【02-14】
まろみの訝しそうな顔は、その発言が冗談の類でない事を語っていた。
「八年間、余は待っていたのだ。お前は忘れたかも知れんが、約束を……して……」
不意にまろみの声が揺れた。
「そうだ。余は、お前と約束を……していた……のだ」
小さく呟く。
「確かに余は……私は……してた。……大事な約束。春乃と……春くんと……約束を……」
頭がズキズキと痛み出す。その頭痛を堪えながら記憶を探る。
景色がぐにゃりと歪み、耳の奥で金属を擦り合わせたような音が鳴り響いた。
立て続けに起こる不快な感覚に耐え切れず、左手で額を押さえながらデスクに肘をつく。
「まろみ様、どうなされました」
「まろみたん、どうしたの」
思わず駆け寄ろうとする凛華と春乃を残った右手で制した。
「なんでもない。ただの頭痛だ。問題ない」
顔を上げて大きく深呼吸。
血の気が引いていた頬に、少しずつ健康的な色が戻ってきた。
その顔色に、二人はひとまず安堵する。
「最近、少し睡眠不足でな。で、なんの話だったかな」
「えっと、それは」
先程の急な変調に、春乃は話題を戻すのを躊躇ってしまう。
「まろみ様、春乃様には『ダグダ』の生活に慣れて頂かなければならないと思います」
微妙な空気を察し、凛華が切り出した。
「丁度、明日は休日。中央モールをご案内して差し上げるというのは、いかがでしょう?」
中央モール。正式名称はダグダ中央ショッピングモール。
地下一階から地上七階まである巨大な商業施設で、店舗数は百以上。
ファッション、グルメ、サブカルチャーと学生生活に必須とされる全てが揃っている。
「ふむ、良いアイデアだな」
「春乃様、聞いたとおりです。明日、何かご予定がありますか?」
「いえ、僕も休日にモールに行きたいと思ってましたから」
プリンを買いに、と心の中で継ぎ足す。
「では、まろみ様、春乃様のご案内をお願いします」
「ふむ、仕方ないな。余が直々に……」
そこで言葉を止めた。
一呼吸の間をおいて、バネ仕掛けの人形のように立ち上がる。
と、やや乱暴に傍らの凛華の手を掴み、部屋の隅まで引っ張って行った。
「まろみ様、どうされました?」
「余が一人で春乃の案内をするのか?」
「はい。もちろんです」
「ふ、二人きりになってしまうではないか」
「そうなりますね」
「そ、そそそ、それは」
ゴクリと喉を鳴らす。
「で、ででで、デートという物になるのではないか?」
「はい。その意図が多分に含まれています」
しれっと答える凛華に、まろみが耳まで真っ赤にして、ぷるぷると首を振る。
「ダメだ、ダメだぞ。春乃の気持ちも確かめずに、そんな大事なことを決めるのは……」
「まろみ様が嫌だと仰るなら仕方ありません。私がご案内することに致します」




