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やりたい事をやる為に  作者: 千月 景葉
第一章 黒き森
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105. 野原の妹

お読みくださりありがとうございます。

一行は“守るべき地”に入り、前回と同じくガルシア達が畑を作っている小川の近くまで進む。

畑の横までやって来て荷車を停めると、牽かせていた馬を畑の一画に繋ぎ止め、水と飼い葉を与えて休ませる。

本来ならばこのように開けた地では放牧してやるのが一番なのだが、その放牧中“守るべき地”内で生物なら必ず出す“落とし物”を撒き散らしてはならないので、畑内に家畜の休ませるスペースを予め作ってあるのだ。

又“落とし物”に関しても、人間のモノと同じ様にガルシアが処分出来るようにしていた。

コレットと側仕えの2人は前回と変わらぬ動きで昼食の準備に取り掛かる。

喜色満面の騎士テオと子供達、そしてオーウェンは小川を先ず見学に行く。

ガルシアはジェラルド、ディルク、騎士のシュナイダーと共に“守るべき地”の報告を見分がてら行っていた。

……その報告に前回とは違う内容が一つ入った。

ガルシアが自分達の畑にジェラルド達を連れてきて、ある果樹数本の報告をし始めた。

ジェラルドとディルクは目を丸くしてその果樹とたわわに実った果実を見つめ、首を横に振る。

ガルシアも首をかしげ、その果樹達から幾つかの果実を収穫した。

ディルクはふと思い付いたように種類の違う各果実をガルシアから一つずつ受け取り、小川でキャアキャアはしゃいでいるクロエを呼んで場を離れた。

「先生、何かありましたか?」

クロエはディルクの元に近寄り、そう尋ねる。

ディルクは先程ガルシアから受け取った数種類の果実をクロエに見せて

「……この果実に見覚えは無いか?実はガルシアがつい最近、森に導かれた場所で見つけた苗を、森の意思により畑に移植して育てた果樹から採れた果実なんじゃ。

……_儂達は皆この果実を見たことは無い。ガルシアもこんな事は初めてだったと言っておる。

いつもはガルシアから森に頼んで、あの畑内で育てても良い種を分けて貰うらしいのう。だが、その種から出来る物で、見たことの無い野菜などは無かったらしいし、森からのこのような指示などは今回が初めてらしいし……。

もしや異世界の知識がある其方なら、この果実に見覚えがあるのではと思うてな……。どうじゃ?」

と尋ねた。

クロエは首をかしげつつもディルクの抱えた果実を見てみた。

「っ!これっ!……な、何でこの果物がここに?!

え、えーっ?!ウソッ!……間違いないわ、でもどうして?」

とクロエが思わず声をあげる。

ディルクは慌てて

「しっ!声が大きいぞ。やはり其方の知っている果実か……。

なるほど、読めたわ。

……しかし本当に其方は不思議な娘じゃの、クロエよ」

とディルクは呆れ半分感嘆半分の溜め息を吐く。

クロエは戸惑いながらある果実をディルクから受け取り

「これは前の世界の果物で“みかん”です。ごく一般的な温州みかん……。それから、この赤いのが“林檎”、そして“バナナ”、これは“巨峰”。そしてこれはアタシのだーい好きな“桃”!最後のこれは“檸檬”です。

でも産地も実が成る時期も全く違う果物なんです。同時期に同じ場所で実が出来る筈なんて無いのに……!

で、でもこの果物達、凄く美味しいんですよ!この“檸檬”だけは酸っぱすぎてこのまま食べるのは厳しいけど、色んな料理に使える万能果物だし……。

これらの果物は、前の世界にあった果物に間違いありません。

……だけどこの世界には無い果物なんですねやっぱり、そっか……」

と感慨深げに“みかん”を撫でて、香りを嗅ぐ。

「懐かしいなぁ……おこたが恋しくなっちゃうじゃない……冬終わった所なのにな、ふふ」

とポツリと呟き、乱暴に目元を擦る。

ディルクがそっと

「前の世界が恋しくなってしもうたか……すまん」

と詫びる。

クロエは首を振り、みかんをディルクに返す。

ディルクはそれを受けとると

「ああ、未だ暫く小川の元に居て良いぞ?……どうした、クロエ?」

と彼女の様子を見て尋ねる。

「ちょっと気持ちが揺れちゃって……。今戻ると変な事を口走りそうです。

暫く先生を隠れ蓑にして、良いですか?

