幽霊屋敷に幽霊はいない
遅刻しましたすいません。
俺の、昔話をしよう。
〇
まだ親父の父――――俺から見て祖父が存命だった頃。
小学校に上がる直前の、幼稚園児として迎える最後の三月初め。
もう幼稚園が終わったのだと、一年前に他県へ引っ越していった元近所の幼馴染みと一緒に、俺は夕方遅くまで山に登って遊んでた。
他に遊んでいた友達はもう下山していて、俺と幼馴染みだけが最後まで残ってたんだ。
それで、日も暮れてきた事だしそろそろ家に帰ろうと山道を下っていったら、途中で迷って、気がついたら目の前にボロボロの屋敷があって。
夕立ちかなにか知らないけどよ、雨まで降ってきたから、その不気味な屋敷に幼馴染みと入っていったんだ。
屋敷の中は見た目通りボロボロで、どこもかしこも穴だらけだった。雨漏りだってしていた。
まさに幽霊屋敷って感じで、今思うと不気味で恐ろしくてまぁ怖いんだよな。
けど、その時の俺は本当に自分かと思うほど無邪気なもんで。
屋敷を、幼馴染みと探検しようって言い出して、片っ端から部屋を開けて回ったんだよ。
宝物でもあるんだと思ったんだろうな。俺は。
幼馴染みはさ、小綺麗な黄色のワンピースを来てたんだけどさ。一緒に屋敷の中を探し回るうちに埃とか煤で汚れていって。
でも俺も幼馴染みも、自分の手が汚れようが服を引っ掛けようが気にせず、ひたすら暖炉の中に入ったり、テーブルの下を這い回ったりしてたんだ。
それで、さ。
俺、実はその幼馴染みの事がこっそり好きだったから、手を繋いで浮かれたり、ちょっと肩と肩が触れたぐらいで死ぬほど緊張したりしながら、広い屋敷を探索したんだ。
一階、二階とあちこち部屋を開けて回って、三階について。
三階の端から端まで歩き回って、最後の部屋についた時、何でか鍵がかかってな。
幼馴染みとガチャガチャ弄って、途中から意地になって開けようとしたら、突然鍵が開いてドアが開いて。
中から半端じゃない異臭と、青白い顔をしたオッサンが出てきたよ。
思わず鼻と口を覆うほどの、異臭だった。
まさか人がいるなんてこれっぽっちも思ってなくて、その場で鼻と口を押さえて固まった俺と幼馴染みを見て、死人みたいな顔色をしたオッサンは言った。
「坊主、紙、無いか?」
――――つまり。
俺と幼馴染みが最後に開けようとしてたのはトイレで、トイレの中じゃ腹を下したオッサンが用を足してたわけだ。
異臭もオッサンが出したものでよ。
何でこんな所にオッサンが下痢してんのかと思ったけど、死にそうな顔して腹抱えてるオッサンがなんか可哀想だったから、近くにあったカーテン破ってオッサンに渡したんだよ。
オッサンは「サンキューな坊主」って言ってから、トイレに引っ込んだ。
それからしばらく脱糞する音が聞こえて、俺と幼馴染みは「うわー…………」って顔を見合わせたよ。
そんな調子で三階の探索を終えて、最後に四階全部の部屋を調べ終わって一階に戻ってきたら、下痢してたオッサンがスッキリした顔で立っててさ。
よく見たら坊さんみたいな格好してたオッサンは「家まで送っていってやる」って俺に言ったんだ。
俺は「雨は止んだ?」って言ったら、オッサンは不味いことを聞かれたみたいに、急にバツの悪い顔をして「あー…………雨なぁ…………」って、呟いた後。
「…………止んで、るな?」
突然びたって動きを止めて、真剣な顔で言ったんだよ。
で、早足で玄関まで歩いて行ったオッサンは、俺と幼馴染みが入ってきたドアを勢いよく開けて辺りをを見回して、言った。
「――――雨、止んでるな」
信じられない、っていうような感じでオッサンが呟いたのは覚えている。
「なんでもねぇ」って言ったオッサンははぐれないようにって俺の手を引いて、山道を降りていった。
その時、こんな会話をした。
「なあ坊主。幽霊っていると思うか?」
