諦めない、です!
「もう……どうして教えてくれなかったんですか!」
「す、すまない……。君はそう言うことを、とても気にすると思って……」
不満げに告げると、レイヤ様はとても申し訳なさそうに謝ってくる。
そんな姿に言葉に詰めてしまいながら、わたしは視線をさまよわせる。
「当たり前です。まさか、レイヤ様がこの国の王子だったなんて……」
「お、王子と言っても、第四王子の末っ子で、継承権はないんだ。婚約者もいなくて……だ、だからーー」
「でも、王子様は王子様です。サフィル様達も宰相の公爵様や騎士団長、大商人の侯爵様の子息だなんて、この国の未来を背負うとも言える立場じゃないですか。
わたしったら、そんなことも知らなかった上、周りに凄く注目されてたのにも気付かずに、あんな……」
あの後、わたしは生徒達が登校し始めた学園内を、彼等に案内して貰った。
その間、どこへ行くにも、そこにいる生徒達や教師達に注目されていたのは、何となく気が付いていた。でも、わたしが場違いなのかと、出来るだけ身を縮めながらも、気遣ってくれた彼等のお陰で、楽しく校内見学できていたのだ。
そして、あらかた見回った後、入学式前に休憩しようと言う話になり、学園内のカフェにやってきたのである。
「まぁまぁ、シルビィア! レイヤ達も別に、故意に隠していた訳ではないのだ。反省もしている様だから、嫌いにならないであげて欲しい」
そこで出会ったのが今、目の前にいる女神の様なお姉様、ミクリア様。
深いブルーのふわふわの長髪に、緋色の瞳の美人さんだ。
入り口で唐突に背後から抱き付かれ、
「貴様がシルビィアだな! 美少女と聞いたが、想像以上! 妹に欲しい!!」
と覗き込んできたのだ。
突然の事態に唖然としていれば、サフィル様の呆れた姉さん呼び。レイヤ様方も似た様な反応であった。
そうして、わたしが彼等と一緒に行動している、と言う噂を追ってきたらしい彼女と、席に着いてそんな衝撃事実を聞かされたわたしは困惑した後、絶賛不機嫌中であった。
「分かってます、お姉様。でも……やっぱり、隠されるのは嫌です」
え? どうしてお姉様呼びなのか? ミクリア様のおねだりに負けた。そして、わたしも嫌ではなかったのだ。
「シィちゃん、次はないからさ。許して。お願い!」
「ユーリの反省以上に信じられない者はないから、騙されちゃダメだぞ、シルビィア」
「ミッちゃん、相変わらずサラッと酷い!! そして、どっちの味方?!」
「私はシルビィアの味方だ! 決まっている!」
「姉さん、いつも以上にテンションが可笑しいです……」
隣に駆けて来て、わたしを守る様に抱き締め、自信たっぷりに宣言するお姉様。
そんな姿に、ユーリ様は酷いと打ちのめされ、サフィル様は頭を抱えた様子だった。
「ミクリア、彼女が苦しそうだから、離してあげてくれ!!」
「……首が締まっている」
「えっ?! あ、悪い、シルビィア!!」
あぁ、息が苦しいと思えば、締まっていたのか。良かった。死ぬかと思った。お姉様、凄い腕力だ。
「い、いえ、気にしないで下さいな、お姉様」
「うぅ! やっぱり可愛いッ!! 持って帰っちゃいたいのだ……」
「なッ?! だ、駄目だぞ、ミクリア!!」
惚けた様に囁かれる声。這う様なくすぐったい手付きに、されるがままにされていれば、がたんっと席を立ったのはレイヤ様だ。
「しる……か、彼女は僕ッ、あ、いや、違う!! えっと、物ではないんだッ! そんなッ、いくらミクリアを慕っているとしても、持って帰るなど許されない!!」
「……安心しろ、レイヤ。私はシルビィアの恋を応援する。
