【08-10】
「冗談? どいう意味です?」
「『ミーミルの泉』は人類の未来を考える組織だ」
ひとしきり笑い終えた瀬莉が、溢れた涙を拭いながら説明を始める。
「それは知っています」
「未来を照らすのは叡智だ。より優れた叡智、より先にある叡智。それを得ることが人類全体の幸福に繋がると考えている。でも、叡智を得るには苦痛が必要だ。テラの神話で偉大なる神ヴォーダンが叡智を得る為に、その片目を差し出したようにね」
「『ミーミルの泉』の理念はわたくしだって知っています」
「しかし、人間は苦痛を避けようとする。平和と安寧が堕落しかもたらさないことを知りつつ、それを願うものなんだ」
「だから今回のプランがあったと仰いたいのでしょう」
「そう。君の曽祖父の理論を用い、学区の生徒達に闘争のタネを植え付ける。ある者は数年後にクーデーターを企み、ある者は星系間の軍事衝突を生み、ある者は重大な犯罪を起こすように。彼らの行動は、大きな苦痛を生む。そして……」
「苦痛が大きければ大きいほど、得る叡智は大きいと言いたいのですね」
「議論の余地ないよ。歴史がそれを証明しているんだから」
「争うことで人は進歩する。皮肉な現実ですわ」
「今回のテストプランが成功すれば、いずれは全ての星域、全ての学区で同じ仕掛けがされるはずだった。これにより、管理された闘争を生み出せると考えたからだ。ま、ボクに言わせると、バカバカしいほどに傲慢な話だけどね」
瀬莉の意外な発言に、鈴奈が驚きの色を浮かべる。
「でも、このプランに大きな誤算が起こった。タネを植え付けるために派遣されたエージェントが裏切った。それも乙女チックな妄想に走った挙句にね」
「ふん、下らない争いを生む下準備より、よほど建設的です」
「ボクには即座に君を始末するよう指示があった。だから、姿を隠す必要があったんだ」
「どういう意味ですの?」
「多くの犠牲を生む未来の為に友人を殺すなんて。あまりに趣味が悪いからね」
「そんなことをすれば、貴方も……」
鈴奈が先ほど以上の驚愕を見せた。
「もちろん始末される。でもボクには勝算があったんだ」
「勝算?」
「君の作った舞台を覆せると思ったからね。それもたった一人の人間で」
「それが草陰 春乃」
「そうさ。まろみがずっと彼を想っていたのは知っていた。だから、少し手を回して学区に転入させたんだ。もっとも彼自身、ここに向かっていたようだけど」