【03-10】
「こう見えても家事全般は得意とするところでな。凛華がいつも感心しておる」
人間、嘘をついている時は雄弁になる。
この法則は学区の支配者にも当てはまるようだ。
「でも、侍女さん達がついているよね」
「彼女らは、その、余の衣類を作ったりするのが仕事だな。料理や掃除については、むしろ余が教えてやっているくらいだ」
「凄いんだね」
「当然だ。余を誰だと思っている? 学区の絶対支配者、菜綱 まろみだぞ」
「そうだったね。よし、僕も見習って頑張るよ。料理は苦手だけど」
選んだお椀をカゴに足した。
「ところで、まろみたんの得意料理ってなに?」
「得意料理だと?」
声が半音上がった。
「うん、何が得意なのかなって。あ、お箸も買っておかないと」
「箸はこっちだ」
急に移動を始めたまろみを、春乃が慌てて追いかける。
「得意料理というのはだな、料理下手が少ないレパートリーを誤魔化す為の言葉だ。余くらいになると、全てが得意料理と言えるレベルなのだ」
「そうなんだ。まろみたんの料理、食べてみたいな」
素直な感想を背中に受けて、まろみの額から汗がつつっと流れた。
心の中に生まれた罪悪感に、黙り込んでしまいそうになる。
「あのな、春乃」
このままではいけない。意を決し、振り返った。
箸を選んでいた春乃が顔を上げる。
「なに?」
いつもの柔らかい笑みに、まろみの決意は一気に薄れてしまう。
「いや、その、なんだ」
ぎゅっと羊を抱く手に力がこもる。何か言わねばと焦るあまり、
「このヌイグルミの礼と言ってはなんだが、今度、弁当を作ってやってもいいぞ?」
とんでもない事を口にした。自分自身ですらびっくりだ。
「え? ホント? いいの?」
「いや、その、あの」
「まろみたん?」
「もちろんだ。だが、学校のある日は無理だ。昼休みは生徒会の仕事がある。だから、またこうして出掛ける機会があれば、だ」
「うん、ありがとう。楽しみにしてるよ」
「期待しておるがいい。それより、その箸はどうだ?」
「えっと、これかな。うん、いいね」
即決すると、そのままカゴへ。
「このくらいかな。買い物に付き合わせちゃってごめんね」
「いや、構わん。余も楽しかったのでな」
「じゃあ、レジに行って来るよ」
会計に向かう春乃を見送りながら、まろみは溜息交じりに呟く。
「大変なことになってしまった」
卵一つ綺麗に割れた事すらないというのに。




