110. 兄の出番
お読みくださりありがとうございます。主人公、ホントにお騒がせちゃんです。周りは大変です。
「そんなっ!酷い……酷すぎる!」
巫女だと言う女性の、余りに惨い死に様を目の当たりにしたクロエは、そう叫ぶと両手で顔を覆った。
「どうして!どうしてこんな事にっ!
……出産したばかりだって言ってた。なら、赤ちゃんも旦那さんも居るんでしょ!
お母さんが死んじゃ駄目だよっ!大事な人を置いてっちゃ……っ」
後は言葉にならない。
名も知らぬ女性の哀れな亡骸を前に、クロエは泣きじゃくる。
「巫女って何なの?!こんな酷い役目を負わされるなら、放棄しちゃえば良かったのにっ!
赤ちゃん生まれたばかりで、お母さんが死んじゃったら……っ!
何でアタシ止められなかったのっ!!」
腹立ちと悲しみと苛立ちが混ざりあった激しい感情をもて余したクロエは、顔を覆ったまま泣き続ける。
『……ナゼ……モドッタ……愛シ子ヨ……』
「っ!……誰っ?!」
何かの声に気付いたクロエは、泣き濡れた顔を上げ周りを見回す。
「何……何の声なの?確かに聞こえたのに」
眉を潜めて辺りを窺い見るクロエ。
『……マタ……マタ愛シ子ヲマモレナカ……タ……』
「愛し子……この人の事?守れぬって、この声まさか……」
クロエはその声の主が何なのか思い付いた。
『……カナシイ……カナシイ……』
「まさかこの声は、この地の……“始まりの地”の声なの?!」
クロエがそう呟くと急に辺りの景色がぼやけだした。
「え?何、又何か起きるの?!止めて、もうイヤ!こんな悲劇、見せないで……」
クロエの言葉が辺りの景色と共に消えていく。
……そうしてクロエは意識を手放した。
「クロエ……クロエッ!」
自分を呼ぶ声にハッと目を覚ます。
「もうすぐ帰……どうしたの?気分悪いの?真っ青よ」
とクロエを優しく揺り動かして起こしてくれたミラベルが、彼女を覗き込みながら心配する。
「あ……ミラベルお姉ちゃん。……やっぱり今のは夢だったのね。でもあの人は……」
クロエはミラベルの問いに応えず、呆然と呟く。
昼寝から目覚めた妹の様子がおかしいことに気付いたミラベルは
「クロエ、ねぇ大丈夫?……っ!この子、体が震えてる!熱は?!」
と慌ててクロエの額に手を当てる。
「……熱は無い、てか冷たいっ!やだ、氷みたいじゃないの!
ここはこんなに暖かいのに!」
ミラベルの慌てように、周りで話をしていたオーウェンやライリー達も異常に気が付いた。
「どうしたんだ?何をそんなに騒いで……クロエ?唇の色が無いじゃないかっ!いけない、とにかく早く温めるんだ!」
オーウェンはクロエの顔を見て表情を強張らせる。
ライリーは直ぐ様大人達の元に走る。
テオが自らの上着を脱ぎ
「これで保温を!急いで帰られた方が良い。
……何か心に酷い衝撃を受けた時になる急性症状の様に思われます。
体が硬直し、呼吸が浅くなっておられる。体温も低い。お小さいクロエ殿では体力が心配です。
私がお連れしますので、皆様も早く準備を!」
ミラベルとオーウェンがコリンを連れ、テオが優しくクロエを上着で包み込んだ後、彼女をそっと抱き上げた。
クロエは為すがままで、カタカタ体を震わせている。
「クロエ殿、暫く我慢してください。……走りますよ」
荷車の方に素早くテオが走る。
既にライリーによって待ち構えていた大人達が、テオの腕の中で顔面蒼白で震えるクロエに近寄る。
「クロエ?何て顔色なの……一体何があったのですか?」
コレットがクロエを抱き抱えたテオに聞く。
「私も分かりません。クロエ殿は暖かい日向で気持ち良さそうにお昼寝をなさっていて……、その間特段変わったことは無かったのです。
ですがミラベル殿がお起こしになられた時は、もうこの状態でしたので……」
コレットがクロエに触れて目を瞑る。
「っ!家に戻りましょう。体内の魔力の流れが酷く荒れている。……この子のこんな動揺は“あの時”以来だわ!
先生、今から私は直ぐに家に戻ります。一緒にお越しくださいませ!ガルシア、直ぐに森にお伺いを!」
コレットがテキパキと指示を出す。
ガルシアが頷き、暫し目を伏せる。
「……よし、大丈夫だ。コレット、先生をお連れして直ぐに戻れ!
