サンタが発信機を見つけたら
「おいおい、なんだこりゃあ?」
聖なるクリスマスの夜、赤いつなぎと大きめのとんがり帽子をかぶったサンタクロースAは、服の裾にくっついていた発信機をもぎ取って忌々しげに呟いた。
その途端、サンタAが座っていたそりが斜め下にガクンと傾く。「おっと危ねえ」二匹のトナカイを操作するロープから、片手を長時間離してしまったためだ。前で息を切らしながら走っているトナカイにギロり睨まれる。「ごめんごめん」サンタAは誤り、慌ててロープを持ち直した。
良い子がすやすや寝ている住宅街のはるか上空――雲一つない綺麗な夜空を、そりと二匹のトナカイとが縛られてできた「乗り物」が目にも止まらぬスピードで駆け抜けていく。一刻も早くフィンランドの自宅に帰りたい、サンタAは寒さにガタガタ震えながら切実にそう思う。
そりの後ろ座席をちらりと見る。そこにはぺちゃんこになった白い袋が置いてあった。つい数時間前までは、あの袋の中に大中小さまざまプレゼントが何千個も入っていたのに、早いものだ。年に一回のサンタクロースの仕事はこれにて終了。あとは帰宅するだけ――――のはず。
「……」
どうにも、膝の上に乗せたこの謎の発信機が気になる。
この発信機がどうして自分の服に取り付けられていたのか、サンタAにはなんとなく想像できた。きっとプレゼント渡しで最後に入った、あの大豪邸が原因だろう。当時の記憶が蘇ってきて、サンタAは身震いした。鳴り響く警報、追いかけてくる警備員。俺は子供部屋になんとかプレゼントを置いて、命からがら逃げ出したんだ。――発信機は、そのとき警備員にくっつけられてしまったんだろう。
サンタAは二つのロープを片手で操り、お留守になったもう片方の手で膝に置かれた発信機を「ひょい」と掴み上げた。発信機はかなり小さく、指二本でも持てるサイズで、先端からピピピピ……と赤いライトが点滅を繰り返している。サンタAが追跡されているのは明白だ。……とえあえず、捨ててしまおうか?
サンタAは片腕を振り上げる――――が、「おーい、サンタA!」突然、左遠くの方からすっとんきょうな声が聞こえた。声の主がどんどん近づいてくる。ああ、コイツか。サンタAはシルエットですぐにその正体が分かった。自分と同じそりとトナカイとを縛った「乗り物」に乗った、少し太り目のサンタクロース――間違いない、サンタBだ。
「なんだよ、サンタB」サンタAは面倒臭そう言った。
「おいおい、テンション低いなサンタA。どうしちまったんだよ?」サンタBがすぐ隣で「乗り物」を操りながら言った。
「こんな真夜中にテンション高けえヤツなんていねえよ、バカ」
「俺はばりばりテンション高いけど」
「訂正する。お前は別だ」
サンタAが苦笑してそう言うと、眉をひそめてサンタBは訊ねた。「それ、なんだ?」
「ああ、これね」サンタAは片手の発信機を見せびらかすように振った。「見ての通り、発信機だよ」
「ええ!! マジで!?」サンタBは驚いて口をあんぐりさせた。「お前それ……ヤバいんじゃね?」
「いやいや大丈夫だって。投げちまえば問題な……」
「マジでヤベえよ……。お前を追跡してる奴、絶対にFBIだって!」サンタAのセリフを遮ってサンタBは言った。
「エフビーアイ?」なんだそれ。ジャパニーズでいうエビフライのことか?
「知らねえのかサンタA! FBIってのはな、アメリカの連邦捜査局のことだよ!ついでにここアメリカ!!」
「いやだからさあ……」サンタAは言い返そうとしたが、すぐに「はっ」として周りを確認する。すると――うわあ……。なんとサンタAとサンタBの周りを、三人のサンタクロースが囲んでいた!
「なんだなんだどうした!?」とサンタC。
「エビフライがなんだって!」とサンタD。
「よく分かんないけど、とえあえず集団の輪に入ってみました!」とサンタE。
サンタクロースには本来、クリスマスの夜は集団で固まってはならないというちょー基本のルールが存在する。偶然サンタクロースを目撃した子供の「サンタさんはこの世界に一人だけ」という夢を壊してしまわないようにするためだ。しかしコイツら――――完全にそのルールを忘れてやがるんじゃねえのか?
「ぐっ」サンタAは全員説教してやろうと思い口を開いたが、サンタBサンタCサンタDサンタEが自分に「そもそも、どうしてお前が発信機なのか持ってるの?」と目で訴えかけてきたので、仕方なく口を閉じた。そして、嫌々ことの詳細を話す。サンタAが一通り話し終えると、すぐに「ウ―――――――――――――ウ」とリトル・グリーン・メンのような反応が返ってきた。
「なるほどね、それでサンタAが発信機を持ってたのか」サンタBは納得して言った。「もし発信機を持ってたら、お前ら三人ならどうする?」
「売る」とサンタC。
「食べる」とサンタD。
「宝箱に保管します」とサンタE。
ようし、分かったぞ。こいつら三人ともバカだ! サンタAは心の中で叫び、頭を抱えた。まとも回答が何一つない。サンタクロースはいつからこんなおバカ集団になってしまったんだ?
