーウェン様もクロエにこの事を言わないで欲しいの。
兄ちゃんなのに恥ずかしいし、それに……クロエが気にしたら可哀想だから」
と頬を少し赤くして兄とオーウェンにお願いする。
オーウェンは直ぐに頷いたが、ライリーは
「良いけど……多分バレるぞ。洗い場に行って隅には隠しとくけど、やっぱり上掛けは嵩張るからね。
まぁ僕からは言わないでおくけど」
と苦笑いしながらコリンに考えを伝える。
「え~、それじゃバレたらクロエが叱られちゃうかも……。何で僕、あれ位でちびっちゃったんだろう?情けないなぁ。
ごめん、クロエ……」
とシュンとするコリン。
オーウェンとライリーは顔を見合わせて
「いや、何でクロエに謝ってるのコリン。
それは違うんじゃないかい……。大体君は全く悪くないんだし」
とオーウェンがコリンを諭し
「コリンはクロエに甘々だからな。さっきの騒ぎも寧ろ可愛いと思ってるんじゃないのか?
でも幾らクロエが可愛くてもイタズラしたら、ちゃんと叱らなきゃ駄目だぞ?
お兄ちゃんなんだろ、コリンは。
時には厳しくする事も大事なんだよ?」
とライリーが指摘する。
コリンが照れ臭そうに
「うん、わかってるよ。
でも小さなクロエを苛めてた時の事考えると、自分勝手な自分の方が未だ叱られてなかった気がするし、少しイタズラするクロエは何か可愛いなと思うし、だから幾らでも優しくしてあげたいんだ。
もし厳しくして、クロエが僕を嫌いになったらって考えると……その方が嫌だよ 」
と唇を噛み締める。
ライリーは呆れたようにフゥと息を吐くと
「しょうがないな、お前も。
とにかく早く着替えよう。上掛けと一緒に床に降りるんだ。
さて、着替え、着替えっと……」
と2人の衣装行李に近寄り手早く自分の着替えを終え、弟の着替えを用意する。
オーウェンは
「僕も着替えをとってくる、次いでに湯桶と布を貰ってこよう。
すぐ戻る」
と部屋を素早く出ていく。
ライリーが
「助かります、オーウェン様」
とその背に向かって笑顔で礼を言った。
程無く自身の着替えと湯桶と布を持ってオーウェンが戻り、様子が変なことに気付いた側仕えのアレクもくっついて来た。
「とんだ災難でしたね、コリン様。早くお着替えをいたしましょうね。
ああ、大丈夫でございます、お話はオーウェン様からお聞きしておりますから、ご心配は無用です。
しかし何とも微笑ましいご兄妹仲で、私も見ていて気持ちが暖かくなりますよ。
さ、コリン様こちらへ。
オーウェン様とライリー様は先に身支度をなさいませ。
コリン様の事は私にお任せを」
とコリンの服を脱がせながら、2人に声を掛ける。
オーウェンが
「すまない、アレク。コリンを頼んだよ。ライリー、洗い場に行こう。
僕達が出ていかないと余計に不審がられるからね?」
とアレクにコリンを託し、ライリーを促す。
「すみませんアレクさん、助かります、弟をお願いします。
オーウェン様、行きましょう」
とライリーも動き出した。
2人が部屋を出ると廊下で
「どうして普通に起こしてあげないの?あれじゃあの子達が跳び起きた挙げ句、ベッドから落ちて怪我しかねないでしょ!
貴女は賢い子なんだから、解るでしょう?
もう二度としては駄目よ!」
とコレットがクロエを説教していた。
クロエが俯いて
「ごめんなさい。1度やってみたかったの……アレを思い付いたのは大分前なんだけど、中々やる機会が無かったから、今日は絶好の機会だっ!て調子に乗っちゃったの。
だけどあんなに効き目が有るとは思わなくて。
後からお兄ちゃん達に謝ります。もう、二度としません……」
と言って更に深く項垂れた。
コレットはクロエの様子を見て
「解ったなら良いのよ。
お兄ちゃん達にはちゃんと謝ってね。じゃあ母さんは用意に戻るから」
とクロエの頭を撫でてから、コレットは食堂に戻っていった。
廊下にポツンと立つクロエ。
「あーあ、やっちゃった……。直ぐに面白がって調子に乗る癖、ホントに治さないとな……ハァ」
とクロエは項垂れたまま溜め息を1つ。
その様子を見たオーウェンとライリーは顔を見合わせると互いにクッと笑い、2人でクロエに近寄り
「クロエ、どうした?」
とライリーが声を掛ける。
クロエはハッと顔をあげて2人の“兄”に気付いた。
直ぐにクロエは申し訳無さそうな表情をし
「ごめんなさい、あんな起こし方してビックリさせて!
