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後編





放課後、私はバイトがあるのでホームルームが終わると直ぐに学校を出る。

本来はバイト禁止だが、うちは母子家庭ということもあり特別許可がおりている。


しかし運の悪いことにバイト先であるコンビニは櫻宮君の通う予備校の隣にあった。

当然櫻宮君も利用する。

週三でバイトに入っているが週三で出会す。

予備校の生徒達は一斉にやって来るのでバックヤードに逃げるわけにもいかず。

ご丁寧にも私のレジへ並んで、またあの強い眼光で見つめて下さる。

「いい加減にしやがれストーカー」と。



いや、私だって考えた。

これだけ遭遇が続くのは何かおかしい。

櫻宮君の方が私にわざと近付いているのではないか。


だがその考えはすぐに却下された。

あの櫻宮君が私にまとわりついているなど、そんな図々しいこと脳内予想であっても自意識過剰で恥ずかしすぎる。

それにどちらかといえば櫻宮君がたまたま居る場所に私が遭遇してしまう率の方が高い。


私が無意識のうちに櫻宮君をストーキングしてしまっていると言われた方がまだ説得力があるだろう。


うーん……潜在的に櫻宮君が好きで好きで堪らないとか?

いやいや、それはないでしょ。

私の好みは厳ついマッチョだし。

範馬○次郎ラブだし。


そんなくだらないことをダラダラ考えているうちにバイトは終わり帰路に就く。

隣の予備校も丁度同じような時間帯に終わるので彼と鉢合わせしないように急いでチャリに跨がり全力で漕いだ。

よしよし今日は出会さずにすんだぞ。


自宅アパートの前まで順調に到着。

母は看護師なので夜勤で不在の場合も多く、今日も家には誰もいない。


家の扉の前まで来て、私は溜め息を吐いた。


「またか………」


赤い薔薇の花束。

それが扉の前にポツンと置かれている。

それも、ここ一週間ばかり毎日。

カードも何もないので送り主は不明。


美人とご近所でも病院でも評判の母に宛てたものだろうが、正直気味が悪い。

まだ続くようならば今度警察に相談しようと母と先日話し合ったばかりで、この花束のせいで心配性の母は帰りが遅くなるからバイトを辞めろと煩い。


折衷案としてもっと近場でバイトをすることに決まった。

櫻宮君の予備校と離れるのは喜ばしいが、折角仕事にも人間関係にも慣れてきたところだったのに。



苛立たしげに花束を持って家の中へと入る。

最初は放置していたのだがどんどん萎れてくる薔薇に、良心が痛み結局部屋に飾っている。


だがしかし知っているだろうか。

花束って大量に貰っても迷惑なことを。

そりゃ立派なお宅ならば別だろうが、ウチみたいに一般家庭で花瓶が何個もあるわけでもなし。

40本はあろう薔薇は1,5lのペットボトルを切って作った手作り花瓶にぎっちぎちに詰め込む。

たまにトゲが残っていることもあって痛いし、花束の時は見栄えした緑の葉っぱも飾ってみればモシャモシャし過ぎているのである程度千切らねばならない。

これらの作業は地味に時間が掛かるのだ。

ラッピングに使われた大量の紙とリボンはゴミとして嵩張るし、もう迷惑この上ない。


おまけに私はこのほんのり青臭い薔薇の匂いがあまり好きではないのに、部屋中薔薇だらけでうんざりする。


「はぁ、花束止めてくんないかなぁ。多すぎて迷惑なんですけど」


お気に入りの低反発クッションを抱き締めながら思わず呟く。


よし! 明日またあったら絶対犯人を突き止めてやろう!