シルビィアを真に愛せ、幸せに出来る相手の妻として、シルビィアを送り出す覚悟はある。ただし、幸せに出来なかった場合は、強制的にシルビィアを連れ戻し、相手は一生を掛けて呪うが……」
お姉様の声が本気だ。なぜ、わたしの恋の話になるのかが分からないが、お姉様は本気だ。
レイヤ様もそれを感じ取ったのか、少し、いや、かなり顔色が悪い。呪われる相手を思っているのだろう。本当に優しいお方だ。
感心してしまっていれば突如、カフェの校舎内に通じるドアが勢いよく開かれた。
「失礼するよ! ミクリア、大人しく出てきたらどうだい!!」
綺麗な紫色の髪に翡翠の瞳。その高貴な皇帝を思わせる立ち姿と声に、振り返ったわたしは息を呑んだ。
ん? “ミクリア”って……
「お姉様、呼ばれてますよ?」
「ああ。怒った姿もやはり、格好良いな」
「えっと……お知り合い、ですか?」
「恋人だ。婚約者でもある。第三王子でレイヤの兄でもあるのだ」
そんなあっさりとした説明に、すぐには意味を理解できなかった。
だが、そんな間に彼はこちらに気付いたらしく、もの凄い雰囲気で歩み寄ってくる。まるで、ブリザードを背負う勢いだ。
「シルビィアさんはこちらへ」
「止めろ、サフィル! シルビィアは私の最後の砦だ!!」
「妹分を楯にしないで、大人しくやられて来なさい。
実は最高のご褒美でしょうし、仕事を抜け出していらしている、姉さんが悪いんでしょう」
「何だと?! あれがご褒美な訳がなかろう! こんな人前、しかも、可愛いシルビィアの前で、あんな屈辱的なこと、絶対にお断りだ!!
そしてお姉様はな、あのライアンと言う鬼門を通ってまで、入学式を前に緊張しているであろう、可愛い弟分達の緊張を解しにやってきたのだぞ!! ……シルビィアに会うついでだが」
お姉様、わたしは嬉しいけれど、わたしよりもレイヤ様方の緊張を解く法を優先してくれ。
そして、ブリザードがもう目の前に迫っているぞ。
「やぁ、みんな。揃いも揃って何をしているんだい? と言いたい所だけど、まずは今さら、逃げようとしてる馬鹿のお相手をしようかな」
背後はブリザード。表情は目が笑っていない爽やかさ満点の笑顔。そして、わたしをサフィル様より回収された為に、外へ繋がるドアへと向かおうとしたお姉様は、どう言う技か、一瞬で移動した彼に肩を叩かれたことで停止した。
「でゅ、デューク、遅かったな! 先にシルビィアに挨拶したのだ! デュークもして来たらどうだ?!」
「ああ。後でさせて貰うよ。でも、その前にミクリア? ぼくに言うことはないかな?」
近い。お姉様とレイヤ様のお兄様の距離がかなり近い。
壁に追い詰められたお姉様の手を逃がさない為にか、壁に縫いつけて息が掛かる程に近距離で向き合う二人。そして、
「……怒っている所も愛おしいぞ、我が最愛の妻よ!」
凄く焦りながらも、自信たっぷりの笑顔で告げるお姉様は勇者であった。
それにしても、夫ではなくて妻なのだな。
「ぼくも脅えて焦る君が愛しいよ、最愛の人。……でもね」
「……で、“でも”?」
「それと、仕事をぼくに押し付けて逃げた件は、全く話が違うんだ。ってことで、覚悟は良いかな、ミクリア?」
「えっ?! あ、い、いや、ご、ごめんなさい! だから、待っ、ムグゥッ?!」
「少しばかり、失礼させて頂きますね、シルビィアさん。ハロルド、手伝って下さいませ」
「……了解」
お姉様が口を塞がれる様な、謎の悲鳴を上げたのと同時に、なぜかわたしの目と耳が塞がれてしまった。
「え、えっと……」
真っ暗な視界と無音の空間。突然の事態に首を傾げながらも、何か意味があるのだろうと数分間、その状態でいれば、それは唐突に終わりを告げた。
