108. 守るべき地の夜
お読みくださりありがとうございます。今話後半から少し話の雲行きが変わります。
昼食の後、又子供達はテオに付き添われて野原を探索する。
その子供達から少し離れた場所で、ジェラルドやディルク、シュナイダー、そしてガルシア達が視察調査を続行している。
“守るべき地”は広大だ。実際のところ、管理人兼守り人のガルシアが守れているのは領地境で人が侵入してこれる場所のみ。
防衛は守るべき地とそれを囲む森が自ら張る結界があってこそ出来ているのである。シエル山脈側には実は深い谷があり、容易に侵入出来ない。その谷底は氷河のクレバスのように未踏のままとなっている。
その昔侵入を一部許したことがあったのは、森がある理由で結界に綻びを生じさせた事による。
それでも本来ならば侵入は出来ない筈だった。
だがその時の守り人の家族が敵方に丸め込まれ、敵の侵入を許したのだ。勿論家族にはそんなつもりは全くなかった。
……有り体に言えば騙されたのだ。守り人の娘が将来を誓いあった男が敵国の間者だった。故に守り人も心を許した。
間者の侵入後、森は悪意に気付き直ぐ排除に動いた。しかし“悪意”を内に拡散された。その為に森が一部の結界を歪めさせる事になった。
そしてその歪み、綻びから森を包んでいた“悪意”が更に侵入する。
森の力が弱まり、崩壊の危機が迫った時、“奇跡”が起こり、森やかの地は守られた。
その“奇跡”があったからこそ、今でも限定はされるが人の出入りを森やかの地は許している。
……その“恩恵”を今の守り人であるガルシア、領主一族は受けているのである。
その尊い“守るべき地”を楽しそうに散策する子供達と騎士のテオ。
自分達だけで行ける範囲はライリーが心得ているので、固まってゆっくり移動する。
クロエもミラベルとコリンに手を引かれ、ゆっくりと歩いていたのだが、ついつい浮かれてスキップをし始めた。
コリンが
「クロエ、もしかして踊ってるの?」
とスキップをする妹に尋ねる。
「跳ねてるだけよね~?でも変わった跳ね方よね、確かに」
とミラベルが答えた。
オーウェンがクロエの足運びを見て目を見張る。
「まさか……ダンスも出来るのかい?!確かにステップらしきものを踏んでるよね?」
クロエが笑いながら
「ダンスってなぁに?楽しいから跳ねてるだけだよ~!フフフン♪
だってこんなに空気も景色も綺麗なんだよ?嬉しくなっちゃう~!」
とオーウェン達に笑顔を向ける。
余りに楽しそうな様子に周りも笑顔になる。
しかしクロエの内心は
(スキップにも“変”チェック入るの?!ホントに何にも出来なくなるじゃないかーっ!……気が抜けやしないよ、ウゥ)
と叫んでいた。
コリンもクロエの真似をしてスキップしようと試みるが案外難しいようで、たたらを踏んでしまう。
ミラベルは割合楽にスキップを習得したようだ。
3人手を繋いでスキップを踏む(コリンは未完成)様はとても可愛らしい。
ミラベルが多種多様な花が咲いているエリアを指さし
「お兄ちゃん、あそこは行けるかな?無理?」
と確認する。
ライリーはにっこり笑い
「大丈夫。あの先の丈の高い草の所までなら問題ないから。その先は駄目だよ?父さんが居ないと行けないんだ」
とやんわり釘を指しながら指示する。
ミラベルは大きく頷き
「はぁい!じゃあオーウェン様、テオ様、あそこまで行きませんか?一番色んな花が咲いてますから!」
と提案する。
勿論2人に異論は無い。
すぐにそのエリアに着いた子供達とテオは思い思いに花を愛でる。
クロエは花を愛でながら足を伸ばし、フッと空を見上げる。
(綺麗な空……。スカイブルーだぁ。雲も綿雲。あちらの世界と一緒だね!
……そういえばこの世界の夜空って見た事無いなぁ。アタシ未だ1才だし、夜出掛けたり出来ないもんな。
月もあるのかな?というか、異世界に宇宙ってあるのかしらん?概念が全く違う可能性もあるしね。
仙人様は様々な世界が在るって言ってらしたっけ……。アタシの理解を超える世界の方が多いんだろうな、きっと。
でもこの世界の夜空、もう少し大きくなったら見てみたいなぁ~。
……ふにゃあ、何か眠くなって来た。寝てもいいかな……、ヨイショっと……寝転ぼう)
クロエがゴロリと横になると、ミラベルが近寄り
「疲れたの?大丈夫?」
とクロエを心配する。
クロエは眠そうな声で
「ごめんね、少し眠いの……。後から起こしてね……」
と言いながらコテンと眠り始めた。
……ふとクロエが気付くと、辺りはすっかり真っ暗だった。
「え?しまった寝過ぎた!何で起こしてくれないの、お姉ちゃん!……って、ア、アレ?」
文句を言いながら周りを見ると、ミラベルはおろかクロエ以外誰一人としてその場に居なかった。
慌てて立ちあがり周りをキョロキョロ見ながら
「お、お姉ちゃーんっ?!ラ、ライリーお兄ちゃーん!コリンお兄ちゃーん!……やだ、嘘でしょ?
