お菓子、です!
「と言う訳で、これから、よろしく頼、いったぁ?!」
「何が“と言う訳”だ?! このバ会長が!!」
涙目でうずくまってしまったお姉様を見たわたしは謎の紙束、ハリセンと言う武器の威力に息を呑んだ。そして、それをお姉様の頭に振り下ろした生徒会書記様、ライアン様の気迫に思わず一歩後ずさってしまった。
「な、何をするのだ、ライアン?!」
「てめぇが説明は自分に任せろとか言って、一言で全部流そうとしてっからだろぉが!!」
「だって面倒ではないか! 私は早くシルビィアを愛でたい!!」
「“だって”もクソもねぇし、んな身勝手すぎる理由で、大事な説明を疎かにするんじゃねぇッ!!」
「身勝手で結構!! 説明など不必要なのだ!!」
「てめぇが不必要でも、説明される方にゃ必要に決まってーー」
「シルビィア、こっちおいで」
お互い一歩も引くことのない争いに、わたしは唖然としながら、どうすればいいのか戸惑う。そこで掛かった声に振り返ると、そこにはわたしい手招きするお兄様が。
「え、えっと、止めなくて良いんですか?」
「大丈夫。ミクリアの自業自得だから。でも、心配してくれてありがとう。
シルビィアはホントに優しいね」
お兄様はわたしの髪を撫で、優しい瞳で見下ろしていた。
わたしはちょっと驚くも、嫌ではないのでそのままにして置く。
ここは、学園の生徒会室。時刻は入学式だけの今日、解散した後のお昼前だ。
どうして、こんなことになっているか、と言われるとそれは入学式開始七分前まで戻ることになる。
「す、凄かった、です……」
「……大丈夫か?」
「な、何とか……」
既に殆どの生徒達が着席してざわついている会場。他の生徒達が少し早足で通っていく入り口で、わたしはハロルド様に下ろして貰った。
少しふらつきそうになるも、彼が支えてくれるのでその間に、平均十分の距離を三分で来たばかりの体を慣らす。
「……悪い」
「いいえ。お陰で、こうして遅刻しなくて済むんです。だから、ありがとう、です、ハロルド様」
しっかりと立ち直しながら、わたしは感謝の意を込めて微笑む。
「……俺は命令に従っただけだ」
「そうですか? うぅん、でも、実際に運んでくれたのも、あの時助けてくれたのも、ハロルド様ですよ。
レイヤ様達にもお礼を言うつもりですから、問題ないです。
あぁでも……本当はちゃんと、お礼すべきなんですけど、わたしに出来るお礼と言えば、手作りのものばっかりで、迷惑になっちゃうかもですから……」
ダメだろうな、と言うのは分かっているが、やはりお世話になったらお礼をする、が普通なので申し訳ない。
「……レイヤはお餅、と言うものが好きだ」
「え? “お餅”って……あの、お米から出来た“お餅”ですか?」
「……その中でも、おはぎが好きだ」
それは驚きである。なにが驚きかと言えば、お餅やあんこを使ったお菓子は、庶民が食べるものとされている。
貴族はケーキやパイなどの、フォークとスプーンを使うものしか食べず、庶民のお菓子など上流に行けば行く程に、他の主食と共に酷い言われ様を受ける。
だからまさか、レイヤ様がおはぎが好きとは思っても見なかった。
それにしても、このタイミングでそれを教えてくれる、と言うことはつまり、わたしのお礼の仕方の参考にしろ、と言うことなのだろう。
「おはぎ、ですか……。教えてくれて、ありがとう、です!
さっそく今日、買ってきますね」
「……あんたが作った方が良い」
「……え?」
王都に宛がある。ついでに、行く約束をしているので、その時に買ってこよう。
そう思って微笑みかけるも、予想外の答えに小首を傾げることになった。
少しの沈黙。その間、無表情にわたしを見下ろし続ける彼はどうやら、さっきの発言を否定するつもりも、詳しく話すつもりもない様だ。
「えっと……じゃあ、作ってきますね。
ハロルド様は何か、お菓子で好きなものはないですか?
あ、その、庶民のものに限られるんですけど、大抵のものは作れるんで」
「……俺は気にしなくて良い」
これは遠回しな拒絶、だろうか。
目も反らされてしまったし、迷惑だった? うぅん、ハロルド様は少し難しい。
沈黙してしまった二人の空気。どうしようかと思った時、ハロルド様の視線が何かに気付いた様に、わたしの背後に向かう。
何かあるのかとわたしが振り返ろうとした時だ。
「きゃッ?!」
「シルビィア!! 会いたかったのだ!!」
抱き付いてきた何者か。だが、デジャブであり、声を聞いて誰なのかは分かった。
「お、お姉様?!」
「もうすぐ始まるのに、まるで姿が見えないから、ずっと心配していたのだ!!