「こほん」サンタBが咳払いした。「んじゃ話を戻すぞ。まずはそのFBIを……」
「ちょっとまて」サンタAが遮った。「俺を追ってんのはただの警備員だぞ? それがなんでFBIとつながるんだ」
サンタCが呆れたように言った。「『金持ちに雇われたただの警備員』っていうイメージはさ、FBIがお前を勘違いさせるために仕込んだブラフだよ。真の目的は別にある」
「真の目的ってのはさ」サンタDがそのあとを引き取った。「サンタクロースの居場所を突き止めて、そこにいるサンタ全員を刑務所送りにすることだよ」
「刑務所送り?」サンタAは首をかしげた。
「なにとぼけてんすかこの大犯罪者め。……まあ、僕たちも全員そうなんですけど」サンタEはため息混じりに言った。「年に一度だけとはいえ、人様の住居につぎつぎと不法侵入しては子供部屋にプレゼントを置いていくという謎の行動を繰り返す伝説の変態。それが僕たちサンタクロースなんですよ」
「偏見だ。それに、物の見方にもよるだろ」
「そうですけど、人の法律で縛られている以上、僕たちは捕まれば一生刑務所で暮らすことになりますよ」
「ならどうすりゃ良い?」サンタBが訊いた。
「逃げるしかありませんね」サンタEは即答。
「オーケー。……どうやら、トナカイちゃんにはもう少し頑張ってもらうことになりそうだな。おいサンタども、逃げる準備は出来てんか!!」
オ――――――――――――ウ!! サンタAを除く、他のサンタ全員が雄叫びを上げた。
おいおい、ちょっと待ってくれ! サンタAはもう少しでパニックを起こしそうになった。これって全部こいつらの妄想、勘違いだよな!? って、あれ……どっちが嘘でどっちがホントなんだっけ!?
その時、サンタAが持っていった発信機からザザザザ……と音がした。
おもわず、サンタ全員が黙り込む。どうやら発信機には無線が入る仕組みになっているらしく、やがて、発信機からしゃがれた男の声が発せられた。
「おいサンタ聞いているか。現在、お前は我々が全力で追跡している。時期に戦闘機がそちらに現れるだろう。ミサイルで撃ち落とされるかおとなしく我々に捕まるか。選択肢はその二つだけだ。……可愛い娘の部屋を私の許可なく勝手に侵入しやがって。無事で帰れると思うなよこのロリコンがあ!!」
ぶちん! そこで唐突に無線が途切れた。
一瞬、サンタたちが「乗り物」で駆け抜ける夜空が静寂に包まれた。
「え、えふ……」サンタAは体を震わせながら叫んだ。「FBIのお偉いさんだあああああああああああああああああああああ!! ヤバイ。マジで殺されるぞ!?」
しかし、ほかのサンタたちの驚きはサンタAの驚きを軽く超えていた。
「ぎょええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!? 」
サンタCが言った。「これマジだったの!? 全部悪乗りのつもりだったのに!!」
「バカ野郎! そんなこと言っている場合かよ!!」サンタBが焦ったように言った。「おいサンタA。その発信機、俺によこせ」
サンタDが割って入った。「サンタB、お前まさか囮になる気なのか!?」
「俺がなるべく時間を稼ぐ、その隙に、お前らだけでも逃げるんだ!!」
サンタAはすぐに発信機をサンタBに投げた。「サンキューサンタB! お前いま最高に輝いてるよ!!」
うしろから刻一刻と戦闘機が近づいてきている。時間がない。
サンタBは最後に言った。
「ありがとよサンタA。お前ら愛してるぜ! じゃあな!!」
「サンタBいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
すべてのサンタクロースの命を守るために、サンタBは「乗り物」の進む方向を切り替え、南の方角へ消えていった。サンタB……お前ってやつは。涙をこらえ、残ったサンタたちはまっすぐと進む「乗り物」の速度を上げた。
確認のためサンタAは後ろを振り返る。「――っ!?」そして目を丸くした。すぐうしろから、光り輝く「何か」がこちらに猛スピードで接近している。多分、あれが戦闘機だ。「あれ!? 戦闘機はサンタBが囮になってくれたんじゃなかったけ!?」
すると、右隣のサンタCが目を剥いて叫んだ。「俺の膝に発信機が置かれている、だと!? あの野郎、さり際にこっそり俺に投げやがったのか!!」
「んだと、マジか!」とサンタD。
「くそっ、まんまと騙された!」とサンタE。
「あの豚野郎ッ!!」とサンタA。「とにかく、逃げろおまえらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ギャー! ギャー! ギャー! と叫びながら、四人のサンタクロースは死に物狂いでアメリカの国土を越えていく。
一体どこまできたのだろう。精神的に疲れて息を切らすサンタクロースの面々は、眼下の大西洋を見ながらふと思った。――あの発信機を捨ててしまえばいいのでは?
しかし、「おい、まだ追ってくるぞ!!」戦闘機とのカーチェイスはまだ終わっていない。すぐに頭に浮かんだ邪念を打ち払い、トナカイを操作するロープを強く握り直す。絶対に振り払ってみせる!! クリスマスの夜は、まだまだ終わりそうになかった。
その後サンタたちが知ったこと。
FBIは勘違いで、本当は大豪邸の男爵が雇った普通の警備員だったこと。
発信機に無線が入ったとかも勘違いで、あれはあらかじめ録音されていた音声だったこと。男爵の負け惜しみ。
戦闘機も勘違いで、ただのUFOだったこと。