まさか……アタシがあんまり起きないから放って帰ったなんて……ンな訳有るかっ!
冗談よね、みんな隠れてるだけだよね?
父さーん、母さーん!意地悪しないでよ~!先生ーっ!もう、からかうの無しにして下さーいっ!
な、何で……何で誰も出てきてくれないのよーっ!」
と大声で家族やディルクに呼び掛けながら、辺りを探し回る。
しかしクロエの声に誰一人、応えてくれない。
「……ハァハァ!何で誰も居ないの……、ホントにアタシしか居ないの?
もしかしてアタシったら……捨てられたの?
まさかっ!皆、そんなことしないよっ!きっと訳があるんだ。うん、きっとそうだ。……そうに決まってる。
だから、こういう時はあんまり動かないでじっとしてた方が良いよ。よし、暫く座って待っとこう!アタシ賢い!
……だから早く来て、皆。怖いよ、一人は……」
そう呟くと目覚めた位置まで戻り、ゆっくりと腰を下ろし膝を抱えた。
膝上に顎を乗せ、ハァとため息を吐く。
そうして何気なく自分の座っている周りの草花に目を向ける。
「え……、な、何?どうして?」
クロエは、目を向けた草花の様子がおかしい事に気付いた。
「嘘……枯れてる?こ、この草もこれも、あ、こっちも。……どうして?
ま、待って、落ち着こう。ここは間違いなくさっきまでいた野原だよね?暗くてよくわからないけど、あの黒い影はいつもの山脈の稜線でしょ。で、振り返ってあの背の高い木々の影は“黒き森”……。
うん、やっぱりここは“守るべき地”の筈。じゃあ、なんで草や花が枯れてるの?さっきまであんなに元気よく咲いてたじゃない!
それに、ここだけじゃないわ、良く見たら辺りの草全部……。一体どうなってるの?こんな、こんな事って……」
しゃがみこみ、枯れた草を手に取る。
「……完全に枯れてしまってるわ。それも普通の枯れ方じゃないみたい。
だって何か薬品みたいなもので痛め付けた様にも見えるもの。それに……ほら」
と呟きながら、枯れた葉を指で挟んで捏ねると、灰のように細かい粒子になりやがて地面にハラハラと溢れ落ちた。
「こんな枯れ方見たこと無い。アタシもそう詳しい訳じゃないけど、こんな痛々しい枯れ方……一体どうしたっていうの?
除草剤より酷い毒でも浴びたような……そんな感じがする。
それに……何だろう、凄く空気が痛い?痛いっていうか、苦しい……。さっきまでの綺麗で気持ちいい空気とは違う、全く真逆な。息をするのが辛い……、一体何が起こったの?
み、皆は何処へ行ったの?!」
草を手から離し、周りをキョロキョロ見回すが、やはり誰も居る気配がしない。
座り込んだまま、手を胸に当て静かに息をする。
「……自覚したら息が乱れてしまった。落ち着かないと。下手したら窒息しかねない空気だよ……!
息が出来ない訳じゃない。ただ、圧が凄い。何なの、コレ?!
は、早く誰か来て……!アタシ、耐えられない!」
ギュッと胸元で両手を握り締め、浅く息をしながら辺りの気配を窺う。
「ハァ……ハァ……。誰も居ないの?来てくれ……あ!あれ、あそこに誰か居る?こっちに来る!
よ、良かった、迎えに来てくれたんだ……。良かった~。
スカート穿いてるから母さんかな?もう、怖かったのにっ!何で置いてっちゃうのよーっ!
母さーんっ!何でもっと早く迎えに来てく……れ?
え、違う、母さんじゃ……ない?誰なの、あの女の人は……」
クロエは森の方からゆっくりとこちらに近付いて来る人影を、恐れおののきながらも必死に目を凝らして見つめる。
一人、ゆっくりとふらつきながら近付いて来る人影は、どうやらクロエの知らない人物のようだ。
「だ、誰なの……?フラフラしてるし。よ、酔っ払い?!……違うか。
だけど、何であんなに不安定な動きを……。あっ!倒れた!まずい!
だ、大丈夫ですかーっ!」
ゆっくり近付いて来た人影はフラフラと体を不安定に揺らしながら歩いていたが、とうとう倒れてしまった。
慌ててクロエは立ち上り、倒れた人影の元に走り寄る。
倒れた人影の横に駆け寄り、倒れた人に手を差し伸べると
「え?……何、こんな……!」
なんと、その人の体に触ることが出来なかった。
「どういう事?触れないなんて。まるで雅の魂の時みたいな……って嘘っ?!
アタシ、死んだの?又死んじゃったの?!そんな馬鹿な!」
クロエは自分の手を見ながら、愕然とした。
次話は明後日投稿予定です。