そして、視界に真っ先に見えた姿に、わたしは少し慌てる。
「お、お姉様?!」
「ああ、ご心配なく、シルビィアさん。一時的に眠っていらっしゃるだけなので」
さっきと同じ場所にいた二人。だが、お姉様の様子が明らかに可笑しい。
レイヤ様のお兄様に倒れ掛かる様に抱き締められていて、その表情は見えないが気を失っている。
慌てて立ち上がろうとすれば、サフィル様に止められてしまう。そこで気付くが、何となく室内の空気がぎこちない。
レイヤ様と同様に顔を真っ赤にして目を背けている者もいれば、感心する様に眺めるユーリ様の様な者もいる。と思えば、ハロルド様と一緒で気にせず、日常動作をしている者もいた。
あの数分の中に何があったのだろうか? とりあえず、お姉様は怪我がない様で良かった。
と安堵の息を零していれば、お姉様を抱き上げて振り返ったレイヤ様のお兄様と目が合った。
「君がシルビィア、だね」
「は、はい。えっと、初めまして」
「初めまして。ぼくはレイヤの兄のデューク、だよ。
今の、ずっと見てたのかな?」
「……“今の”?」
小首を傾げていれば、サフィル様が割り込んできた。
「見せていませんよ。姉さんへの、せめてもの餞別、と言う所でしょうか」
「成る程。確かにさすがのミクリアも、絶対に妹分にするって騒いでた相手に、あんな姿は見られたくないだろうね」
爽やかな笑顔を浮かべた彼は、さっきのブリザードや怒りはどこへやら……。とても優しい瞳をして、わたしを見下ろしていた。
「そう思うなら、こんなことは止めてくれ。見ている方が恥ずかしい」
「思うからこそ、だよ。ぼくがミクリアに圧勝できるの、これくらいだからね。
それとレイヤも少しは、こう言うことに耐性を付けて置かなきゃ、本番で凄く恥ずかしい思いをするよ。
少なくとも、女の子をリードするくらいにはならないとね」
「そうそう! レイヤは初過ぎるのさ。もう十二歳なんだから、そんなに恥ずかしがらずに、もっと積極的にーー」
「う、うるさい! ここはカフェで、そんな話をする場じゃない!! お兄様はミクリアを連れて、さっさと生徒会の仕事に戻れ!!」
その会話達に頭に?マークを飛ばしまくっていれば、真っ赤になったレイヤ様の怒鳴り声に、わたしもビックリ。
「はいはい。相変わらずなんだから……。
さて、冗談は抜きにしてそろそろ、ライアン達の雷が落ちるだろうから、失礼させて貰うとするかな。入学式って忙しいから。
あ、そうだ、シルビィア。ぼくのことは、ミクリアと同じ様に、兄の様に呼んでくれて良いからね。
それじゃあ、みんな、入学式でまた」
それを可笑しそうに見た後、デューク様は爽やかな雰囲気のまま、一方的に告げてお姉様と共に、カフェを去っていってしまった。
すると、どこからともなく、安堵の息が聞こえて来た後、カフェ内は平穏を取り戻す。えっと……
「お姉様と同じ様に、ですか……。お兄様と呼んだらいいんですかね?」
「わざわざ、ご要望にお応えする義務はありませんが、シルビィアさんがそれでよろしいならば、そうなさればよろしいかと」
「じゃあ、そうします。レイヤ様のお兄様で、お姉様の恋人ですもん。十分に信頼に当たる人です」
「シィちゃんが出会って、お互い名乗り合ったばかりの関係の相手でも、信頼して付いて行きそうな姿が目に浮かぶよ」
「……だ、駄目だぞ!! 世の中、良い人ばかりではないんだから!!」
心外である。わたしだって、そんな名乗り合ったばかりの、良く知らない相手には付いて行かないぞ。
付いて行くかはその人も目を見て、ちゃんと信頼できるか確認してからだ。
「大丈夫ですもん!