アタシ、ちょっとイタズラしたかっただけなの。
まさかあんなに効き目有るとは思わなくて……。
もう二度としません、許してください!」
と深く頭を下げて詫びた。
ライリーはクロエの前に膝をつき
「もう良いよ。しっかり反省してるみたいだし、母さんが既に叱ってくれた様だからね。
只、オーウェン様がビックリなさってたよ。この家は寝坊するとああいう起こされ方するのかって」
とおどけた様にクロエに話す。
オーウェンはライリーの言葉に苦笑して
「それ言っちゃうなんて、ライリーも人が悪いな。
だけどクロエってイタズラ好きだったんだね。それには確かにビックリしたな、僕」
とクロエの頭を軽く撫でた。
クロエはモジモジしながら
「そ、そんなにイタズラ好きって訳でも……。たまにやる位だよ?……多分。
だけど直ぐ調子に乗るから、アタシ」
とボソボソと呟いた。
オーウェンはフフッと笑い
「いや、寧ろ安心したよ。クロエがあんまり賢いから、僕の方が大分年上なのにって正直自信を無くしそうになってたんだ。
だけどクロエでもあんなに叱られる事をするんだって解ったら、何だかホッとした。
勿論やり過ぎは駄目だけどね」
と上目遣いで彼を窺うクロエにイタズラっぽくウインクする。
クロエは慌てて
「オーウェンお兄ちゃんが自信無くす事なんて無いのに!
だって凄く賢いし何でも出来るし、優しいし!アタシを助けてくれたし!
アタシなんて騒ぎ起こすばっかりで……」
と言うと、それを聞いたライリーが
「ん?又前の事を気にしてるね、クロエ。お前は騒ぎなんてちっとも起こしてないだろ?……今朝のイタズラは別だけど。
変なこと気にしてると僕が又怖くなるよ、良いのかい?」
とクロエの頬を両手で挟んで、おでこをコツンと当てる。
クロエはあ、と声を出し
「ラ、ライリーお兄ちゃんが怖くなるのはヤです~!
もう言わないから~」
と又慌てる。
ライリーとオーウェンがそんなクロエを見て笑う。
程無く着替えを終えたコリンが部屋から出てきた。
後からアレクが汚れ物を持って部屋から出てきて、そのまま軽く頭を下げると然り気無く洗い場に消える。
クロエはコリンに向かって
「コリンお兄ちゃん!さっきは驚かせてごめんなさい!
もうあんな事しないからね。
母さんにも叱られちゃった。
ホントにごめんなさい!」
と大きな声で謝罪し、ライリーから離れてコリンに近寄り頭を下げる。
コリンは驚いて
「え!クロエ、母さんに叱られちゃったの?!
まさか兄ちゃん、僕のお漏らしの事母さんに言っちゃったの?絶対言わないでって言ったのに!……クロエ叱られちゃったじゃないか。
ごめんね、クロエ。僕のせいで……」
と狼狽えた余り全て喋ってしまい、あたふたとクロエを気遣う。
ライリーとオーウェンはコリンの“自爆”を止められず、やがて2人揃ってやるせないように首を小さく横に振った。
クロエは驚いて
「コリンお兄ちゃん、それホント?!
アタシのイタズラのせいでお兄ちゃん、お漏らししちゃったの?!
ど、どうしよう!アタシ、母さんに謝って、お兄ちゃんの汚れ物洗うから!
コリンお兄ちゃん、ホントにごめんなさい!」
とコリンに又頭を下げ、オロオロと狼狽えた。
コリンは漸く自分の“自爆”に気付くと慌てて
「ち、違う!あ、た、確かにお漏らししたけど、でもクロエのせいじゃないから!
僕が情けないだけなんだからね。だから気にしないで?
それにクロエが僕の汚れ物なんて、洗わなくて良いんだよ。そんな事、恥ずかしくて絶対させられない。
ね、気にしないで。僕、全然怒ったりしてないんだから!」
とクロエを落ち着かせようと慰める。
クロエはコリンを見て
「お兄ちゃん達優しすぎ……。ああ、アタシの出来の悪さが突出してしまってる気がする。
真剣に反省します……」
と呟くと、物の見事にガックリと落ち込んだ。
コリンがそれを見て又慌て出した時
「貴方達、皆待ってるのよ!早く支度して食堂に来なさい!」
とコレットの声が響いた。
コリンはそれを聞いて
「あ、ほ、ほら!母さんが呼んでる!クロエ早く行こう!
僕、顔洗ってくるから待っててくれる?一緒に行こ?」
と落ち込む妹を促す。
クロエはコリンを見て
「うん。待ってる。
ホントにごめんね、お兄ちゃん」
とぎこちなく頬笑む。
コリンは照れ臭そうに笑って
「もう良いから。さ、じゃあ洗い場に先ず付いてきて!
直ぐに洗っちゃうからさ!」
とクロエと手を繋ぐ。
「うん!」
とクロエも手を握り返し、コリンと共に洗い場に向かう。
兄2人はそんな弟妹の姿を苦笑しながら見ていたが、彼等が動き出したのを見て、自分達も洗い場に向かった。
その後、支度を終えた男の子達とクロエが漸く食堂に顔を出し、視察最後の朝食が始まったのだった。
なるべく早く更新します。