1-11 家族
お読み下さり有り難うございます。
主人公の髪の色が判明します。
まだ小さいので柔らかいですが、ストレートの髪です。
いつしか眠ってしまったクロエ。
今しがた彼女の周りで起こった不思議な出来事に何ら慌てること無く、感嘆の眼差しで見守っていた家族。
やがて母がクロエに近寄り、そっと彼女を抱き上げた。
泣き声も上げずに涙を流していたのを、母は彼女の顔を見て初めて知る。
痛々しそうにその小さな顔を見つめ、そっとその目元や頬を優しく拭う母。
さっきまでクロエを見守る様に周りを囲んでいた小動物や蝶達は、いつしかいなくなっていた。
名残のようにクロエの胸元や小さな帽子に花びらがくっついている。
あの小さな光は何だったのか。
しかし母は既にあの光の正体が分かっているようだった。
クロエを優しく抱き締める。
畑仕事を終え、収穫した野菜や農具を荷車に載せていた父や兄のライリーは母に声を掛ける。
母はクロエを抱き締めたまま家族のもとに歩み寄る。
荷車の上には荷物の他に、クロエより先に寝てしまったコリンが居た。
ミラベルも疲れていたが、おませな彼女のプライドが必死に彼女の目を開けさせる。
父がミラベルに優しく荷車に乗るように諭す。
両親や兄と共に歩いて帰るとミラベルが言い張ると、父は苦笑して彼女の頭を軽くポンポンと叩き、疲れたらすぐに言いなさいと言い含めた。
ミラベルが頷くと、兄のライリーが彼女に頑張って付いておいでと励ます。
顔を引き締めて彼女が頷くと、荷車が動き出した。
畑から遥か遠くに見える山々の頂が少しずつ色を変えていく。
日が傾き始めたのだ。
真っ白だった頂がオレンジやピンク、紫にも色を変化させる。
ゆっくりと色を変化させる山々のショーを、もしクロエが目を覚ましていたなら、もっとこの場で見ていたいとジタバタしていたことだろう。
しかし彼女は夢の中。
夢の中で前の家族との束の間の逢瀬を楽しんでいるのだろう。
涙の拭われた顔が、少しだけ笑っているように見えた。
母はクロエを前抱きにするように紐を調節し、彼女の眠りを妨げないように優しく我が身にくくりつける。
小さな彼女の頭を被う帽子をそっと取ると、押さえつけられてペシャンコになっていた彼女の髪を優しく手で櫛梳った。
暫く彼女の髪を見つめ、悲しげに目を伏せた母は又小さな帽子を彼女に被せる。
頑張って父や兄の動かす荷車に付いて歩くミラベルに寄り添い、手を繋ぐ。
野原を後にし、家がある森に入っていく一行。
その姿をそっと見守る様に、さっきクロエの周りを囲んでいた小動物や蝶達がいつしか集まっていた事を、家族は知るよしも無い。
まるで自分の仲間を見送るように集まっている小動物達。
良く見ると彼等の周りに蛍の様な小さな光がフワフワと飛んでいる。
やがて森の中に荷車が消えると、動物達や小さな光も消え去っていた。
森に入り20分程歩いて、ようやく自宅に着いた。
荷車を家に横付けし、父はまずコリンを抱き上げて家に入れる。
兄のライリーは比較的軽い、収穫した野菜が入った籠を下ろして家の洗い場に持っていく。
父はコリンをリビングの長椅子に寝かせると、荷車を小屋に納しに出ていった。
母はミラベルを促し、家の中に入る。
クッションを集めラグの敷いたリビングの一画に彼女を寝かせる。
少し間を開けた隣にクロエがいつも使っているラックを置いて、そこに小さな彼女を寝かせる。
すると間を開けていたにも係わらず、ミラベルがクロエに近寄り小さな手を握る。
手を握って安心したのか、すぐにミラベルは寝息をたて始めた。
さっきの不思議な出来事がミラベルを不安にさせたのかもしれない。
クロエの存在を確かめていたいと云わんばかりの彼女の行動に、母はそっとミラベルの頭を撫でる。
暫く二人を見ていた母だったが、思い出したとばかりに苦笑し長椅子に近寄ると、さっきガルシアが寝かせたコリンがいた。
彼を抱き抱えると、女児二人の横に共に寝かせた。
ブランケットを3人に掛けて、母は洗い場に向かう。
お風呂を準備したり、夕食の準備をしなければならない母は休む暇なく働き続ける。
小屋では父のガルシアとライリーが土のついた農具の手入れや荷車の手入れをしていた。
ガルシアに向かってライリーが話す。
「父さん。クロエは大丈夫かな。あんなに小さいのに“力”を使ってしまって。あれから寝ちゃったし、問題はないの?」
ライリーが心配そうに父に尋ねる。
あの不思議な現象はクロエの持つ“力”が引き起こしたものだと彼は考えているようだ。
そしてそれが当たり前のように彼は捉えている。
