113. 完璧な食事マナー
お読みくださりありがとうございます。
今話は朝食シーンです。ほのぼの回となります。
次の日。
すっかり回復したオーウェンが朝食に姿を見せると、子供達が周りを囲んだ。
「おはようございます、オーウェン様!もう大丈夫なんですか?!」
とコリンが足元にまとわり付きながら聞く。
オーウェンはニッコリ笑い
「おはよう、コリン。大丈夫だよ、元気さ。心配かけたね。
お腹も空いてしょうがないくらいだよ。昨日の夜のご馳走を食べていないから尚更ね。
朝食が楽しみだ」
「おはようございますオーウェン様。昨日はクロエを治して下さってありがとうございました!さぁクロエ?」
とミラベルがクロエをオーウェンの前に押し出す。
「おはようございます、オーウェンお兄ちゃん、昨日はありがとうございました。アタシお陰ですっかり元気です!
だけどアタシを治したせいで、オーウェンお兄ちゃんが昨日の夕食食べれなくなっちゃって、ごめんなさい。
凄く悔しいですよね……あんな上等で肉汁がたっぷりの霜ふりお肉をアタシのせいで食べ逃したなんて……アタシ一体何て謝ろうって……」
とクロエの思わぬ方向への謝罪に、オーウェンは目が点になった。
慌てたのはライリーである。
「ク、クロエ!違うから!謝る内容がちょっと違う!感謝は正解だけど、そのお肉のこだわりは今言わなくて良いから!ね?!」
とクロエに感謝の言葉だけ言う様に暗に諭す。
クロエは首をかしげ
「え、だって大事な事だよ?オーウェンお兄ちゃん、あの!肉汁タップリステーキのご馳走をアタシのせいで食べ逃しちゃったんだよ?!
そりゃ今日の夜もご馳走だけど、昨日のお肉は別格だよ?もし母さんが気を利かせてオーウェンお兄ちゃんにって取り置きしてくれていたとしても、流石にオーウェンお兄ちゃんがあのステーキと今日のご馳走を一気に食べれる訳無いし、となると段々取り置き分が後ろ倒しになって結局1回分のご馳走を食べ逃す可能性が高くない?
アタシその重大な失態に思い至って、ホントにどうしようって血の気が引いたんだよ!
アタシ昨日寝る前、眠いけどなんとか一生懸命にそれを挽回する方策を考えたんだ。
でもね、やっぱりオーウェンお兄ちゃんだって胃の許容量があるじゃない?その厳しい現実に愕然としたのよ……。
例えばお昼にステーキ食べるでしょ?夜もお肉って素敵だけど胃がもたれるし、感動が薄くなっちゃう。ヘタしたら食べ過ぎでお腹壊しちゃうかも!幾ら美味しくても、オーウェンお兄ちゃんに無理はさせられないもの。
ね?どうやっても1食分の挽回って難しいんだよ~。これはもう、原因のアタシが誠心誠意謝るしかないって……オーウェンお兄ちゃん、ホントにごめんなさい!」
と大きな声でもう一度謝罪し、ペコリと頭を下げた。
ライリーは天を仰いでペチンと目元に手を当てた。
ミラベルとコリンは口元を押さえて笑いを必死でこらえる。
オーウェンはそんな子供達の各々の反応を見て、これが日常のクロエなんだと理解した。
オーウェンは吹き出したい口元をひきつらせながらも、何とか平然とした表情を作り
「良いんだよ、そんな気にしてないから。
それに今から朝食だしね。
だからクロエも謝ったりしなくて良いよ、でないとこっちが却って困ってしまうから」
と答えた。
クロエはガバッと顔をあげ、驚きの表情を浮かべながら
「心が広い……。あの肉を逃す破目になって尚この穏やかな受け答え。人間出来てるわぁ。
凄いなぁ、アタシも見習わなきゃ……。でもあの肉だから……アタシじゃ、やっぱり泣くかぁ」
とオーウェンの返答に感動さえしている。
これ以上食いしん坊の“末妹”の口を野放しにしておけないとばかりに、ライリーがパンパンッ!と手を叩くと
「さぁ、早く席に着かないと朝食を食べられなくなるよ?
