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かみさまのおはなし

作者: 弥奈

その当時、僕はとある村で『神様』と呼ばれていた。天候を変えたり、奇跡を起こすような力があったわけではなくて、ただ物理的に大きな力を起こせるだけの人外生物だったのだけど、村人は僕を神と呼び、祠を建て、祀っていた。今から思えば、昔に何かやらかして祠に封じられていたのかもしれない。

僕はその祠で毎日、何をするでもなくぼんやりと過ごし、木々のざわめきや鳥のさえずりを聞いた。面白いことはなかったけれど、平和な日々だった。


ある時、そんな平和な日々に変化が訪れた。村の巫女だという少女がやってきたのだ。巫女というわりに、少女に僕の姿は見えなかった。本当は巫女でも何でもなくて、村人たちにとっては生贄のつもりだったようだ。

少女が言うには、日照りが続いて村は水不足であるらしい。けれど、少女がいくら祈ろうとも僕には雨を降らせる力はない。

何もない場所に祈りを捧げ、笑顔を向ける少女を、僕は愛しいと思った。見えない僕に必死に話しかける姿に応えてみたいと、そう思った。まあ、僕が声を発したところで彼女には何も届かないのだけれど。


それから何日か経って、何人かの村人がやってきた。祈りの言葉を唱えながら僕の目の前に置かれたのは、少女の死体だった。

村人たちは少女を食えと言った。そして力を貸せと。僕には人間を食べる趣味はなかったし、何かを食べて新しい力を得られるなんてこともあるはずがなかった。

僕はただ、愛しい少女を失っただけだった。村人たちは僕のために少女を寄越し、殺したつもりなのだろうか。それで僕が雨を降らせてくれるなんて、根拠もなく信じていたのだろうか。けれど、僕にとっては大切なものを与えられ、身勝手に奪われただけだった。


僕は少女の左手の薬指を食べた。よく知らないけれど、そこがとても大切な場所だと聞いたことがあったから。少女の指はとても不味かった。それでも、僕にはもうそれしか彼女に触れる手段がなかったのだ。

村人たちの方へ向き直ると、少女の指が突然食い千切られたことに恐怖している様が目に入った。『神様』に祈り、人をひとり殺しておきながら、彼らはその存在を心から信じてはいなかったらしい。


そんなに力が欲しいなら、全部あげよう。雨を降らせるなんて僕にはできないけれど、僕の持っている力を全部君たちのために使ってあげる。


僕は目の前の村人たちを切り刻み、吹き飛ばした。持てる力すべてを使い、祠を、村の建物、人々、何もかもを粉々にしてやった。少女のためなんて綺麗な理由じゃない。自分の大切なものを奪った村人たちへの復讐だった。だって僕は、人々に恐れられる身勝手な『神様』だったのだから。

力を使いきって、僕がただの人になる頃、村がただの更地になる頃、雨が降った。今まで日照りが続いた分を取り戻すような大雨だった。


君たちがあと数日我慢していれば、あの子は殺されずに済んだんじゃないか。


そこで初めて涙を流した。自分が悲しんでいることにやっと気付けた。

気が付けば、少女の体もどこかへいってしまっていた。もしかしたら我を失くしている間に僕が切り刻んでしまったのかもしれない。もう少女の存在は、僕の血肉と、それから記憶の中にしか存在しないのだ。


降り続く雨の中、しばらく立ちすくんでいると、ひとりの青年が現れた。青年は僕に傘を差し出した。

「泣いているのかい?」

そうか、力をすべて使いきったから、人の子に僕の姿が見えるのか。

僕は青年を見つめた。その瞳に、はっきりと僕の姿が映る。初めて自分の顔を知った。何もかも失くして途方に暮れる、迷子の顔だった。

「これからサーカス団を作ろうと思ってるんだけど、よかったら君も一緒にどう?」

瓦礫の中で佇む僕に笑いかける、青年はとても変わった人間だった。

「……僕に何ができるだろう」

サーカスなんて華やかで賑やかな場所に、僕の居場所があるとは思えなくて、けれど青年が楽しそうに僕を誘うから、聞いてみたくなった。

「ピエロなんてどうかな?」

「ピエロ?それってお客さんを笑顔にしなきゃいけないんじゃないの?僕には向いてないよ」

今も涙が止まらなくて、たとえこの涙が枯れてしまっても、きっと僕は泣き続けるから、笑顔になんてなれないと、そう思った。

「そうかな?悲しみを知っているからこそ、涙を笑顔に変えることができると、僕は思うのだけど」

青年の言葉はいまいちピンとこなかったけれど、どうせ行くあてもないのだからと、彼に付き合うことにした。

少女はいつも笑っていた。だから僕も笑ってみようと、そんなふうに思った。



「と、僕の過去の話はそんなものかな」

そう言って笑うと、彼は複雑そうな顔をした。

「そんな顔しないでよ。昔の話だよ」

まだ表情の変わらない彼の頭をなでる。呆れたように笑う、その顔が好きだ。

「僕の大切な思い出を、過去にしてくれたのは君だよ」

「……今は、幸せ?」

僕は笑う。そうだ、心からの笑顔を僕にくれたのも、君だったね。

「幸せだよ。エンジュやサーカス団の仲間たちがいて、僕の幸せを願ってくれる君がいて。君の幸せを隣で願って……とても幸せだ」

君とふたり、顔を合わせて笑う。いつかどこかで、あの少女も笑っていてくれればいいと願った。

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