大丈夫か?! レイヤ達に何もされていないか!! 何があろうと、お姉様が守ってやるから、何でも言うのだぞ!!」
予想通り、そこにいたお姉様と向き合えば、答える暇なく紡がれる言葉の嵐。
肩を掴まれ真剣に尋ねられる事態に、流石のわたしも困ってしまう。
「ミクリア、そこまでにしたらどうだい? シルビィアを困らせてるよ」
そこへ現れ、言葉とは裏腹に問答無用で、わたしとお姉様をを引き離したのは、爽やか笑顔のお兄様であった。
「シルビィア、間に合って良かった。庶民枠生は特に、素行に厳しくなるから、次からは気をつけなきゃ駄目かな」
「あ、はい。お兄様、ごめんなさい、です」
「……フフッ、良い子だね、シルビィアは」
お兄様は少し驚いた後、声を弾ませて褒める様に、わたしの髪を撫でた。
「ハロルド、なぜ、こんなにもギリギリなのだ?! 案内係ならば、遅刻をさせるなど論外だろう! 何をやってーー」
「ま、待って下さい、お姉様! わたしが時間を気にしてなかったのが悪いんです!
それに、ハロルド様はここまで運んでくれたんです! だから、ハロルド様やレイヤ様達を責めないで」
慌てて二人の間に入って止めれば、お姉様はグッと言葉に詰める。そして……え?!
「全く! なぜ、そんなに可愛いのだ! 有りか!! こんな可愛すぎる生き物、有りなのか?!」
「お、お姉様?」
「ハロルド、今回は私のシルビィアに免じて、許してやろう! だが、次はないからな! 肝に銘じて置け!!」
ギュウッとわたしを抱き締めたお姉様は、不思議なことを叫んだ後、ハロルド様を見逃してくれた。
その後、わたしにすり寄ろうとした時、わたしは腰部分に手を添えられ、次の瞬間にはお姉様の腕の中から抜き取られていた。
「……ミクリア様のものではない」
「なッ?!」
「ぼくもハロルドに賛成かな。
いくら可愛いからって、シルビィアはお持ち帰りも独占も出来ないからね」
わたしを抱き上げているのは、ハロルド様であった。
本当に軽々と持ち上げてくるから、わたしは唖然とすることしか出来ない。そうこうしていれば、地面に着地だ。
「それはさておき、シルビィアはこのまま、舞台裏に来て貰って構わないかい?」
「え? えっと、勿論、ですけど、何か用ですか?」
「ああ。そうだった。シルビィアには少し、手伝って貰いたいことがあったのだ。
相手が庶民だから、と妙な真似をする輩が出ぬ様に、な」
お姉様は何だか悪い人がする様な笑顔を浮かべていた。何だか背後に黒い何かが見えて、私はいまいち意味が掴めず、小首を傾げることしか出来ない。
「ってことで、シルビィアはこれから、ぼく達の加護下に入るから、ってレイヤ達に言っといて。勿論、反論は聞かないかな」
「……失礼する」
「ああ。遅刻しない様に、ね。って……相変わらず、速過ぎ、かな」
もうどこにもいないハロルド様に、お兄様は感心する様に呟いた。そして振り返る。
「じゃあ、ミクリア、シルビィア、会場に戻ろうか」
わたし達が会場に入ったのは、入学式開始一分前のことであり、舞台裏から確認したところ、レイヤ様達が会場に到着したのは、開始一秒前のことであった。
「会場でも言った様に、シルビィアは今年の新生徒会メンバーに選ばれた、ってことは良いかい?」
あの後、わたしは庶民枠生としてではなく、新生徒会メンバーとして舞台に立たされてしまった。
ここ、カルロス王国王立学園は、三年制の貴族の令息令嬢が、十五歳の成人に備えて学ぶ全寮制の学園である。
なので、外観は隣の王城よりは小さいが、校舎は立派な城になっている。寮は男女別々のお屋敷で、お部屋もわたしからすれば、一人には広すぎて落ち着かないものだ。
お茶やデザート、軽食が楽しめるカフェの他に、寮内と校舎を繋ぐ位置に食堂があり、どちらも貴族御用達の料理人が注文を受けて、その場で作ったものを食べられる。
入学式に使われた会場は、毎月第三日曜日に行われる社交パーティの実践練習の様な晩餐会や、毎年の行事などに使われているらしい。
