婚約者ですストーカーじゃないです:後編
運命に従った俺はエスカレーター式に上がる筈だった附属へ行かずに、彼女と同じ高校へ入学した。
初めて彼女と会話した日……初めて彼女が俺の名を呼んでくれた日……始めて彼女が俺に微笑んでくれた日。
一つ一つがかけがえのない宝物でとても語り尽くせはしない。
めでたいことに俺達は互いの距離を着実に縮め、必然的に恋人となった。
告白は嬉しいことに彼女の方からだ。
高校に入りバイトを始めた彼女を家へと送り届けるのは俺の欠かせない日課である。
最近は恥ずかしがってバイトが終わると俺を待たずに帰ってしまう彼女。
勿論彼女に夜道を一人で歩かせる訳もなく、後ろからこっそり見張っているが。
しかしバイトを始めた当初は何回か二人並んで帰ったこともある。
あの日も二人仲良く並んで、満月に照らされた夜道を歩いていた。
彼女と二人きりの空間。
夜風と静寂が心地好い。
俺達の間に言葉など必要ない、魂で繋がり合っているのだから。
あまりの幸せにうっとりと酔いしれている時である。
突然彼女は口を開いた。
「あー……あれだねあれ。今夜は月が綺麗ですな」
凄まじい衝撃が俺の全身を貫く。
国語が得意科目の彼女らしい告白だ。
もう歓天喜地の狂喜乱舞。
感涙の涙を鋼の意思で撥ね付けた俺は、彼女へと返事を返す。
「ありがとう……俺もだよ……」
勿論、勿論俺もアイラビューだ! うぉぉぉ!
「うん?」
こてん、と可愛らしく首を傾げた彼女を押し倒さなかった自分を褒めてやりたい。
さて、晴れてお付き合いを始めた俺達。
付き合っているのだから、彼女の全てを把握するのは恋人としての義務である。
彼女のことを知る為ならば、なんでもした。
盗聴器も盗撮カメラも彼女の自宅に仕込んである。
今や彼女のことで知らないことは何もないだろう。
嫌いな食べ物はパクチーで好きな食べ物はチーズ。
そして好きなタイプはマッチョ。
しかし身長はあるが元々線が細い俺は、どんなに鍛えても服の上からはあまり分からない。
首も脹ら脛も大胸筋も上腕二頭筋も、まだまだ彼女の理想にはほど遠い。
こうなれば筋肉増強剤しか残る道はないのかと思い悩んだこともあった。
だがその悩みは彼女と友人の会話によりあっさりと解決する。
『男はほどよく付いた機能的な細マッチョが一番だ』という会話で盛り上がっていた休み時間の女子達。
肝心の彼女の意見はどうなのかと緊張して聞き耳を立てていたが、彼女は黙っているだけであった。
会話はそのまま続き、彼女の友人達は『まさに櫻宮くんのような身体』が理想的だと騒ぎ始めた。
そしてなんと同意を求められた彼女もうっすらと頷いたではないか。
なんだ、そうか。そうだったのか。
彼女の理想はやはり恋人である俺だったのか。
“好きになった人がタイプ”というやつだ。
俺は心底安心し、そして彼女の愛の深さに身悶えした。
だが筋トレだけは欠かさないでおこう。いつかは背中に鬼を飼いたい。
彼女がそれを格好いいと言うのなら、どんな努力も厭わない所存だ。
彼女の趣味は読書と公言しているが実は普通の本より漫画を好み、得意科目は現代文で苦手科目は化学。
靴下は左足から履くが、Tシャツの袖は右手から出し、風呂は左肩から洗い始める。
トイレは……おっと、これは言わないでおこう。
いくら付き合っているといっても、そういう趣味があると誤解されては困るからな。
俺は彼女だからこそ興奮するのであって、そこらの変態と一緒にされては堪らない。
彼女の全てを知りたいのだ。
勿論彼女と同居しているお義母さんのは覗かない。
浮気と勘違いされてはいけないしな。
因みにお義母さんには挨拶済みだ。
かなり好感を持たせることに成功したと自負している。
『あの子にこんな素敵な彼氏がいるなんて知らなかったわぁ。なんにも話してくれないのよ』
『彼女は恥ずかしがりやですので。そんな所も可愛いのですが少し寂しいですね。彼女がお義母さんに話してくれるまで、待ちます』
『ふふ、あなたになら安心して任せられるわ。あの子をよろしくね』
『はい、お任せ下さい!』