「ゆうれいなんていないよ!」
「…………そうか」
俺は幽霊なんかにビビったりしない、なんていう子どもながらのアピールなんだったと思うけど、次にオッサンが言った言葉を、俺はずっと覚えてる。
「坊主、言葉には力が宿る。だからそういう風に何でもかんでも否定しちゃいけねぇ。
特に坊主。お前は人一倍退ける力が強いんだからよ、どんだけ馬鹿馬鹿しくてもくだらなくても、感情的に否定しちゃいけねぇ。
お前はいない、だなんて言われたヤツは、居場所が無くなっちまうだろ?」
この時のオッサンの顔が、やけにさ。
悲しそうっていうか、さみしそうっていうか。
俺を心底心配してるのが分かったから、俺は素直に「うん」って頷いた。
それから家の前までオッサンは俺を送ってくれて、「呪いや幽霊関係で何かあったらここに来い」名刺渡されて、別れた。
俺は初めて貰った名刺にちょっと興奮しながら、「明日幼馴染みと何して遊ぼうかな」なんて。
祖父の飼っている猫と和室でゴロゴロしながら計画を立ててたら、やけに神妙な顔した母親が俺を正座させて、言ったんだ。
「昔近所に住んでた○○ちゃん、三日前事故に遭って亡くなったんだって」
最初は嘘だって思った。
だって、ついさっきまで母親の言う○○ちゃん――――幼馴染みと俺は遊んでたんだから。
でも、そう母親に反論しようとして、ふっと俺は気付いたんだ。
そういえば、屋敷の中で幼馴染みと繋いだ手――――冷たかったな。
なんて。
〇
「で、俺はその時貰った名刺の番号に電話してオッサンにその幼馴染みが幽霊だったこと。俺にいわゆる霊退体質っていう、『認識した幽霊とその現象を退ける』やつがついてる事を教えられて、ちょくちょく長期休暇によく分からん修行された挙句に真逆の性質を持つお前を紹介されたってわけだ」
「じゃあそんな軒島に一つ頼みだ。俺についているこの赤い着物の子、祓ってくれ」
「実害無いから断る」
「ふっざけんなよお前!? 目覚めは目覚ましより早く金縛りで起こしてくるわ忘れ物はポルターガイストで届けてくるわ風呂の最中鏡見たら真後ろに立ってるわ夜中トイレに起きたら足音はするわで実害ばっかなんだけと!? 嫌だぞ俺こんなホラー生活!!」
「愛されてるじゃねえか寄戸」
「いやいやいやいや!? 愛されてるかこれ!? 祟り殺されそうで日々恐怖しかねーよ!!」
「いやいや、愛されてんぞ。ホントに」
だって、居るだけで弱小霊なら退けられる様に今気合い入れてんのに、その子じっと耐えるようにお前に引っ付いてるんだからよ。
「…………愛されてるなぁ」
俺はもう二度と、幼馴染みとは逢えないけど。
せめて満足するまで、好きな人の傍にいさせてやりたい。
そう思うのはきっと、幼馴染みと霊感体質の友達に取り憑いたこの子を重ねてるからだろうなぁと思いながら。
少しの間だけ俺は、今は取り壊されたあのオンボロ屋敷で体験した楽しくてちょっとだけ息苦しかった、最後の初恋の日を思い出す。
もうあの屋敷に、幽霊はいない。
〈了〉
〇あどがき〇
原点に帰ってみました。
一番最初に投稿したのは、『正月ノ日』という短編ですが。
締切遅刻して本当にすいません。
なんというか、はい。
長編書くのが楽しくて、はい。
企画もちゃんとしなきゃですよね、はい。
ホント、あの、遅刻してすいませんでした。
それでは今回は謝罪で締め括らせていただきます。
相棒の雪野さん、お疲れ様でした。いつもいつもご迷惑おかけしてすいません。
Twitterフォローしてくれた方々へ。こんな文群ですが今後もよろしくお願いします。
それから今回の駄作へお目通し頂いた全ての方へ。
その、クオリティを期待していたならすいませんでした。
今回の企画短編を読んでくださった全ての方々へ。
ご閲覧ありがとうございました!