他にも、王族御用達の庭師が整えている花壇がある広場や、国中の本が集まっていると言われる図書館。貴族としての嗜みとして、馬術や剣術などの訓練場があるらしい。
広すぎて結局、学園生活に必要な場所しか見て回れなかったが、他の場所に関しては口頭で説明して貰った。
その一つがここ、校舎の最上階にある生徒会室だ。
生徒会はこの学園の行事を管理していて、人数は最低三人で最高十人。
身分や出生関係なく、入学の際に新入生を含めた在校生内から、実力者の候補内から会長の指名で選ばれているそうだ。
現在の生徒会はここにいる三人と、入学式の片付けに追われている二人。入学式終了早々に用事と言って帰った四人。そして、新メンバーであるわたしで十人らしい。
お姉様とお兄様は片付けを手伝わなくて良いのかと聞けば、わたしには明日から早速、生徒会メンバーとして来て貰いたい、と言うことで説明の方が大事だそうだ。ライアン様は手早く仕事を済ませ、お姉様とお兄様がしっかり説明しているか見に来たのがついさっきのこと。
わたしにお菓子やお茶を勧めては、世間話をしていた二人は彼によって、あのハリセンではり倒されて、床に座らされてお説教を受けさせられた。
慌てて止めに入って落ち着いたところで、説明を任せろとお姉様が張り切った後に、最初に戻ってくるのである。
お姉様にライアン様がお説教をしている間に、お兄様が説明してくれると言うことで、わたしはお兄様と向かい合って座っていた。
「シルビィアが選ばれた理由、だけど、ぼく達は九人埋まっちゃってて、一人しか指名できなかったんだ。そこへ、天才の中の天才しか受からない、って言う庶民枠を受かった子がいるってことで、勿論、生徒会推薦の資料に上がった。で、君の写真を見たミクリアが、妹分にしたいと騒ぐくらいに一目惚れしちゃった、って感じかな」
最終的な決め手は、実力ではなく、見た目だったらしい。わたしは未だに反省を知らず、怒られ続けているお姉様に、少し困った視線を向けてしまった。
「あ、でも、ぼく達が賛成したのは、君の実家も関係してるかな」
「“実家”? そういえば……ハロルド様にレイヤ様がおはぎが好き、って聞いたんですけど、お兄様も好きなんですか?」
結局、ハロルド様の好きなものを聞きそびれてしまった。
まぁ、またお礼にあった時に、サフィル様方と一緒にもう一度、聞いてみよう。
それはさておき、どうしてその話になるかと言えば、わたしの実家が村長をしている小さな村は、村全体で協力し合って、庶民の中ではとても有名な、庶民お菓子を扱うお菓子屋【シル】なのだ。
因みに、村の名前もシル村である。
「ぼくは苺大福が好きかな」
「そうなんですか。あ、でも、我が家の苺大福の苺は、特に大きいのを厳選してますから、確かにオススメです。とは言え、やっぱりメインは小豆ですよ! 我が家は自家製の無農薬で、とっても甘いんです!
わたしが庶民枠に受かったのを期に、今日から王都で二号店を開くことになってて、良かったら来て下さいね!」
「サービスしてくれるのかな?」
「……今日は開店記念でお安くなってますよ」
爽やか笑顔に微笑みで返すと、お兄様はフフッと笑った。
「じゃあこの後、みんなで行かせて貰おうかな」
「今日なら、わたしも後で手伝いに、って……今、何時ですか?」
「え? もうすぐお昼だけど」
お兄様の答えにわたしはそれはもう、ハッとして席を立った。
「大変! お昼に行くって妹と約束してたんです!
お兄様、ごめんなさい、です! 今日は失礼させて貰いますね!」
「こっちこそ、こんなに長く引き留めちゃってごめんね。
良かったら、送っていくけどーー」
「いえ。そんな迷惑、掛けられないです! それじゃあ、失礼しました!」
お兄様がまた呼び止めた気がしたが、わたしはそれどころではなかった。我が妹は時間に厳しい。そして、かなりのケチだ。
一秒でも遅れたものならば、きっちり百円だ。ただでさえ、慣れない寮暮らし。お金は大切にしたい。
と言う訳で、生徒会室を飛び出して、慌てて【シル】二号店に向かったわたしが、鞄を忘れたことに気付いたのは、待ち合わせ一分前に店に着いた後であった。