111. 兄の治療
遅れてしまいました。申し訳ありません。
女の子部屋に入ったオーウェンは、向かって左側のベッドで横臥位で横たわるクロエに近寄る。
「意識はしっかりしておるが、テオが言っておる様に何か心的に酷い衝撃を受けたのに違い無いと思う。
震えと体の強張りは少し治まったが、魔力の抑制が効かぬ。本人も落ち着こうと努めて居るが、目を瞑るのが恐ろしいらしい。
今はコレットが宥めておる。魔力の乱れが落ち着けば、取り敢えずは安心なんじゃが……」
共に側に近寄ったディルクがオーウェンに容態を説明する。
ディルクの説明を聞きながら、横たわるクロエに付き添うコレットに場所を譲って貰いクロエの顔を覗き込むオーウェン。
「オーウェン……お、兄ちゃん……?」
まだ震えが残っているせいで言葉が途切れ勝ちになるクロエに、オーウェンは優しく頷く。
「時にオーウェン。お主は今どこまで魔力操作が可能じゃ?自身の魔力発動と操作、遮断は既に可能なのは聞いておるが、他の者の魔力に同調、誘導迄可能なのか?自身の微細な魔力量の抑制と調整が必須で有るし、加えて同調後の対象者の体内魔力の視認と診断能力が必要。全て可能か?」
ディルクが淡々とオーウェンに質問をする。
オーウェンはクロエの顔から目を離さぬまま
「……全て問題なく出来ます。後僕側に吸収も可能です。他者の魔力鎮静及び治療“魔導”、共に行使許可を受けています。……ご心配には及びません」
とディルクに答えた。
その返答にディルクは眉を上げ、コレットは口元に手を当て
「もうその年で?!……先生、オーウェン様は天才ですね。非常にご利発だとお聞きしてはおりましたが、まさかそこまでとは……」
と驚きを隠せない。
ディルクも頷き
「まこと、あ奴の孫とは思えぬわ。しかしよく下許されたな?年は全く足りとらんのに。……アレのせいか?」
と低い声で聞く。
オーウェンも小さく頷き
「はい。ですから逆手に取りました。案の定、直ぐに王城と近衛、王都両騎士団の担当魔術士がやって来て合同で審査されましたがね。あちらも情報が欲しくてしょうがなかったでしょうから、満足げでしたよ。
……腹立たしいですが、僕の“譲れないもの”の為には我慢位しますよ」
と平然とした声で答える。
「そうか。では何も言うことはないな。
しかし実際に鎮静魔導を行うは初めてであろう。……何かあれば直ぐに替わる故、申せ。解ったの?」
とディルクがオーウェンに話す。
オーウェンは軽く頷き、了承の意を伝え
「じゃあクロエ。今から僕が君の魔力の流れを視るからね。視るためには僕の魔力を君に流す必要があるんだ。その時少し嫌な感じがするかもしれない。
でもね、実は君の魔力と僕の魔力は同じ種類なんだ。だから嫌な感じがしたとしても、ほんの最初だけだからね。
後は僕が君の魔力を誘導するから、君は只そのまま出来るだけ楽にしていて?良いかな?」
とクロエに優しく語りかける。
クロエは目を見開き
「オーウェン、お兄……ちゃん、無理……しなくて、良いよ。……何か、大変な事、なんで、しょ?
迷惑……掛けたく、無いよ」
とオーウェンに遠慮する。
「何言ってるの。迷惑なんて思う訳無いだろ。
……君は“妹”になってくれたんでしょ?兄が妹を助けるのは当たり前じゃないか。そうでしょ?
僕は甘えて欲しいな。良いかい?」
と軽い調子で微笑みながらクロエを諭す。
クロエはディルクをチラリと見た。ディルクも瞬きで(是)と答える。
クロエは一瞬考えた後、オーウェンに
「甘え、て良い、のなら……助けて……お、兄ちゃん……」
と小さな声で言った。
オーウェンはにっこり微笑み
「任せて。じゃあ……始めるからね。目を瞑るのがイヤなら僕を見ていて?」
と話し、クロエの手を両手で包み込む。
「……うん」
クロエは軽く頷き、ぼんやりとオーウェンを見つめる。
オーウェンは目を閉じ、集中し始めた。
……仄かに彼の手が光り出す。
クロエは光り出した“兄”の手をぼんやりと見つめる。
すると握られた手が少し温かく感じ出した。
「あっ……たか、い……?」
クロエは思わず呟く。
温かく感じた手から、何か体の中に流れてくるものを微かに感じる。
「こ、れ……こわ…くない……安心、する……」
クロエはホゥ……と息を吐く。
「……ん、クロエの魔力は違和感を感じないから、僕も楽だな……。さて、と……少し視るよ?」
そう伝えるとオーウェンは口元を引き締める。
クロエもその言葉に思わず身構えたが
「ふ……何か、くすぐっ……たいな……」
と強張っていた頬が少し緩んで、小さく微笑む。
「そう?僕も全く抵抗を感じないな……。これ程楽だと助かるよ。
うん、やっぱり何か動揺したんだね……胸で魔力が滞り掛けてるから、乱れていたのか……。
じゃあ同調するよ。完全に溶け込めるかもね……、いくよ?」
一際明るくクロエの手を包んでいるオーウェンの両手が光り、彼はその一方の手をクロエの手から胸に位置を変えてそっと置く。
手と胸のところに置いたオーウェンの手にポッと点った光が、やがて彼女の体に溶け込む。
「ん、問題ないね。楽だな、ホントに。審査より体に負担が無いよ。
さぁ、整えるよ。少しでも苦しいと思ったら、言ってね?」
オーウェンの言葉に今度は安心したように小さく頷くクロエ。
手から胸に小さな細い光の線が走り出す。
クロエはフフッと笑い声を上げ
「……お兄ちゃん、何か体から痛いのが逃げてく……。こそばゆいな、ウフフ……」
と、更にリラックスした表情を浮かべた。
オーウェンもクスクス笑い
「ホントだね。僕も何だかこそばゆくなるな。同じ種類の魔力だと、こんなに違和感無いんだな……。
お互い身構えて損したね、クロエ。これじゃ軽いマッサージをしているのと一緒だよ。負担がお互い殆ど無いのが解るし。
……ああ、リラックス出来たからかな?もう君の中の魔力の乱れは無くなったみたいだ。……早いな。
じゃあ最後にもう一度視てみるね。
……うん、もう大丈夫だな。じゃあ君に流した僕の魔力を抜くよ?
