【07-18】
「うん。解ったよ」
「あのさ、私は戦いたくないんだよ。このまま引き下がって欲しいんだけど、ダメ?」
函辺が闘争心に満ちた瞳で睨む。
無言の返答に桜木は大きく息をついた。
「勝てないのが解ってるのに。怪我までしてるのに。どうして戦おうとするのかな」
「それは自分の中に正義があるからだ」
言い放ちながら、函辺が手にしていた警棒を振った。
その長さが八十センチほどになる。
「委員長のって、二段式だったんだ」
「特別製だ。だが驚くのはまだ早い」
二つのグリップを合わせて捻る。
カチッとストッパーが掛かり、二本の警棒は一本の棍になった。
くるくると回し、腰の位置で構える。
「警棒よりも、こっちのが得意なんだよ」
「みたいだね。でも……」
いきなり函辺が動いた。
一気に間合いを詰め、棍を突き出す。
鋭い一撃。だが、桜木は微かに身体を引いて、ギリギリでかわす。
半歩踏み込み、更に棍を繰り出す。
素早い連撃に、桜木がステップして間合いを開けた。
「今のは小手調べだ。こっからホンキで行くぞ」
棍を握りなおすと、容赦のない攻めを開始した。
時には突き、時には弧を描き、上下左右、自在の攻撃。
「困ったな」
怒涛のラッシュを巧みな体捌きでかわしながら、桜木が小さくこぼす。
棍と素手の圧倒的なリーチ差。しかもこれほど激しい攻撃だ。
押さえ込める、と考えた函辺だったが。
「これだと下手に手加減できないよ」
「なんだと!」
次の瞬間、棍の隙間を縫うように、桜木の身体が前に流れた。
桜木の手が届く距離になった。それだけの、たったそれだけの事で攻守は逆転。
繰り出される拳を、棍が辛うじて受けるという展開に変わった。
懸命に棍棒を操って防御に徹するが、じわじわと押され始める。
まさに風前の灯。にも拘らず、函辺の口元に笑みが浮かんだ。
「桜木、やっぱり頭が悪いのはダメだな」
「それって、どういう意味ぃ?」
大きく息を吸うと、函辺が叫ぶ。
「行け! 草陰!」
気付いた桜木が振り返る。
函辺を追い立てている内に、校舎から随分と離れてしまっていた。
そこに一心不乱に駆けていく、春乃の後ろ姿が見える。
「あぁ! ずるい!」
子供っぽい台詞を口にすると、踵を返して春乃の方に駆け出す。
もちろんそうはさせまいと、函辺は棍を打ち込もうとするが。
「ぐっ」
脇腹の激痛に喉を詰まらせた。
最早限界だったのだ。
あれだけの攻撃、あれだけの防御、傷だらけの身体に負担を掛け過ぎていた。
膝から力が抜け、地面に手を付いてしまう。
「くそっ」
桜木の速度は圧倒的。
春乃が逃げ切れないのは明白だった。