この庭は、広い。
東方二次創作。
残酷な表現・展開があります。
読むと多分テンション下がります。
覚悟の方のみお読み下さい。
この庭は、広い。
半日かけて手入れを終わらせた白玉楼の石庭を眺めながら、妖夢はそう思った。
冗談みたいに広い縁側に腰かけ、膝を抱いて小さく丸まる。
広大な砂の海の中、自分の身体はこんなにも小さい。
砂が形づくる綺麗な波が視界を支配する。
まるで自分が本当に海の上を漂っている遭難者であるかのように思えてきた。
妖夢の心は、波に翻弄されているかのように揺れ続ける。
たゆたう感覚はむしろ心地よくて、妖夢は波に弄ばれるままに石庭を見つめ続ける。
幻想郷には海がない。
視界の端から端まで全て水平線だという巨大なみずたまり。
話に聞くだけで一度も海を見たことのない妖夢にとって、その中で漂流するという夢想は、恐怖心をかきたてる孤独の光景であり、そして憧憬の景観でもあった。
妖夢は知っている。
自分は大海の中心でひとりぼっちになることは決してできないだろうと。
孤独は余りにも恐ろしかった。
それ以上に、自分の精神や身体を愛する主人の道具として委ねることは、甘く官能的な安定感で彼女の心を喜ばせた。
「妖夢」
膝の上に顔を乗せてぼんやりと石庭を見ていた小さな庭師の背中に、落ち着いた静かな声が語りかけてくる。
「あら、今日は随分と庭を綺麗にしてくれたのね」
唯一の肉親であった祖父をなくした妖夢にとって、この声は長い間、母の声であり姉の声であり、時には恋焦がれる想い人の声でありつづけた。
いつからだろう?
もう、妖夢にはそれがわからない、いつからだったのだろう? この声が未熟で未完成な従僕にとって、切れ味の悪くなった刃物のように自分をズタズタに破壊するものに感じられ始めたのは。
そして愛する主人に苛まれるたびに、その肉体的苦痛がとろけきったため息が出るほど妖夢を安心させてくれるようになったのは。
「妖夢、今日もご苦労様。ありがとうね。でも、庭のことばかりにかまけて、自分の剣の修行をなおざりにしては、駄目よ」
優しげで慈しむようなその声の魅惑的な響きが、妖夢から主人に抗う意志を全て奪い去ってしまう。
ここは海ではなく、妖夢はまた、孤独でもなかった。
いつでもいつまでも、ねっとりとした粘着性の糸が、自分の身体にまとわりつき、縛り付ける。
「幽々子様。今日は、永遠亭に、薬をもらいにいこうと思います」
「傷がいたむの?」
「はい」
「駄目よ。これからまた、二人で楽しむんじゃないの」
楽しむのは幽々子様ばかりで、自分はちっとも楽しくない、と妖夢は思うが、同時に、幽々子様が楽しいならば私も楽しいはずだ、とも思う。
妖夢の小さな身体の背中には、とても似つかわしくないほどの大きな傷が口を開き、半ば固まって黒くなった血と膿とで、妙な匂いすら漂わせている。
傷の形が女性器に似ているので、幽々子は妖夢に、あなたには女の子の裂け目がたくさんあっていいわね、と笑っていい、傷口が治りかけるたびに、赤黒い肉を見せる妖夢の背中の女性器に爪や刃物をたて、決してふさがらぬようにその形が崩れぬようにと、ときには皮膚を剥ぎ、ときには深く肉を抉り、その痛みにうめく妖夢の悲鳴を聞きながら、背中のそれとは違って妖夢が生まれたその瞬間からそこにあったもう一つの女性器に巨大な張形をねじこみ、幽々子は下僕が泣き叫びながら血液をまきちらすのを、ごめんねごめんねといいながら笑って楽しむのだった。
自分がなぜそのようなことを主人に許し続けるのか、妖夢にはわからない。