……よし!手を離すね」
と言うが早いか、クロエの手と胸に置いていた手をスッと退く。
クロエはフゥ……と小さな息を吐くと
「……!え、震え止まった。体の中のビリビリチクチクが全然感じ無くなった?!
体、軽い~!スゴーいっ!」
と言うなり飛び起きた。
「ああ、慌てちゃ駄目だよ。ホントにお転婆だなぁクロエは。
でも大した乱れで無くて良かった。だから体力も余り削られなかったんだよ。
……さて、僕は少し休ませてもらうね。初めてだったから緊張しちゃって眠くなってきた。又後から会おうね、クロエ」
とゆっくり話すと立ち上り、ディルクを見た。
ディルクが頷き
「テオ、すまんがオーウェンを寝室まで連れていってくれないか。比較的体調に問題は無さそうだが、疲労はある筈だ。況して未だ子供だしの。
……だがオーウェン、此度は助かった。感謝するぞ」
とオーウェンを労う。
オーウェンは首を小さく横に振り
「感謝なんてしないでください。当たり前の事をしただけです。
寧ろ他の誰かに任せるなんて許せない、これは僕が望んでいた事なんですから。
ではクロエをお願いします」
と言うと入ってきたテオに付き添われて女の子部屋を退出していった。
女の子部屋を出てドアを閉めた途端、オーウェンがふらついた。
すかさずテオが横から支える。
「……ご立派でした、オーウェン様。申し訳ありませんがお抱きさせていただきます。
とても歩いて移動なんて無理な筈。寧ろドアの外まで気丈にされていた事に感嘆致しますよ。
……ゆっくりお休みください」
テオがそっとオーウェンに囁く。
オーウェンは苦笑いしながら
「ハハ、やはり痩せ我慢はバレるな。クロエ以外は皆判って当然だしね。
……この体たらくも、あの子さえ気付かなければ構わないさ。甘えてすまないが、僕を運んでもらえるか……」
と言い終わると、テオにグッタリ寄りかかる。
「流石は大領地インフィオラーレ次期領主であらせられますね。本当にお疲れ様でした。
さ、参りましょう……」
テオは丁重にオーウェンを抱き上げると、昨日からオーウェンが使っている客用寝室に彼を運んでいった。
「先生、オーウェンお兄ちゃんは大丈夫なんですか?
前の暴走の時は母さんが寝込んだって聞いてますし。
アタシ、オーウェンお兄ちゃんにすごく無理させてしまったんじゃないんですか?!」
とオーウェンが退出するなりディルクに噛み付く。
ディルクは頷いて
「体内魔力誘導術は微細な魔力調整と操作が必要なのでな。本来はオーウェンの様な子供が出来る事では無い。
だが既に術行使の下許を凡そ全ての機関からもぎ取っておる様じゃ。……恐るべき子供じゃよ。だがゆっくり休めば明日には回復する故、安心するが良い。
さて、クロエ。そういうお主も実は疲れておるじゃろう?今更気を使って無理をするな。心配なら既に掛けた後じゃろ。開き直って暫く寝ておれ。
ああ、起きたら話を聞かせてくれるか?」
とディルクが言うとコレットも
「そうですとも!飛び起きたりしちゃ駄目よ!夕飯まで寝てなさい。無理をして又オーウェン様や家族を心配させたい訳じゃないでしょ?」
と釘を指した。
クロエは慌てて布団の下に潜り込んで
「ご、ごめんなさい。休みます!
あの先生、後からジェラルド様と父さんにも聞きたい事があるんです。もちろん先生にも。良いですか?」
布団から顔だけ出してクロエはディルクに尋ねた。
ディルクは頷くと
「解った。お主が起きたら話をしよう。あ奴等には儂から言っておく。ではな」
と言うと部屋を出ていった。
コレットはクロエの頭を撫でると
「……心配したのよ、ホントに。オーウェン様が居てくださって助かったわ。後から私ともう一度お礼を言いましょうね?
さあ、暫く居てあげるから眠りなさい。そうだ、目は閉じられる?未だ怖いかしら?」
と目を閉じるのを怖がっていたことを思い出して、尋ねる。
「ううん、オーウェンお兄ちゃんの“治療”受けたら何か平気になっちゃった。不思議、あんなに怖かったのに。
じゃあご飯には起こしてね?絶対だよ?」
そう言いながら目を閉じるクロエ。
コレットがクスクス笑いながら
「もう大丈夫ね……貴女からご飯の言葉を聞いたら安心出来るわ。いつも通りね。
ちゃんと起こしてあげますから、しっかり休みなさい」
と呟き、娘の手を握ったのだった。
明後日を目処に更新予定です、なんとか頑張ります。