ジェラルド様、視察は一時中断です。申し訳ありません。
ライリーは、我等より先にテオ様を家に案内しろ!……許しが出ている。
テオ様、すみませんがクロエを頼みます。私は閉めながら戻らなくてはならぬ身なので。
他の方々は私と戻ります。よろしいですね?」
ガルシアがそう話している間に、既にコレットとディルクの姿は消えていた。
ライリーとテオも移動を開始した。
後の者で片付けなどを終え、彼等も直ぐに移動を開始する。
皆クロエの異様な状態を見て、ある懸念を持ってしまったのだ。
コレットが匂わせた“魔力暴走”である。
既にクロエは魔力暴走を一度起こしてしまっている。
その際生死の境をさ迷い、何とか回復出来たのは良かったが、その副作用で急成長まで起きてしまった。
あの小さな体で再び同じ様な事態に陥れば、クロエはどうなるかわからない。
恐らく前回よりも酷い結果を見る事になるだろう。
コリンが顔をひきつらせてミラベルに問う。
「ね、姉ちゃん……クロエは大丈夫だよね?まさか又……」
その言葉に息を呑んだミラベルはコリンを抱き締め
「大丈夫……きっとすぐ落ち着いて笑ってくれる。
前とは違う、あんなことにはならないわ。それにクロエは小さいけど強いのよ。知ってるでしょ?
コリン、だからきっと大丈夫よ」
ミラベルの言葉にコリンも彼女にしがみつきながら
「うん、うん……っ!」
とひたすら頷く。
「大丈夫だよミラベル、コリン。発熱していなければ暴走は起きない筈だ。体が冷たいと言っていただろう?意識も有ったしね。
だけどあんなにぐっすり気持ち良さそうに寝ていたのに、どうして急に……」
オーウェンが慰めるように話し掛ける。
ミラベルとコリンはオーウェンのその言葉に、少し安心したように肩から力を抜いた。
子供たちに振り向いてジェラルドが問う。
「確か昼寝をしとったと言っておったな。とすると何か悪夢を見たのか。うなされたりしておらなんだのか?」
その問いにミラベルが答える。
「全くそんな様子はありませんでした。クロエを一人にするわけにはいかないので、アタシがずっと横に付いていたんです。時折コリンやオーウェン様、お兄ちゃんも様子を見に来てくれて。
皆「気持ち良さそうに寝てるなぁ~」って思わず吹き出しちゃう位、クロエったらよく寝ていたんですよ。なのに目覚めたら急に。いえ、待って……そう言えば!」
と、突然ミラベルは思い出すために伏せていた目をバッとあげる。
「ミラベル姉ちゃん、何か有ったの?!」
コリンが姉の様子を見て、問い掛ける。
「確かあの子、起きたすぐ後に変なこと言ってた。「やっぱり今のは夢だったのね。でもあの人は」って。うん、そう言ってた。間違いない!」
ミラベルの話を聞いたジェラルドとオーウェン、シュナイダーは顔を見合わせた。
「あの人……?悪夢らしきもので動揺したのは間違いないようだが、あの人とは誰を指しているんだ?」
ジェラルドが首をかしげる。
「さて、それはクロエ殿にお聞きしませんと何とも……。
ジェラルド様、森です。守り人殿の指示通りに……」
見るとガルシアが私語を慎むように手で合図している。
その後は皆森の家まで口をつぐんでいた。
森の家に着くと、ミラベルやコリン、オーウェンが慌てて中に入る。
中では廊下でライリーとテオが女の子部屋の前で話をしていた。
近付いてきたミラベル達に気付いたライリーは口元に人差し指を立て、静かにするように指示する。
「……今、中で先生と母さんがクロエを見ている。大丈夫、意識はあるんだ。
だが魔力が乱れていて、中々整わない。余り無茶も出来ないから……」
するとオーウェンが進み出て
「……僕が視てみよう。結界は張られていないのか?
ならば先生に伺おう」
とドアの前に立ってノックする。
「何じゃ今……、ああオーウェンか。どうしたんじゃ?」
とドアを開けてディルクが顔を出す。
「先生、僕にクロエを視せてくださいませんか?魔力の流れを整えるなら、クロエの場合は僕が適任です。
……お願いします」
オーウェンがそう話すと
「っ!そうか!確かにその通りじゃ。中で状況を説明する。早く入りなさい」
とディルクが頷き、オーウェンを部屋に入れる。
そしてライリーに対して
「ライリー、ジェラルドとガルシアに状況の説明を頼む。後、オーウェンが直ぐに休めるよう部屋の準備を側仕えに指示をな。
テオはこの部屋の前で待機せよ。オーウェンを運んでもらわねばならぬかもしれん。
では暫く誰も邪魔をせぬように!」
と手早く指示を行い、ドアを閉ざした。
ライリーは直ぐ様玄関に向かい、ミラベルとコリンは共に頷き客間の準備に走る。
テオはドアに背を向け、立ち番の様に警戒を始めたのだった。
次話は明後日投稿予定です。