【04-08】
「やあ、転校生。また会いに来たよ」
以前サトリと名乗っていた少年は、軽く左手を上げて気軽に挨拶をした。
「学区での生活には慣れたかい?」
「うん、それなりには」
驚きつつも、どうにか答えられた。
「ちゃんとお守りを持ってくれているんだね。ありがとう」
「お礼を言うのは僕の方だよ。ご利益かな、ぐっすり眠れているし」
「そうか。それは何よりだ。ところで転校生、君に聞きたいことがあるんだ」
声に真剣味が増した。
眼鏡とマスクで表情は窺い知れないが、本題に入ったのは解る。
「この学区には奇妙な点があるのに気付いているかい?」
「それはまろみたんに関することだね」
春乃の言葉に、サトリが頷いた。
学区の支配者、菜綱 まろみ。
側近達に囲まれ、絶対支配者として学区を運営する。
しかもその立場は教官達より上。
この奇妙な構造がどうして生まれたのか。
「確かに転校生の君にとっては疑問だろうね。他には?」
「これは僕の思い過ごしかもしれないんだけど」
前置きを付加して続ける。
もう一つは過去に関する事だ。
まろみが自分とやり取りしていたメールを覚えていない。
生徒会スタッフの一人、武装風紀委員長である函辺が、まろみとの接点を忘れてしまっている。
「なるほど。面白い着眼点だ。そこで君はできるだけ多くの人に、過去のことを聞いて回ろうと考えているんじゃないかな?」
「うん。そのつもりだよ」
「それは止めた方がいい」
眼鏡を外した。
切れ長の瞳が、力強く春乃を見つめる。
「どうして?」
「この学区で過去を詮索してはいけないんだ」
「してはいけないって、誰かが決めたルールってこと?」
「ルールか。そう、ルールと言えるかもしれない」
サトリの視線が春乃から窓に移動した。
差し込んでくる夕日に微かに目を細める。
「この学区は歪だよ。君が感じたことだけじゃなく、もっと根本的にね」
春乃の方に顔を戻した。
「転校生、君はこの学区が随分と都合のいい世界になっていると思わないかい?」
「都合のいい世界?」
「そう。一人の少女が絶対支配者として君臨する世界。しかも彼女は圧倒的なカリスマを持ち、生徒の殆どが彼女の為なら命すら投げ出すほどの覚悟がある」
命を投げ出す。
その表現を大袈裟な、と笑う事はできなかった。