という流れの会話をしたのはつい先日。
彼女の留守の隙に挨拶に伺ったのだが、ついでに新たなカメラを数台設置しておいた。
彼女を見守るのが恋人である俺の役割だから当然だ。
彼女の日常を見守る中で一番好きなのは、寝ているシーンだ。
意外と寝相の悪い彼女はベッドの中で大暴れ。
たまに寝言も聴けるのがまた嬉しい。
隣に居る自分を想像するだけでムラムラする。
生の空気を堪能したいと何度かベッドの下に潜り込んで朝を共にしたこともある。
まぁ基本的にはカメラ越しから見つめるに止めているけど。
朝は彼女の家まで迎えに行く。
彼女は恥ずかしがり屋なので並んで歩くことが出来ないのは不満だが、彼女の愛しい後ろ姿を眺めながらの登校はいいものだ。
昼も彼女の行動をチェックして先回りするのも怠らない。
偶然出会したことにして運命だって印象付けているのはご愛嬌である。
放課後はバイト先まで彼女を送り、隣の予備校で時間を潰して帰り道も変な輩に襲われないように見守る。
勿論彼女のシフトと男性店員のシフトが被らないように根回し済みだ。
バイトなんてして欲しくないけれど、自分の金でお義母さんに誕生日プレゼントを贈りたいと思っているようなので止めるに止められない。
………本当は学校だって辞めて欲しいくらいだ。
嗚呼、俺の宝物達のように彼女自身も大切にしまっておけたらいいのに。
そうすれば俺達の仲に嫉妬して彼女に暴言を吐く女子も、俺がいるにも関わらず無謀にも告白しようとする男子も居なくなる。
蝿のように次から次へと涌き出るので処分が大変でうんざりする。
だがこれも彼女の恋人である特権。大切なことなので手は抜かない。
愛しい愛しい彼女を何よりも大切にしたい。
だから理解のある恋人を気取ってバイトまで許しているのだ。
それなのに、彼女は俺になんの相談もせずにバイト先を変えてしまった。
それも男性店員ばかりの本屋に。
バイト初日。
こっそり見守っていたが、大学生のバイトの男がずっと彼女に纏わりついているではないか。
彼女も彼女で、男の後ろを追い男の言葉に頷きメモまで取っている。
こんなバイト駄目だ!
しかし恋人が働くのを許さない器の小さな男だなんて思われるのもいただけない。
せめて彼女が俺のモノだと示すことが出来れば不安も少なくなるのだが。
……指輪でも贈ろうか。
だったらこの際婚約も済ませてしまうのはどうだろうか?
うん、考えれば考えるほどいい案だ。
翌日この名案を持ってバイト中の彼女の元へと向かった。
「ねぇ芳野さん、俺達そろそろ婚約だけでもしよう。今度お義母さんにもご挨拶に伺うよ」
「…………はい?」
「そうそう。これ新しい低反発クッション。部屋中の声がちゃんと聴こえる高性能なやつを入れたから古いのと 換えといて。今のは少し聴き取り辛かったからさ。
芳野さんが毎日抱き締めている古いのは俺に頂戴。いつものようにゴミ捨て場に置いといてくれればいいから」
「…………え?」
突然のプロポーズに惚ける彼女。
固まったまま動かない。
これは俺からのキスを待っているに違いない。
勿論喜んで期待に応えよう
頭が沸騰しそうなほど緊張しつつ手を伸ばした時、ようやく彼女が動いた。
「ウソ……ウソ……やだ、来ないで」
彼女は目に涙を浮かべ唇を震わせながら後ずさる。
余程感激したのだろう。
可愛い反応に顔がにやけて仕方ない。
こんなに喜んでくれるならばもっと早くプロポーズするんだった。
「こ、来ないで……来ないで……お願いどっか行って……」
今は感動に一人で浸りたいのだろう。
彼女の気持ちを察し、取りあえず店を出る。
だが肝心の指輪をまだ渡していない。
このままバイトが終わるのを待機することにした。
逸る気持ちを抑え、店の横の暗がりでジッと彼女を待つ。
まだかな? 早く来ないかな?
あ、そうだ。
店から出てきた彼女を背後から抱き締めてビックリさせてみよう。
『俺の……子を産め!』
なんて耳元で囁いたら彼女は感動で号泣してしまうだろうか?
ああ、とても楽しみだ。
以上で終わりです。
最後までオーガネタで引っ張ってみました。