それどころか、妖夢はそれを当然のこととして受け入れ、幽々子が自らのあどけない身体を傷つけるのに対して、恨みを持ったことがないばかりか、その行為を拒否することを思いつきもしなかった。
ただ、あまりに連日ともなると、痛みで日々の仕事もままならなくなるので、行為か仕事のどちらかを休むように願い出たことはあった。
幽々子はそれにたいして、
「あなたを痛がらせるつもりはなかったの、ごめんなさい、弱い主人でごめんなさい、でもこれをしないと私は毎日を過ごすのがとてもつらくてたまらないの、あなたのおかげで私はこうして自分を失わずにいられるの、それにあなたが庭仕事をしなかったら、わたしがなによりも大切に思っているこの屋敷の美しさはどうなってしまうの、西行妖に申し訳がたたないわ、でもあなたが嫌だというなら、私はつらいけれど、あなたのためになんとか我慢して苦しさに耐えてみせるから、今日だけは休んでいいわよ」
といわれ、妖夢の心と体は蝶にとっての蜘蛛の糸より強靱な何かにとらわれて、結局は傷の痛みに耐えながら庭の手入れをし、その夜には体中の裂け目から血を流して、主人の慰めのための玩具になってしまうのだった。
それでも続けていると、どんなに心が望んでも、身体がぴくりとも動かなくなる朝があって、そんな日は、昼まで布団の中でじっとしたあと、空気が暖まる昼ごろになって初めて起き上がり、竹林の奥にある永遠亭に痛み止めをもらいにいくのだった。
「薬をもらえば、痛くなくなるの?」
「ええ、ずいぶん楽になります」
「それなら行くといいわ、あなたが痛がるのは私も嫌だもの、痛み止めでも貰ってきなさい」
なぜこの生活から抜け出せないのか、なぜ治療のための軟膏ではなく痛み止めなのか、妖夢はそんなことも考えずに、ただ自分の身を労ってくれた主人に涙が溢れるほど心から感激しながら、冥界から竹林へとむかうのだった。
永遠亭の薬師は、いつものように何もいわず、何も問わず、ただ不快そうに目を眇めて傷口を見、飲み薬を一月分、処方する。
永遠亭の門を出て行くときに、薬師の弟子の兎が追いかけてきて、もうやめにしたらどうか、あなたもあなたの主人も狂っている、姫様に頼めばきっとかくまってくださる、姫様がいえば師匠もきちんと治療してくださる、といったが、妖夢は少しも歩みをとめず、耳を傾けようともせずに歩き続け、あいつは私と幽々子さまの仲を壊そうとする悪辣な奴だ、何が目的なのだろうと思って、しかしなにも理由が思いあたらないので考えるのをやめた。
竹林を出たところで、とてもいい匂いが漂っているのに気づき、そちらを窺うと、そこには一軒の小さな屋台が店を開いていた。
おみやげにしようと思い、屋台を覗く。
明るく呑気な店主が、八目鰻おいしいよ、これを食べたらもう二度と鶏肉なんか食えなくなるよ、これからこっちを食べなよと勧めてきた。
「ここにはいろんなお客が来るのでしょうね」
「酒ばかりで誰も鰻なんぞ食いませんけどね.、みんなここで現の世の憂さを晴らすのです、それならそれで私はいいと思っています」
「憂さを晴らすというのは、そんなにいいものなの」
妖夢がそう訊くと、店主は天真爛漫な笑顔で、
「そうして気分をいれかえれば、また元気になれる、元気になれれば大切な人と過ごす時間ももっと楽しくなりますよ」
と答えた。
妖夢は幽々子の顔を思い浮かべ、
「じゃあ酒を一杯と鰻を一尾、ここでいただいていくわ」
と屋台の粗末な縁台に腰を掛けた。
鰻はそんなにおいしくなかったが、酒の味は絶品で、知らずのうちに、妖夢の舌は滑らかに動き始めた。