アタシ、野原の方に行ってボーッとしたいです……」

と俯いてディルクに頼み込む。

ディルクは頷くとクロエを畑近くまで連れていき、みかんだけ手元に残し他の果物をガルシアに渡すと、クロエと植物の絵の話し合いをすると告げ、畑から少し離れた野原に彼女を連れていった。

ディルクはクロエにみかんを渡し

「儂は後ろに居るでな。昼食まで暫し、前の世界に思いを馳せるが良い。

ああ、これを持っときなさい」

と話した。

クロエは頷き

「ありがとうございます……。少し落ち着くまで、時間いただきますね……」

とディルクに背を向けて三角座りをしながら、みかんの香りを嗅ぐ。

(やだな……思い出の食べ物って訳じゃないのに、“みかん”は何か気持ちを揺らすよ……。涙腺がヤバい……)

謀らずも“みかん”で、妙に里心スイッチが入ったクロエは暫くそれを見つめ、宣言通り何を考えるでもなくボーッとしていた。



オーウェンや子供達は、ディルクに呼ばれたクロエが気になっていた。クロエがディルクから何かを見せられて驚いた表情をした後、直ぐに自分達の元に戻ってくると思っていたら、何故かディルクに付き添われて野原の方に行き、そこで座り込んでしまった。

ディルクもつかず離れずの位置で佇んだままだ。

「……クロエどうしたんだろ、何で来ないのかな?」

とコリンが心配そうに呟く。

ミラベルも首をかしげながら

「さっきまであんなに小川ではしゃいでたのに……何かあったのかしら?」

とコリンに同調する。

テオが顔をこわばらせながら

「わ、私が大人気(おとなげ)なくはしゃいでいたので、鬱陶しくなってしまわれたのかも……。又ノーブル先生に叱られてしまいますーっ!」

と一人残念な明後日(あさって)の方向に考えが走る。

オーウェンが心配そうに立ち上り、野原のクロエの元に行こうとして、ライリーに止められた。

「ライリー?クロエが心配じゃないのか?」

とオーウェンが訝しげに彼を見る。

「先生が居ます。……確かにクロエに何かあったのかも知れませんが、先生は寧ろクロエを一人にしてあげている様に見受けられます。

今は……このまま先生にお任せしましょう。多分昼食にはいつも通りの彼女の顔を見せてくれますよ、きっと……」

とオーウェンを見つめた。

オーウェンはライリーの目を見て、野原に向かうのをやめ、彼にこう問うた。

「よくクロエを理解しているんだね……。やはり一緒に居る時間が違うな」

と自嘲気味に呟く。

ライリーは首を横に振り

「全然ですよ。クロエの方が寧ろ僕達を良く見ています。……僕達はクロエが居るから纏まってるんですよ。

……僕達の“妹”は、底知れない能力を持っています。でもそんなことより、彼女は誰よりも優しい。……小さいけれど、僕たちの方があの子に見守られている気さえする時がありますよ。

そんなあの子が、僕達が見ているのが解っていてあんな風に離れるんだから、きっと今はそっとしておくのが最良でしょう。

あの子は無駄に心配を掛ける子じゃないから……」

と静かに話す。

オーウェンはまじまじとライリーを見ながら

「……クロエは初めからあんなに優秀だったのかい?正直昨日からクロエを見ていて、とても僕より幼いとは思えない。

確かに姿は小さな妹にしか見えないのに、中身は僕より大人のように思えてならないんだ……。

気遣いも振る舞いも言動も、全てが子供とは思えない。先生の対応を見ていても解る。

……天才、と言うべきなんだろうか?だが、何かが違うんだ、クロエは。

一体何がこんなに引っ掛かるのだろう。

……妹の筈なのに、姉的な感じすらする。

でもこんなに彼女が掴めないのに何故か繋がりは感じるんだ……嬉しいことに。

言葉では上手く言えないけれどね」

と彼から視線を野原の“妹”に移し、照れ臭げに小さな声で話す。

ライリーはそんなオーウェンを見ながら

「そうですか……」

とだけ答えたのだった。



次話は明日か明後日投稿します。

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