わたし、喧嘩しても仲直りするまで、絶対に諦めない自信があるんで!」
なので堂々と宣言すれば、彼等はなぜだかぽかんとした。その後、
「……想像以上のお人好しだ」
「どこから沸いてくるのでしょうか、その自信は」
「とりあえず、セレちゃんから目を離すのは、危険すぎるってことで間違いないみたいだね」
今度は神妙な顔付きで、意味が理解できそうにない会話をされた。
「だ、大丈夫だ!」
その意味を問おうとした時、唐突に席を立ったレイヤ様は、わたしを真っ直ぐに見つめていた。
「君のことは何があっても、僕が……僕達が守るから! だから、安心して何でも頼ってくれ!! 遠慮は要らないから!!」
静まり返ったカフェ内に木霊す声。真っ赤になったレイヤ様。サフィル様方と言えば、どこか気に食わなかった様で、深く溜め息を零している。そして、注目している周囲は三者三様ながら、誰もが見守ってくれている様だった。
「もう……レイヤ様も皆さんも、心配し過ぎですよ。
でも、ありがとう、です! お言葉に甘えて、困った時は頼らせて貰いますね!」
少し恥ずかしくなった後、そう微笑み掛けると、レイヤ様はホッとした様に微笑んでくれた。
「うん! 何でも頼んでくれ!!」
精一杯に伝えて来るそんな言葉達に、わたしはさらに嬉しくなる。
「そこまで言えるなら、なんで俺らを巻き込むのさ……」
「名前も呼べずにいらっしゃる現状、あれが精一杯なんでしょう。
姉さん達もどう言う訳か、シルビィアさんを気に入っていらっしゃる様ですし、また妙なことを言い出さなければよろしいんですが」
「……これから大変そうだ」
「えっと……何をそんなに落ち込んでるのか、分かんないんですけど」
何やら気が滅入った様子のお三方。
事情が分からない為、あまり口を出すべきではないと思うが、放って置けずにわたしは声を掛けた。
「きっと、大丈夫ですよ! どんなことも、諦めずに頑張れば、絶対に大丈夫!!」
思いっ切り微笑みかけると、彼等は一度ぽかんとした後……え?!
「わ、わたし、何か変なこと、言いました?!」
なぜか笑った三人に、わたしはオロオロと困ってしまう。
「いいえ。シルビィアさんが仰っていらっしゃることは、間違っていませんよ。
沈む暇があるならば、問題回避と対処の準備をして置く方が、後にも先にも無駄になりませんからね」
「……あんたの笑顔は周りを笑顔にさせる」
「そうそう。何だか癒されるって言うか、元気にさせてくれるんだよ」
返ってきた言葉達にホッとして、と同時にそう言って貰えたことが嬉しくて、わたしも笑顔を浮かべた。
「だからさ、また落ち込んだ時はそうやって、励まして欲しいな! 出来れば、二人き、痛ッ?!」
「どさくさに紛れて、何をしようといるんだ、ユーリ?」
「手出すの早過ぎ?! まだちょっと浮かしただけ!! どんだけ敏感なのさ!! そして、俺の扱いだけ、サフィルとハロルドに比べて酷い!!」
そこで、突如として巻き起こった、ユーリ様の手をレイヤ様が叩き、二人が喧嘩する、と言う事態に唖然とする。思えば、校舎案内の間も何度も喧嘩していた。
「レイヤ様とユーリ様って、とっても仲が良いんですね」
友達の作り方に書いてあった、喧嘩をすればする程、仲が良いとはこれのことなのだろう。
「そう、見えていらっしゃるならば、それでよろしいかと……」
「サフィル様にはどう見えるんですか?」
そう思って微笑ましげに見ていれば、サフィル様は肯定も否定もしてくれない。
なので、少しの興味本位で尋ねると、彼はわたしに視線を向けた。
眼鏡越しに目が合って、髪より少し明るい色の瞳にわたしの小首を傾げた姿が映っていた。
少しの沈黙。サフィル様はその間に思考を働かせたらしく、視線をこちらに気付いていない二人に戻した。
「仲がよろしいことには変わりないかと……」
「やっぱり! でも、サフィル様とハロルド様は加わらないんですか? 仲が良いんですよね?」
またも目が合って沈黙。しっかりと考えてくれている辺り、サフィル様は本当に真面目な人らしい。何だかこの間、どんな答えが来るか、ちょっとわくわくさせられる。
「加わってよろしいんでしょうか?」
「え? ……良いんじゃないですか? わたしは、自分の意志を通すべきだと思います。
仲の良い友達なら尚更、遠慮とか嘘とかなしで、向き合った方がいいかと」
予想外の質問返しに唖然とするも、わたしはしっかりと考え、自分の意見を告げさせて貰った。すると、
「何を真面目に答えていらっしゃるんです? 嘘に決まっているでしょう」
彼はあっさりと告げながら、わたしから目を反らしてしまった。
