【01-15】
「春っちは、今のままがいいと思うけどな。頼りなくて軟弱っぽいところが、母性本能をくすぐるっていうか。守ってあげたくなるし」
隊列から外れた桜木が、春乃の隣に並んで笑みを見せた。
邪気の感じさせない表情と鼻に掛かった声、やや舌足らずな話し方がシンプルに可愛い。
「桜木、任務中だぞ。あまり隊列を乱すな」
呆れ顔の函辺が嗜める。
とは言え、戦闘禁止時間と言う事もあり厳しい雰囲気はない。
「当然だが、男子寮は女子禁制。女子寮は男子禁制だ。バカな行動は起こさないでくれよ」
「あはは、大丈夫だよ。ハコベさんに怒られると怖いからね」
「そうだよぉ、委員長は怖いからね。顔が歪むくらい殴られるよ。っていうか、そういう目に遭った男子が五人いるんだ。もうね、凄かったんだから。辺り一面血の海になってさ」
「えっ」
「草陰、下らない冗談を真に受けないでくれ」
ぷっと小さく頬を膨らませる。
「まったく失礼な態度だぞ。自分が凶暴女みたいじゃないか」
「あ、ごめん」
「こら、そこで謝ったら、そう思っていることになるんだぞ」
「春っちは正直さんなんだね。痛っ! もう! 委員長、殴らないでってば!」
他愛のない会話を繰り返している内に寮が見えてきた。
寮は全学年が同じ敷地内にある。
二千五百人もの生徒が住まう空間だけに、かなりの広さだ。
愛想のない単純なデザインの十階建てが全部で三十棟、三列に並んでいる。
「草陰、君の部屋はどこの棟だ?」
「えっと」
確認しようと、ポケットから手帳を取り出したところで。
「草陰様!」
澄んだ声を上げながら、寮の方から一人の少女が走ってきた。
濃紺のショートワンピースに白いフリルエプロンを組み合わせた衣装。
カチューシャもフリルをあしらった愛らしいデザイン。
襟元には小さな緑石のラペルピンブローチを付けている。
妄想世界から飛び出たとしか思えないメイドだ。
学び舎にそぐわない格好に唖然とする春乃の前で止まると、きびきびした動きでペコリと頭を下げた。
「お待ちしておりました。草陰様」
大きな瞳が印象的な愛らしい子だ。
髪をお下げにしているせいか、やや幼い雰囲気がある。
春乃にとって見覚えのある顔だった。
「あの、涼城 鈴奈さん?」
「そう、ですけど。どうしてわたくしの名前を?」
「まろみたんから貰ったメールに、貴方の写真があったんです」
「そういうことでしたか。ちょっと、びっくりしました」
ふうっと大袈裟に息をついた。
「あ、自己紹介が遅くなりました。わたくし、まろみ様のお世話をさせて頂いている涼城 鈴奈と申します。草陰様、以後よろしくお願い致します」