【06-16】
「私は迷っています。情に流されて行動するのは簡単です。しかし」
「いいんじゃないか、迷えば。決めるのはお前だし。まさか、お前も来いって言って欲しいわけじゃないんだろ」
「それは」
言葉を揺らす。
強引にでも誘ってくれれば、と我侭な事を考える。
「まだ時間はある。ちゃんと考えて、ちゃんと結論を出せ。お前はそういう人間だろ」
「そう、ですね。自身の路は自身で決めるべきものです」
意思を押し付けたりしない。
親友だからこそ守らなければいけないルールだ。
「部屋に戻ります。熟考した上で結論を出します」
教科書に書いてあるほどの模範的なフォームで回れ右。
背筋を伸ばした生真面目な歩き方で外に向かった。
※ ※ ※
寮の裏。外壁と寮棟の隙間。
月の光すら近づこうとしない闇の中に人影が一つ。
腰まで伸びた髪を手際よくまとめ、キャップの中に仕舞い込んだ。
腕時計に目をやる。一時五十分。
もうすぐ約束の時間になる。
足音が一つ近づいてきた。間隔の大きさから長身だと解る。
マスクと黒縁眼鏡を掛け、顔を向けた。
「早かったね」
「あちこち痛くて眠れないもんでさ」
陰の中から流れ出た声に、制服姿の函辺が返す。
「無理させて悪いね」
「ずっと寝てると身体がなまる。丁度いいさ」
「一人なのかい?」
しばしの間があった。
「いや、失礼したよ。まずは協力してくれることに感謝しないとね」
「自分は友人を助けたいだけだ。互いの利害が一致した結果さ」
「ふふ、君らしい理屈だ」
「しかし、夜遅くに女子寮の敷地に男子が入り込むのは感心できないな。風紀上も大きな問題だ。さて、どうしたものか」
函辺の言葉に、サトリが小さく笑いを漏らした。
「時間までは待つよ。だから、慣れない無駄話で間を稼ごうなんて考えなくていい」
「別にそういう訳じゃないさ」
図星を衝かれて、函辺が不機嫌な顔になる。
「てっきり一緒に来てくれると思っていたんだけど」
「あいつにはあいつの考えってのがあるんだよ」
そう言って黙り込んだ。再び沈黙が流れる。
纏わりつくような静けさと闇の中。一言も交わさずに時が来るのを待つ。
「そろそろ時間だ。どうやら副官さんは来ないようだね」