そんな気合いを入れたところであったが、残念ながらこの日を境に薔薇の花束はパタリと途切れてしまった。






次の朝、もう日課と化してしまった櫻宮君との遭遇に、いつも通り恐怖して学校へ着く。

だが今日の家庭科は調理実習なのでそこまで気分も落ち込まない。

授業がない上に料理まで食べられるなんて最高だヤッホイ。


出席番号順に組まされ、普段あまり話したことのない女子四人と同じ班になってしまった。

ネイルやハンドエステに行ったばかりだからとほぼ手伝ってはくれなかったが、料理の好きな私は寧ろ何もしないでいてくれた方がありがたかった。


出来上がったクッキーはわりと上手に焼けたと思う。

ラッピングに包んで四人にも手渡してあげると、彼女達はそれを手に櫻宮君の元へと走って行きプレゼン攻撃。


いやいや、そんなにいらないでしょと内心で突っ込んだが、櫻宮君はクッキーをそれはそれは嬉しそうに受け取った。

クッキーひとつであの極上の笑顔……流石は王子。


「私が作ったの!」って、あんたら味見しかしてねーだろ。




それを見た他の班の女子達も参戦したが「これ以上は食べられないよ」との苦笑混じりのお断りに撃沈していた。


そんな様子を横目に捉え自分のクッキーを食べようとすると、友が一人私の元へ。

そしてガッチガチのクッキーと私のサクサククッキーを強制トレードしやがった。


自分も櫻宮君に手作りクッキーでアピールしたいのだが生憎歯が折れそうな岩クッキーしか手元にないので、仕方なく私のクッキーを渡すことにしたらしい。

お前はジャイ○ンか。



どうせ受け取って貰えないだろうと友を止めようとしたが“私が渡したモノだったら、もしかして……”となんとも乙女な横顔をしていたので、口にすることは憚られた。


戻ってきたらクッキーを返して貰おうと、彼の元へと駆け寄った彼女を見守る。

だが、ここで予想外のことが起こってしまった。



「え? いいの? ありがとう嬉しいな」


最初の時と同様の極上の笑顔で櫻宮君に受け取られてしまったクッキー。


他の子達のは断ってたのに何故受け取った!?

友は天へと昇り、私は戻らぬサクサククッキーに涙し岩クッキーを口にする。


うん、固い。

おそらく分量とか適当だし生地も捏ねすぎたのだろう。

でもこの固さと粉っぽさが意外と癖になる……アリかも。


友と班の女子達が“誰のクッキーを一番喜んでいたのか”というテーマのディベートを白熱させているのをボーッと見つめながら歯で岩を砕いた。


この子達に私のストーカー疑惑が漏れれば殺されるな。




******


昼休みの終盤、調理実習で同じ班だった四人の内の一人、美沢さんに呼びつけられた。


人気のない空き教室で一体どうしたのか彼女は盤若の顔で私を睨み付ける。

普段から大量のまつ毛エクステで目力抜群な彼女の睨みは大層恐ろしく、若干チビりそうだ。


家庭科の時間までは普通だったのに、私なにかしたっけ?



「なんであんたなのよっ!」

「……えっと、なにが?」


よく分からないが怒っている。

謝った方がいいのだろうか。取りあえずジャンピング土下座か。

理由はさっぱりだが恐いんだもん。


「とぼけないでよっ! さっき直接櫻宮君に聞いたんだから!」



櫻宮君!? ヒィィィィィ!

とうとうストーカー認定されちまった!


顔面蒼白な私に美沢さんは憎悪の籠った視線をぶつける。



「ご、誤解だよ」

「誤解!? コソコソ隠れて、私達のこと笑ってたんでしょ! ふざけんじゃないわよっ!!」



普段綺麗にセットされている巻き髪を振り乱して私へと詰め寄った美沢さんは、握り拳を大きく振り上げる。


待て、そこはせめて平手だろう。

ペチンと可愛らしい音を奏でる平手希望!

間違っても女の子がそんなボクサーよろしく腰の入った拳なんて良くないと思うの!


