【08-06】
「あ、サトリくん」
目を擦りながら、枕元にあるボタンで照明を点けようとする。
「悪いけど明かりは勘弁してくれないか。少し都合が悪くてね」
「うん。解ったよ」
「怪我は大丈夫かい?」
「なんとかね。でもナイフで切られたのは始めての経験だったよ」
「なかなか出来ない貴重な経験だ。今後の人生に大きな糧となる」
「なるかな?」
「ん、ならないね。多分」
下らない会話で小さな笑いを交換する。
「サトリくん、君にも色々と助けてもらったんだよね。ありがとう」
「ボクの力なんて、ホンの僅かさ。全ては転校生、君とまろみの絆が生んだ勝利だ」
「そんな、大袈裟だよ」
「ううん。その絆の力、これからも大切にしていって欲しい」
その言い方に春乃は違和感を覚えた。
それを尋ねるより早く、サトリが続ける。
「ボクはこの学区を去ることになったんだ。だからサヨナラを言いに来た」
「え?」
「ボクにも色々と事情があるんだ。ん、どう言えばいいかな」
言葉を切った。
一呼吸の間を置いて、少し嬉しそうに続ける。
「いい表現を思いついた。この舞台でボクの出番は終わったんだ。でも次の舞台がある。売れっ子役者は、それなりに忙しいんだよ」
「そうなんだ。大変だね」
一旦、冗談で受ける。
「ね、サトリくん、君は一体……」
「ボクはボク。サトリはサトリだ。君にとってはそれでいいだろう」
「そう、かもしれないね」
「そういうものなんだよ、世の中は。ところで、今日は一つお願いがあるんだ」
声が真面目な物になった。
「受け取って欲しい物がある。手を出してくれないか」
春乃の出した手に、プラスチックの感触が乗った。
見なくても感覚が覚えているカード型の携帯端末。
学区に転入する前は誰でも持っているアイテムだった。
「これには『ダグダ』の全てのセキュリティに入り込めるソフトが入っている」
「も、貰うわけにはいかないよ。大事な物だと思うし、端末は持ち込み禁止だし、それに」
「それに?」
「とても怖い物だから」
「なるほど。この閉鎖された世界で、これはとても便利な物だ。万能の道具と言っていい。それを怖いと感じる君だからこそ、貰って欲しいんだ」
「でも」
「必ず必要になる日がくる」