【07-26】
「草陰様、そちらに散らかっているのは?」
違和感が現れないように細心の注意を払いつつ、春乃の後方を指し示す。
つられて背中を向ければ容赦なくハンマーで殴打するつもりだ。
しかし、春乃は予想に反して立ち上がった。
「涼城さん、これ、なんだか解ります?」
手にしていた軍服を少し広げる。
「まろみ様が普段着ておられる服、ですよね」
「実は今日、この服を着ていたまろみたんは偽者だったんです」
「もう、草陰様ったら。誰かが変装していたとでも言うんですか?」
軽い口調で答える。あくまで冗談を聞いた風な反応だ。
そんな鈴奈に、春乃は真面目な顔を崩さない。
「集会で看破された彼女は、ここまで逃げてきたんです。そして、隠しておいた服に着替えた」
「では、その偽者がこの近くに潜んでいると?」
眉をひそめて尋ねる。
ここまでの会話は鈴奈の想定内だった。
後は追跡の協力を申し出ればいい。
春乃という人間は、危険な場所で女子を先に行かせる人間ではない。
悠々と背後が取れる。後はこのハンマーで。
「涼城さん、一つ聞いていいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「どうしてなんですか?」
ここに来て要領の得ない問い。
「どうして学区の支配者にまろみたんを選んだんですか?」
鈴奈の心臓が跳ねた。
「あの、仰っている意味が解らないのですが」
鎌を掛けているだけだ。落ち着け。
自身に言い聞かせる。
「ひょっとして、偽者はわたくしだと?」
震える声で搾り出す。
ショックで泣き出しそうな表情まで添えた完璧な演技だ。
「グラウンドから、ここまでかなりの距離があります」
それを無視して春乃は続ける。
「全力疾走して、かなり汗をかいてしまった。追っ手は直ぐにやってくる。服装を変えても、不自然に汗をかいていたら正体がバレてしまう。だから、制汗スプレーを使ったんですよね」
「制汗スプレーは使いました。でも、それは衣装整理で汗をかいてしまったからで……」
バクバクと鳴り響く鼓動を押さえ込んで動揺を隠す。
「この軍服から、鈴奈さんと同じスプレーの香りがするんです」
「そんなはずはありません! だって!」
はっと気付いて言葉を止める。
しかし、遅かった。
「だって、これを脱いだ後でスプレーを使ったから。ですよね」