オーウェン様、どうぞ食卓に。お前達も早く!」
と子供達に着席を急かした。
その声に対しオーウェンは苦笑いを、弟妹達は慌てた表情を浮かべながら食卓へと急いだ。
「いただきます!」
朝食の卓上で食前の挨拶の声が響き、皆が朝食を口にし始める。
その朝食を取る者達の中で、一番表情を輝かせていたのはやはりクロエである。
一番年下ながら、食事は既に兄姉と引けを取らない量を用意してもらっている。
朝食のメニューはパンとスープ、サラダにフルーツ、そしてこの世界の獣の一種であるキャオンの塩漬けハム、後は既出の鳥類、グーアの玉子の目玉焼きである。
因みにキャオンは見た目ほぼ天然パーマの豚である。耳が象のように大きく、この耳の外皮を剥いて軟骨状の中身を湯がくと丁度良いツマミになる。酒を嗜む大人達が密かに愛する珍味だ。云わばこの世界のミミガーである。
キャオンの名前の由来は実にシンプルである。鳴き声がキャオンと聞こえるからだそうだ。因みにグーアも同じ由来だ。
そんな話はさておき、目の前に用意された朝食を目を輝かせながら、小さな手で器用にカトラリーを操りながら食していくクロエ。
ジェラルドやオーウェン、騎士や側仕え達も僅か1才であるクロエの食事マナーを驚きの表情で見つめる。
お皿に盛り付けられた食事をお皿周りに散らすこと無く、品良くカトラリーを使って一口大にし上品に口に運ぶ彼女は、とても幼女には思えない。
又口に運んでからも、嬉しそうに咀嚼し味わい、一口食べ切る事にハァ~と満足げに息を吐く。その様子を見ていると、彼女が本当に食事を心から堪能しているのが良くわかるのだ。
何度見ても小さな彼女の完璧な食事マナーに、オーウェンは
「クロエは食事の作法がとても美しいね。やはりご両親からのお教えなのかな?」
と横のライリーに質問をする。彼がクロエ本人に直接質問をぶつけなかったのは、単に彼女の余りに楽しそうな食事を邪魔したく無かったからに他ならない。
そしてライリーからの助言も頭にあったからだ。
ライリーは小さく首を横に振り
「いえ……クロエは最初から作法が完璧でした。両親も僕達も何も教えてないんです。
僕自身、両親から食事の作法を厳しく仕付けられたことが無いんですが、ある程度の年齢まではやはり上手く食べれずに辺りを汚していたと思います。
ですがクロエは全くそれが無いんですよ。最初から“出来て”いたんです。
正直僕達はクロエの器用さを見慣れているので驚いたりしませんが、やはり普通は驚きますよね……」
と小声で返答した。
オーウェンは小さく頷き
「本当にあの子は出来ないことが無いのかな?何だか僕も感覚が麻痺して来たよ。
クロエについては驚きばかりで、食事作法が完璧なのもあの子なら当たり前の様に思えてくる。
次にあの子から何が飛び出すか、殆ど楽しみになってきたし」
と呟いた。
ライリーもその言葉に小さく頷いて同意する。
「わかります。僕はずっとそうなんですよ。でも僕があの子に驚かないのは徐々に“慣らされて”来たせいでもあるんです。
だから僅か2・3日で、既にそんなあの子をすんなり受け入れておられるオーウェン様はやはり流石……と素直に思いますよ」
オーウェンはそんな賛辞を受け、クスッと笑い
「素直に誉め言葉と受け取っておくよ。
だけどさっきのあの子の食のこだわりについては、流石に驚いてしまったけどね。
あのこだわりも始めからなのかい?こだわりと言うか、執着と言うか……。
あの子の話に思わず、成る程確かにご馳走1食分の挽回は僕には無理だと強く納得してしまったよ。
兄弟間で食事の奪い合いとか、そういったことはシェルビー家の場合有り得ないだろ?
だから余計にあの子のこだわりが何故形成されたのか、気になったんだ」
とパンを上品に千切りながらオーウェンが疑問を口にする。
ライリーも苦笑しつつ、パンにバターを塗りながら
「う~ん……それも最初から、かな。クロエは未だ満足に歯が生えていない時から、涎を溢して僕達の食事をいつも羨ましげに見つめていましたからね。何か目の前で食べるのが申し訳無く思える程、食べたそうにしていたんですよ。
そのうち歯が生え始めて、少し軟らかい食事を初めて食べさせて貰った時のクロエの表情は……忘れられません。
待ってましたーっ!とでもあの子が叫ぶんじゃないかと思える位、感動した表情をしていたんです。殆ど涙目でしたし。
あぁよっぽと食べたかったんだなぁ、って本当にクロエの心情がしみじみ理解出来たんですよね……」
と溜め息を吐きながら答える。
オーウェンは目を丸くして
「そんなに?じゃあアレはあの子生来のこだわりなんだね。
あんなにしっかりしているのに、何とも落差が激しいと言うか、何と言うか……面白いの一言に尽きるね、ホントに」
とホーッと頷いた。
ライリーも眉を寄せながら
「はい、不思議でしょ?ホントにクロエは天才だと思うんですが、あの妙なこだわりが何とも親しみやすさを感じさせてくれると言うか……あの見た目に反して残念と言うか……。
お陰で楽しいですけどね?」
と達観した笑みを浮かべた。
そして2人して目を合わせると、プッと吹き出した。
そんな兄2人の会話に全く気付く事無く、目の前の朝食を心底嬉しそうに美しい所作で食しながら、可愛らしく満足げに笑うクロエを周りの家族や老教師、客人達が微笑ましそうに見守っていたのだった。
次話もなるべく早く投稿します。