「え?! う、“嘘”だったんですか?」
「ええ。あんな両者自業自得な、馬鹿らしい子供染みた喧嘩に加わるなど、こちらから願い下げです」
「そ、そうですか? で、でも、わたしは楽しそうだと……」
「つまり、貴方も子供、と言うことでしょうね」
「え? え? え、えとえと……」
慌てて言葉を探していれば、横目に見ていたらしい彼がクスクスと笑った。
その表情はさっきの抑えたものと違い……まるで、悪戯が成功した子供の様だった。
「そ、そんなに笑わなくても……」
「騙されて慌てる貴方が可笑しいのが悪いんでしょう」
「う、嘘を吐いて人をからかう方が悪いんです! 謝って下さい!」
自分が笑われているのは分かって、顔を赤くして主張すれば、サフィル様は笑うのは止めて、わたしとまた目を合わせた。
当然の様に告げられた言葉に、慌てて言い返すも、彼は憮然とした態度だ。
「嫌に決まっているでしょう。
僕は騙される方が悪いと思いますし、騙されたならば騙し返せばよろしい、と思っていますので何の問題ありませんよ」
「ッ?! そ、そんなの、可笑しいですもん!」
「……貴方には可笑しくとも、僕には普通のことです。
変えるつもりも、貴方に合わせるつもりもありませんよ」
溜まらず席を立って突っ込めば、サフィル様はわたしを見上げ、わざとらしくため息を吐いて見せた。
そんな姿にわたしは言葉では、どうしようもない平行線だと悟った。なので、不機嫌な表情をしているのを理解した上で、大人しく席に座り直す。
「言い返して来ないんですか?」
「サフィル様が本気なことくらい、目を見れば分かりますもん」
「……では、諦めーー」
「いいえ! 絶対に諦めないです!」
キッと睨み付ければ、わたしの様子を伺っていた彼は、少し驚いた後に興味げに目を細めた。
「今はそう思ってても、これからはどうなるか分からないです! 人は日々、変わって行くんですからね!
だから、わたしはいつか、サフィル様にこの件を絶対に謝って貰いますから、覚悟して置いて下さいな!!」
わたしは本気である、と言う思いで言葉を発せば、サフィル様は少しの沈黙の後、また悪戯な笑みを浮かべた。
「そう来なければ、面白くありません。
これから始まる学園生活、たっぷりと楽しませて下さいませ、シルビィア」
急に呼び捨てになる彼に、良い意味とは言い難いが、何だか打ち解けている様に思えたのは、きっと気のせいではない筈だ。
つまり、彼はわたしを認めてくれた、と言うこと。ここからは、わたしの頑張り次第である。
「そうやって余裕でいられるのは、今の内だけなんですからね、サフィル様!!」
なので、わたしは大きく胸を張って宣言し、サフィル様は笑みを深めさせた。
「な、何か、変な展開になっていないか?」
「そうでもないさ。サフィルとシィちゃんは、よく似てて正反対だからさ、あの喧嘩ばっかりのお騒がせカップルによく似てるんだよ、さすが姉弟、って感じさ」
「……喧嘩する程に仲が良い、とはこう言うことだ」
「えッ?! そ、それはつまり、サフィルとシルーー」
「有り得ないに決まっているでしょう。馬鹿ですか、貴方達は」
唐突に音を立てて席を立ったサフィル様。どうやら、いつの間にか、少し離れた場所で声を抑えて話していたレイヤ様方の話が聞こえたらしい。わたしにはまるで聞こえなかったので、凄い聴覚である。
「にしては、いつもより、慌ててる気がするけど?」
「気のせいでしょう。そんなことより、そろそろ向かい始めなければ、式に間に合いませんよ。もう皆さん、とっくの昔に向かっていらっしゃる様ですし」
何だかからかう様なユーリ様に、サフィル様は興味なさげに周囲を示した。
先程まで、何グループかいたそこは、生徒は一人も見当たらない。つまり、このカフェ内にいるのは、わたし達と店員である使用人さんとシェフさん達だけだ。
「……後十分。レイヤ達が走ってギリギリだ」
「なッ?! サフィル、なぜ、黙っていたんだ?!」
「気が付かない方が悪いんでしょう。文句を言う暇があるならば、黙って走っては如何でしょうか?」
「文句言っても無駄さ!! シィちゃんはハロルド、お願いするよ!!」
「さ、先に行って良い! 彼女を遅刻させる訳には行かない!!」
「……了解だ。……捕まっていろ」
「え? きゃッ?!」
唐突に浮き上がる体。咄嗟にハロルド様に抱き付き、気付けばまた横抱きに抱え上げられていた。
驚いて離れそうになるも、彼が凄い速さで走り出すものだから、わたしは結局動けない。
そうして、単なる散歩だった筈の朝は、ようやく終わりを告げたのだった。