【06-14】
「なんだい?」
背を向けたまま、サトリが尋ねる。
「貴方は知っていたのですか? 私達の記憶を、過去を」
「忠告はしたよ。本当の自分よりも楽しい時間を過ごしているのかもしれないってね」
「そんな言い訳で!」
立ち上がろうとする凛華の肩を函辺が掴んで留めた。
「落ち着け」
「君達が落とした記憶は返した。未来を選択するのは君達自身だ。じゃあ」
軽く手を上げると、振り返ろうともせずに部屋を後にする。
残された二人はしばらく無言で俯いていたが、先に顔を上げたのは凛華だった。
「どうして邪魔をしたんですか?」
「感情的に殴りかかって、どうなるって言うんだよ」
正論だ。凛華が唇を噛む。
「気持ちは解るさ。自分もショックだった。でも、嘘の記憶で踊らされているよりはマシだろ」
「私は貴方みたいに単純じゃないんです!」
反射的に言い返してから後悔。
再び顔を伏せる。
「ごめん、なさい。今のは八つ当たりでした」
「いいよ、慣れっこだ。普段冷静なのに、対処できなくなると途端に泣き喚く。昔からだ」
「な、泣き喚いたことなんてありません」
「あるよ。小学部でキャンプに行った時」
「あれは貴方がカレーの鍋に、付け合わせの福神漬まで放り込んだからでしょう」
「腹に入れば一緒だろ。そもそもカレーくらいで泣くか、普通」
「みんなで苦労して作った物を仕上げで台無しにされたら、誰でも烈火のごとく怒る物です。その中で冷静に対処したと言えます」
「泣きながらおたまで殴りかかってくるのが冷静なのかよ」
「近くにあった包丁を使わなかっただけでも十分に冷静です」
「結局、取っ組み合いになったせいで、教師に殴られたんだ」
「喧嘩両成敗という建前は理解しますが、今考えても納得できない決着です」
「まったくその通りだよ。いい迷惑だった」
「それはこっちの台詞です。まったく」
不機嫌な表情を作って睨みあう。
奇妙なにらめっこ。
先に音を上げたのは函辺の方だった。
頭を掻きながら、「そんな話はもういいや」と先に矛を収める。
と、少し真面目な顔で、
「でも、腐れ縁が嘘じゃなくて良かったよ」
ぼそりと告げる。
「残念ながら、私もそう感じています。ガラクタも持っていると愛着が沸くものですから」
「ガラクタかよ。まあ、否定はしないけどな」
普段の距離感で、ふふっと笑みを交わす。
「しかし、困りましたね」
「あぁ、まったくだ。厄介なことまで思い出させやがって」
「私達が桔梗の一員だったなんて」