お休みなさい、もう一度良い夢を
一月も後半になり、卒業を控えた私達高校三年生は、もうすぐ卒業考査なるものがある。
要するにテストなんだけれど、範囲が狭い分応用問題が増えそうなので面倒なものだ。
残り少ない出席日数を稼ぐためにも、今日は学校に行こうかな、と体を起こす。
割とサボり気味だけれど、そこまでギリギリってわけでもない。
家庭学習期間の出席日数確保の講習に出る必要はないだろう。
最後くらいは真面目にやってやろう、私の素行不良っぷりに悩まされる担任の顔を思い出しながら、ベッドから這い出ようとする。
だが、がっしりと掴まれた腕のせいで、ぼすり、と音を立ててベッドの上に腰を下ろす羽目になった。
「ちょいとお兄さんや。わたしゃ、学校に行きたいのですがねぇ」
今から用意すれば余裕を持って出られるんですよ、と言えば、掛け布団の中から出てきた顔は、寝起きなのに不機嫌そうに歪められていた。
いつもなら、ちょっと怖い、と引いてしまうけれど、今朝ばかりは寝癖がひょこひょこしていて、可愛い以外の感想を持てない。
「はぁ?何で」
「そりゃあ、学生の本分は勉強だからじゃないかな」
「意味分かんねぇよ、この素行不良」
何てこった、寝癖が可愛いだけで、その口から飛び出てくる言葉には、可愛さの欠片もない。
起き抜けからテンション下がるなぁ、口に出さずに眉だけ下げて、跳ねまくっている髪を撫でた。
次に出てきた言葉は、そんなので騙されねぇからな、ブス、だったのでその頭を思い切り引っ張叩いたけれども。
何でこんなに口が悪いのか。
目付きもなかなかに悪いけれど、それに勝るとも劣らない口の悪さだ。
いい加減私も傷付く。
「一緒に行くなら用意しなよ」
実家からでは少し遠い高校に進学して、通学の時間を考えた結果の一人暮らしだった。
その一人暮らしの家に、同じ学校の彼氏が同棲かってくらい頻繁に泊まり込むことになるとは、その時の私には考えられなかったのだが。
人生何があるのか分からないものだ。
「はぁ?だから何言ってんの」
「アンタが何言ってんだ」
「俺寝るんだけど」
「寝れば?!」
「お前と一緒に」
話が噛み合っているようで噛み合っていないというか、平行線な話し合いをしている気分だ。
朝から無駄な体力を使わせないで欲しい。
更に言えば、未だに私の腕を掴んでいる手に力を込めるのを止めて欲しい。
ギリギリと骨が軋む。
ありえない力で彼女の手首を握り締める彼氏って、この世の中にどれくらいいるのだろうか。
ついでに言うと彼女の手首に、何の迷いもなく爪を突き刺す彼氏もどれくらいいるのか。
ワンサイズ大きめのスウェットを着たワガママ野郎で、自己中野郎な彼氏は、気だるそうに上半身をその場に起こす。
じっとりと据わった目でこちらを見てくるから、口元が無意識のうちに引き攣る。
「三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい」
溜息混じりに、面倒だとでも言いたげに吐き出された言葉に、私は疑問符を浮かべた。
ギシッ、ベッドのスプリングが軋んだ。
私はベッドに座り込んだままで、上半身を起こした彼はそのまま私を布団の中へと引きずり込む。
二人分の温もりはまだ残っている布団の中。
このまま出られないと寝てしまう。
なんてったって今の季節は冬。
布団から出れば家の中だろうと多少の冷気に晒されて、正直布団に潜り直したくなるのだ。
「それ、何」
「どれ」
もそもそと布団を掛け直す彼に問い掛ければ、肩眉を軽く上げて首を傾けられた。
さっきの、三千世界がなんたらってやつ、と言えば眠そうな目を向けられる。
「三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい」と一文字一句違うことなく繰り返す。
掛け布団がしっかりと首元まで掛けられる。
ぽんぽん、子供を寝かしつけるように、掛け布団の上から体を叩かれた。
一定のリズムに思考が溶ける。
瞼が重くなる。
「高杉晋作だよ」
あぁ、日本史とかで出てくるよね。
上手く口が回らなくて、そんな言葉すらも吐き出せずに空気中に消える。
彼は目を細めて私を見つめ、ぽんぽん、体を叩く。
「遊女と客の朝の睦言の唄だけどな」
くわぁ、犬歯剥き出しの欠伸をした彼が、何か凄いことを言っていた気がするけれど、睡魔には勝てない。
何で人って、こんなに睡魔に弱いのか。
人間の基本三大欲求だからなのか。
今日も自主休校、サボリ、素行不良に磨きがかかる。
目を閉じて駄目だこりゃ、と一言。
意識が旅立つ寸前、欠伸混じりの彼の声が聞こえたような気がした。
「……何が言いたいって、つまるところ、学校に行くよりも甘ったるく二度寝に勤しもうって話だけどね」