父はライリーを見てそっと言う。
「大丈夫だ。母さんが確認した。クロエがなにか大きく感情を揺らしたせいだろうと思う。
その揺らぎで無意識に“力”が漏れ出てしまったんだろう。まだ調整ができなくて当たり前だ。
“あそこ”は彼女と相性が良い。直ぐに彼女を守りに入ってきただろう?あの場所でクロエが害を受けることはあり得ない。
“あそこ”がそれを許さない。安心しなさい。
それよりこの話は家以外ではしてはいけないと言っただろう、ライリー?」
父から指摘を受け、慌てて口を押さえるライリー。
「大丈夫だよ、“今”は。“他の者”が周りを見ている筈だ。クロエを外に出すからには、ちゃんとその辺りは押さえてあるさ。
ただ用心するに越したことはない。解るな?ライリー」
苦笑してライリーを見ながらガルシアが優しく諭す。
「ごめんなさい、父さん。気を付けるよ。クロエの為だもの。油断はできない」
ライリーは口を押さえたまま頷いて反省した。
「家が気になるから先に戻るね、父さん。構わない?」
ライリーが今にも家に戻りたそうに、半身を小屋の戸口に向けつつ、父に問う。
父が一つ頷くと、一目散に駆け出していく。
苦笑をしながらその姿を見送り、頼もしい息子に嬉しさを覚える父。
そしてどこともなく空間を睨み、呟く。
「“力”が漏れた。結界は働いているからあの程度なら問題はないだろうが、彼の方々に御報告を上げておくように。
後、警戒レベルを一両日の間上げろ。“奴ら”に万が一にも悟られてはならん。他の者にも周知徹底しろ。少しの変化も見逃すな、分かったな?」
何もない空間から“是”の意志が伝わる。
シンと静まり返った小屋のなかでガルシアは視線を空間から農具に戻し、また片付けを再開した。
家に戻ったライリーはリビングの一画を見て思わず笑った。
小さな妹弟が仲良く寄り添って眠っているのを目にしたからだ。
そっと近寄り、コリンやミラベルの頭を撫でる。
そしてラックに入ってスヤスヤと眠る一番小さな妹を、暫し見つめた。
そっと手を伸ばし、彼女の小さな頭を被っていたニット状の帽子を取る。
小さな頭にフサフサと生えている“黒髪”を愛しそうに撫で、そっと語りかける。
「大丈夫だよクロエ。君は僕らが必ず守るから。君はなにも心配せず笑っていて。
君の“敵”は父さん母さん、“仲間達”が近寄らせない…。もしやって来たとしても、僕が命を懸けて守る。
コリンはまだ知らないけど、ミラベルも君を守るよ。君は僕らの“宝”。手出しなんてさせやしない」
ニコッと笑うと、クロエの黒髪にキスをする。
するとクロエがタイミング良くニヘラ~と笑った。
思わず彼女をまじまじと見つめるライリー。
しかし笑った顔のままスヤスヤ眠る妹に、思わず吹き出す。
「クロエには負けるな。何でいつもこんなに笑ってくれるんだろう。あんまりコリンのように愚図らないし。
もし君が“黒髪”で無かったとしても、君は皆の“宝”だっただろうね。“黒髪”で無ければ会えなかったけれど、君にとってはその方が幸せだったよね。
でも僕は君に逢えて嬉しいよ。だから君の“黒髪“に感謝してる。どうか元気で育って。全ての害から君を守るからね」
クロエに語りかけるライリーの言葉を、いつしかリビングに入ってきていた母が聞いていた。
ライリーの“覚悟”を嬉しく思いつつ、自身の子供達に強いた“役目”を申し訳なくも思う。
しかし自分達にはこの“役目”は何としてもやり遂げなければならないものであるし、仮に他の者がこの“役目”を引き受けるとなれば全力で阻止しただろう。
子供達を巻き込んでも、自身の命を盾にしてでも何に変えてもやり遂げてみせる。
“クロエを守り、育てる”。
単純且つ、危険な役目を。
コレットはそう自身を奮い立たせると、ライリーに声を掛ける。
「ライリー、戻ってたの?悪いけどお手伝いしてくれないかしら。この子達をお風呂に入れてあげなきゃ汗でベタベタでしょ。お湯を沸かすわ、こっちに来てくれる?」
母が今気づいた風に言うと、ライリーは少し驚いたように立ち上がる。
「あ、うん判ったよ母さん。お風呂は洗ってあったっけ?僕見てくるよ」
ライリーが洗い場横の風呂場に駆けていく。
母はその後ろ姿を優しい目で見ながら言う。
「まだだわ。ごめんなさい、洗ってちょうだい!」
ライリーを追いかける前に子供達に掛けたブランケットを、また優しく掛け直してコレットもリビングを後にしたのだった。
主人公の髪は俗に言うカラスの濡れ羽色で、漆黒です。
次話も明日か明後日に投稿します。