俊敏に避けるなんて芸当出来っこない私は大人しく殴られる覚悟したのだが

そんな時彼は都合良く現れた。



「やぁ奇遇だね芳野さん」

「………櫻宮君」


いつもと同じような台詞で同じような笑顔。

しかし美沢さんの拳をしっかりと捕えてくれている。

グハッ櫻宮君まじ王子………


助けてくれたということは私のストーカー疑惑はセーフ判定なのだろうか。



「ついさっき彼女からの告白を受けてね。あ、当然断ったから心配しないで。しかしどうやらその時の会話に行き違いが生じたらしいんだ」


櫻宮君に腕を掴まれたままの美沢さんは可哀想なくらい動揺し震えていた。


「ごめんね恐い思いをさせて。もう少し彼女と話してみるよ」


にっこり眩しい笑顔のまま美沢さんを引き摺りその場を後にした櫻宮君。

この背筋の寒気は一体……。




この日、櫻宮君だけ教室へ戻り美沢さんは戻って来なかった。


そして彼はいつもの魅惑的な溜め息を吐き、心配する周囲に溢す。


「最近美沢さんに迫られて正直困っていてね」



今回のストーカー認定は美沢さんだった。

今は空席となっている美沢さんの席を多数の人間が睨む。


親しくないのでよく知らないが、美沢さんはそこまで櫻宮君に迫っていたのだろうか。



そういえば過去にストーカー認定された人は皆、今回の美沢さんのように私を呼び出してきた人ばかりだ。

流石に暴力まで振るわれたことはなかったが、相応しくないとか身を引けとか忠告された。


ストーカーだから私が櫻宮君と出会してしまう現場を見ていたのだろう。

つまりストーカーを止めろということだな。


ストーカーのポジション争いとかどうでもいいし私だって止めれるものなら止めたいのにと理不尽に思ったのは一瞬。

次々と消えていく彼女達に、今度は私の番かと何度怯えたことか。


こうなれば美沢さんも消されるだろう。

その次は、私か………なんて恐ろしい。

私が一人ガクブルしている間に櫻宮君の溜め息はまだまだ続く。



「俺には愛する恋人がいるからと、何度も断っているんだけど………」


――――ザワッ


櫻宮君の爆弾発言に教室が騒然となる。


「………櫻宮、恋人居たのか」


恐る恐る一人の男子生徒が尋ねると、櫻宮君はどこの乙女かといった具合で頬をほんのり赤くさせ頷いた。


それからの教室はまさに阿鼻叫喚。

特に女子の悲鳴が凄まじい。



「彼女は恥ずかしがり屋だからあまり話題にはしなかったんだけど、俺達凄く仲が良いんだよ」


その台詞を皮切りに櫻宮君のノロケが爆発した。


いわく愛しの彼女を行きも帰りも毎日送り迎えしているのだとか。

ん? 行き帰りも彼と出会すことがほとんどだが、彼女なんて連れてたか?


いわく休日なんか彼女と更には彼女の母親と三人でショッピングに繰り出すとか。

家族ぐるみで仲良しらしい。

私も母とよく買い物へ行くけど、そこに彼氏なんか連れて来たら大喜びしそう。


いわく先週の櫻宮君の誕生日にずっと欲しかった歯ブラシをプレゼントして貰ったとか。

おいおい彼氏へのプレゼントに歯ブラシっていくらなんでも色気なさすぎだろ。

そもそもずっと欲しかった歯ブラシって何!?ゼロ四桁の高級電動歯ブラシとかかな。

嬉しくって毎日使っているんだって。

私なんて何ヵ月も使い込んだ歯ブラシを先日ようやく新品に換えたところなのに。しかもドラッグストアで100円以下のやつ。


いわくプレゼントがあまりにも嬉しかったからお礼に毎日花束渡したら多すぎるって怒られたとか。

うん、彼女の気持ち凄く分かる。

邪魔だよ邪魔。

でも送り主が片や王子な彼氏と片や正体不明なキモい奴と、雲泥の差だな。

怒った彼女の声も可愛かったらしい。へいへい。


いわく彼女は料理上手で櫻宮君の為にお菓子を手作りしてくれるとか。

味も絶品らしい。良かったな。


いわく彼女は妖精のように愛らしく女神のように神々しく天使のように美しいとか。

ご馳走さまです、ウップ。



普段の話し上手聞き上手、知的で理性的な彼からはかけ離れたテンションで彼女について語る。

誰にも止められそうにない勢いだ。


あんなにイキイキとした櫻宮君は初めて見た。


いいんじゃないかなぁ………私をストーカー容疑者から外してくれればなんでも。


なんて微笑ましくまだまだ語っている櫻宮君を見つめていたのだが、それから数日後。


新しく移ったバイト先へと乗り込んで来た櫻宮君の言葉により私の平穏は音を立てて崩れ落ちることとなる。


「ねぇ芳野さん、俺達そろそろ婚約だけでもしよう。こんどお義母さんにもご挨拶に伺うよ」

「…………はい?」

「そうそう。これ新しい低反発クッション。部屋中の声がちゃんと聴こえる高性能なやつを入れたから古いのと換えといて。今のは少し聴き取り辛かったからさ。

芳野さんが毎日抱き締めている古いのは俺に頂戴。いつものようにゴミ捨て場に置いといてくれればいいから」

「…………え?」



私はストーカーではありません。

じゃあ、誰がストーカー?




ただの思い込み型ストーカーの話でした。

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