【02-09】
※ ※ ※
「全員、姿勢を正せ!」
グラウンドの前面に置かれた一メートルほどの指揮台。
そこに立った函辺がマイクに向かって声を張る。
すぐさま生徒五千人が、一斉に踵を揃え直立不動の姿勢をとった。
「敬礼!」
号令一下、一糸乱れぬ動きで、全員が素早く右手を額に当てる。
「そのまま待て!」
最後にそう指示すると、壇の中央から下がり場所を空ける。
入れ替わって立ったのは、学区の支配者まろみだ。
「よし、休め」
ざわっと動揺が起こった。
彼女の身に付けている物が制服だったからだ。
「静まれ」
威圧的でも高圧的でもない、まろみの澄んだ一声がざわめきを瞬時に収める。
「十月に入り、好ましい季節になった。諸君らがより一層の修練を重ね、より優れた人間となることを余は期待している。そして、その全てを捧げ、余を支えるがよい。諸君らの栄光は常に余の下にあるのだからな」
そこで言葉を切った。
半歩踏み込み右手を突き出す。ポスターの高圧的なポーズだ。
「余の僕達よ! 他学区に! いや、世界に! 我らの力を見せ付けてやるのだ!」
「まろみ様! 我らの偉大なる支配者!」
生徒達から声があがった。
「余のもたらす物はなんだ!」
「まろみ様のもたらす物! それは開放!」
「そう! 余こそ人類を開放する救世主なのだ! 踵を鳴らせ! 余を讃えよ!」
「まろみ様! 我らの偉大なる救世主!」
「もっと! もっとだ! 余を讃えるのだ!」
「我らの絶対支配者! 真の救世主たるまろみ様に栄光あれ!」
「まだだ! まだ足りぬ!」
「偉大なるまろみ様! まろみ様に栄光あれ!」
まろみの声が発せられる度に、レスポンスにだんだんと熱がこもっていく。
揃っていた声が次第に崩れ、居並ぶ全員が口々にまろみを讃える言葉を叫ぶ。
混沌とした空気が渦を巻き始めた。
グラウンドが、いや学区全体が狂気に染まっていく。
※ ※ ※
執務室の窓からグラウンドの様子を見ていた春乃は、ただ戦慄していた。
狂気じみた世界が直ぐ傍で展開している。
そしてその中心にいるのが、自分が想いを寄せる幼馴染の少女。
「なんだよ。なんなんだよ。これ」
指揮台で生徒達を煽るまろみは、幼き日の泣き虫だった彼女とも、可愛い制服姿でうつむく彼女とも、まったく異質な存在でしかない。
朝礼が終わり、生徒達が解散した後も呆然とグラウンドを見下ろしていた。
不意に小さな物音が鳴った。慌てて室内に顔を戻す。




