【07-03】
「奥の部屋に行っとき。あ、居間は右な。左は寝室や。覗いたりすんのは堪忍してや」
「あ、うん」
撫子の言葉に従って、右側の戸を開けて中に入る。
「お茶くらい入れたる。ちょっと待っとき」
キッチンに向かいながら、浴衣の懐からカードタイプの通信端末を取り出す。
持ち込みを禁止されているアイテムだが、そんな些細な校則を意に介す撫子ではない。
「全然解ってへんやん。間抜けっちゅうか。阿呆っちゅうか。あれは死んでも治らへんな」
呟きながら、画面をつついてメール送信。
それから何食わぬ顔で、お盆に急須と湯飲みを載せ部屋に向かう。
「桔梗本家の人間が、直々にお茶を入れたるなんて滅多にないで」
並んで座る二人の前に湯飲みを置いた。
「凄い部屋だね」
春乃が率直な感想を述べる。
今では珍しい畳敷き。
小さな円形の机も隅に立つ本棚も、小物入れからゴミ箱に至るまで全て天然木の一級品。
どれも目が飛び出るほどの値段だろう。
「狭いのが難点や。実家の猫でも、もっと大きな部屋で寝てるのに」
「猫に部屋? 流石桔梗って言うべきなのかな」
「冗談や冗談。いくら桔梗でも、猫なんかに部屋を与えるわけあらへんやろ」
「はは。そうだよね。やっぱり」
苦笑する春乃に、撫子が白い歯を見せた。
「ほんま春乃はんは面白いわぁ。家具と一緒や。人間も天然がええんやな」
不思議な言い回しに、疑問符を浮かべる春乃。
「ホンマ天然はええわ。で、とりあえず用件はなんや?」
促す撫子に、春乃が姿勢を正す。
「あの、信じられないかも知れないけど。今、この学区にいるまろみたんは、偽者なんだ」
春乃の言葉に撫子が眉を潜める。
「なんの冗談や。正直、笑いどころが解れへんわ」
「冗談なんかじゃないよ。本当に偽者なんだ」
「つまり、本物のまろみはんは別におると言いたいんか?」
春乃が首肯する。
「ほなら、その本物のまろみはんを連れて来てほしいもんやな」
「本物のまろみたんは」
ちらりと横に座る少女に目を移した。
春乃の視線に頷くと、フードに手をゆっくりと外し、マスクを取った。
ストレートボブの髪に目尻の上がった瞳が現れる。
淡い色の唇が小さく開き、言葉を紡いだ。
「余だ。余が本物の菜綱 まろみだ」
撫子に微かではあるが驚きが浮かんだ。
が、それも一瞬。直ぐに冷めた表情に変わった。