【06-06】
「でも八年だよ、八年。私が生きてきた時間の半分。随分と待たされた気分」
「頑張ったんだけど、すごく遠回りになっちゃって。ごめん」
「冗談だよ。少しだけ困らせたかったんだ。私は春くんが戻ってきてくれただけで嬉しんだよ」
既視感のあるやり取り。
転校初日、まろみの執務室で対面した時に同じような会話をしたはずだ。
「私のこと、変だなって思ってる? 戻ってきてから、何度も顔を合わせてるもんね」
いきなりの問いに返事ができなかった。
「記憶はあるんだ。でも、実感がないの。春くんと会話しているのも、一緒に過ごしているのも、私じゃない別の人で、私は離れたところでそれを見ている。そんな感じがするの」
多重人格という単語が春乃の脳裏をよぎった。
「誰よりも強くて、誰よりも輝いている学区の絶対支配者菜綱 まろみ。あの子は私じゃない。私は弱くて泣き虫で、なんの価値もない……」
「そんな悲しいこと言わないで!」
思わず声を荒げてしまった春乃に、まろみは黙り込んでしまう。
居心地の悪い空気が、じっとりと流れた。
「ごめん。いきなり怒鳴って。そんなつもりじゃなかったんだ」
「ううん。私が変なこと言ったから」
「あのね、まろみたん、正直なことを言っていい?」
返事はなかった。
しかし春乃には、壁の向こうでまろみが頷いたのが解った。
「今のまろみたんと普段のまろみたんは雰囲気が違う。でも、僕には同じ人だなって感じられるよ」
「どういう意味?」
「普段のまろみたんは弱い自分を抱えながら、それでも強い自分になろうと進んでいる」
時折見せる弱さや脆さ。
それは常に無理をしている彼女の精神的な綻びだろう。
「でも、今のまろみたんは弱い自分をしっかり見つめて、それを乗り越えて強い自分になろうとしている。歩き方が違うだけで、向かっている場所は同じだから」
自分の中にある影を受け止め、それを変えるために努力する。
とても辛く困難な路だ。
「私、そんな強い人間じゃないよ」
「まろみたんがずっと努力してたのは知ってるよ。メールにいつも書いてくれたから」
新しい学校での生活に悩んでも、次のメールには親友ができた事が添えられていた。
ネガティブな言葉が多くなっても、必ずそれを越えてきた。
「春くんと話してると、なんか自分に自信が持ててくるよ。春くんは昔のままだね」
少し元気が戻っていた。
「そうかな。かなりしっかりしてきてると思ってるんだけど」
「それは微妙かな。どことなく頼りないもん」
遠慮のない感想に、二人の笑いが重なった。
「ね、春くん」
「ん、なに?」
「今の私と……」