「幽々子さまはそうしてね、わたしの身体で慰められて、そして明日も過ごしていこう、と思えるそうなの」
誇るように話す妖夢に店主は曖昧に笑い、
「なんだかわかりませんが、そんなあなたを元気にさせているのは私の店なのだから、間接的に私がその方を元気にしているようなものですね」
と朗らかにいった。
妖夢の心の中で、嫉妬の感情が醜く渦巻き始めた。
「それでは最初から私を通さずにこの店に来れば幽々子様はもっと元気になれるのかしら」
と訊くと、店主はぱっと顔を明るくし、
「それはもう。話を聞く限り、そちらのほうがよほどいいと思いますよ」
と柔らかくいった。
次の瞬間、妖夢は楼観剣を抜き払い、店主の頭部を竹のように頭頂部から首まで縦に割っていた。
店主は鳥のようだったので、首を切り離し、よく血抜きをしてから羽を毟り、食いでのありそうな肉の部分だけを切りとった。
鰻はおいしくなかったし、こちらのほうが幽々子さまも喜んでくれるだろう、と軽い足取りで白玉楼に帰る。
幽々子はその話をけらけら笑いながら鶏肉を頬張り、
「この肉はおいしかったわよ妖夢、たしかに幸せな気分になったわ」
という。
またも、血より熱く血より汚い色の感情が妖夢の心に充満した。
私以外の存在が私よりも幽々子様を幸せにするなどあっていいはずがない、と思った。
「いいえ、私の肉の方がおいしいはずです」
「そうね、妖夢の細い腿の肉とか、食べるところがあんまりなさそうだけど、たまにおいしそうにみえることがあるわ」
妖夢はその一言で胸が焼けるほど幸福に包まれて、
「試しに食べてみますか?」
と訊いた。
ほろ酔いの幽々子が、刺し身がいいわ、といったので、妖夢は白楼剣で自らの腿の肉を削ぎとった。思ったよりも鋭い激痛が脳幹を貫いたが、血が滴る肉に食らいつく主人を見て、ああ、私は幸せものだ、私がいなければこの敬愛する主人は一秒たりとも存在し得ぬのだ、と誇りに満ちた笑顔で幽々子の血で濡れた唇をうっとりと眺め、幽々子は、あはは、と快活に笑い、妖夢が生まれてこなければ、私の従者にならなければ私はこんなに苦しまずにすんだのにね、あなたがいなかったら、私ももう少しましな毎日を送れたかも、あなたのせいで私の欲望が際限なくなるのよといい、妖夢は、それじゃあ、私はいなくなったほうが幽々子様のためになるのね、と悲しく思って、それなら消えてなくなって差し上げようと思い、そして刀を自分の首にあて、私がいなくなることで幽々子さまが今よりもよい気分になるのならば、それが私の産まれてきた理由だ、生きる意味をありがとう、大好きです幽々子さま、といった。幽々子は止めようともせずにこにこと笑いながら従者が自分の首を切り落とす光景を肴に酒を口に運んだ。
ちっぽけな妖夢の体躯は一刻もせぬうちに髄液までしゃぶられ、脳は容器に移され蜂蜜をかけられてデザートとなり、匙で掬い取られて食われた。
幽々子は妖夢は弱い子だったから死んでしまったのはとても悲しいけれど仕方の無いことだったのだ、と思い、私が彼女の苦しみを終わらせてあげられて良かった、私は良い主人だったとうっとりと陶酔しながら、手のひらに乗るほどしか残らなかった骨を西行妖の下に埋め、妖夢が死んだ悲しさを私はいつまでも抱きながらこの先過ごすのだ、彼女は私にいろんなものをくれたのだ、優秀な従者ではなかったけれど飼ってやった分の恩は返してくれた、全部が悪いというわけでもない従者だった、とさめざめ泣いて、とても心地よくすっきりした気分で、ありがとう、と呟いて、次の日からはもう、妖夢のことは思い出しもしなかった。
〈了〉