庭園での一コマ
「今日はいい風が吹いているな」
放課後、会長の家にご招待された俺は彼女と一緒にお茶を飲んでいた。
庶民には理解不能な程の大きさを誇る屋敷。無論、庭も広い。
会長宅の庭園の中心にある花園。味のある木材で作られた椅子に座り、優雅なティータイムを過ごしている。
「風に乗って花のいい香りもしますしねぇ」
「ここの花は母が育てていてな。そういってもらえると母も喜ぶだろう」
誰もが見ほれるような笑顔を浮かべ、花を見渡す。背景の花もあってか、それは一枚の絵画のようだった。
「――そ、そうだ。この紅茶、なんて言うものなんですか!?」
「どうした、急に。まあいい。これはだな、父の知人のブランドの茶葉を使っているモノだ。私の家族もこれを気に入っていてな。常飲していると言ってもいい」
紅茶に疎い俺でも、良さが分かるほどの一品だ。
安物だと、甘みだけで誤魔化されている感じがするが、このお茶にはそれが無い。濃厚な香りと爽やかな味。会長の家族の関係者ともあって、おそらくはかなりの値段のする紅茶なのだろう。
「おいしいですよ。失礼なようですが、お値段はいくらほどなのでしょうか」
「うーむ。確か、君の飲んでいるその一杯で、千円くらいだろうか」
「千円!?」
「ああ、千円だ。やはり良いものは値が張る。世の中には質に伴わないブランド品もあるが、これは違う。値段、質、全てが釣り合っている」
「へぇ・・・・・・」
高級そうな陶器に入った一杯の紅茶。それがアルバイトの一時間分ほどの値段するとは。鮮やかな紅茶の色と香りを楽しみながら、カップを傾け、口に入れる。
「生徒会室にも、ティーセットが欲しいな」
「休憩時間にはお茶が欲しいとは思いますが、いれてくれる人がいませんね。紅茶の上手ないれ方なんて、わかりませんよ」
生徒会は会長と俺、その二人で構成されている。本来は他の役職に就く人間が必要なのだが、会長が拒否した。「二人で充分」らしい。
「給仕でも雇うかね? それとも、私がいれた方がいいかな?」
意地悪い笑顔を向けてくる会長。無論、仕事で多忙である会長に給仕の真似などさせるわけにはいかない。
会長が駄目なら、あとはもう一人、俺しかいないのだ。
「・・・・・・勉強させて貰います。いずれ、あなたをうならせる程の紅茶をいれてみせますよ」「ふふっ、それは楽しみだな」
庭園に咲き誇る花々に負けない笑顔。それをまともに見れるわけもなく、俺は下を向いてしまう。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
「日が暮れて外も少し寒くなってきたな。君に体調を崩されても困る」
先ほどまで明るかった空も、暗くなりつつある。少し冷たい風が火照った頬を撫で、思わずその冷たさに身体を震わせてしまう。
「ほら、片付けはセバスに任せるから大丈夫だ」
「せっかく招待して貰ったのに、そこまでやってもらうわけには」
「招待したからこそ、見栄というものがある。ここは私の言うことを大人しく聞いておけ。私の為にな」
「・・・・・・はい」
会長の面子を潰すわけにはいかない。ゆえに、ここは大人しく従うことにする。
なんだかんだ会長にはいつも迷惑をかけっぱなしだなあ。
「おお、千くん。来ていたのか」
燃える獅子の鬣のような、会長と同じ色の髪。そして、日本人では有り得ない翡翠色の瞳を向け、彼――篝 朱蔵が俺に言う。
朱蔵さんは会長、篝 朱華の実父である。その容姿は総じて日本人離れしているが、篝家は日本人家系であり、外国の血は混じっていないらしい。初対面の相手には必ず驚かれるだとか。
「こんばんは、おじさん」
「おじさんはやめたまえ。お養父さんと呼びなさい、お養父さんと」
「父さん、恥ずかしいからやめて・・・・・・」
俺がこの家に来るたびに、もはやお馴染みとなっている光景。父と母がいない俺にとっては、眩しく、そして羨ましい光景である。この空間にいると、あたかも家族の一員になった気がして、暖かい気持ちになる。
「そうだ、千くん。今日は良いモノを貰ってね。良かったら夕食を食べていきなさい。むしろ泊まっていきなさい。拒否は許さんぞー」
「まったく、父さんは・・・・・・。この人、言い出したら聞かないから、今日は泊まって行くといい。なに、悪いようにはしないさ」
「はあ、ではお言葉に甘えて・・・・・・」
どうせ家には誰もいないし、幸いなことにまったく予定もない。今日だけは、ここの家族の一員とならせてもらおう。
「よし、我が家に招待しよう! うまい飯が待ってる。そうだ、風呂も一緒に入ろう。ああ、昔から息子も欲しかったんだ!」
肩がバンバンと叩かれる。正直痛いが、我慢する。
「ふふ、楽しそうだな。しかし、父さん。千と風呂に入るのは私だ。それは譲れん」
「うむ。それもそうか・・・・・・。おお! なら母さんも含めて四人で入ろう。それなら問題あるまい」
「嫌だ。私は父さんに裸を見せたくない。見せる人は一人と決まっているからな」
意味ありげに視線を向けてくる。一体どういった意味なのだろうか。
「ぬぅ・・・・・・。ならば仕方ない。今回は朱華に譲ろう。次回は儂だがな!」
「一回くらいなら許そう」
俺の意見の介入する間もなく、話が進んでいく。
会長が言っていることはおそらく冗談で、俺はおじさんと入ることになるのだろう。男女の混浴なんてことは無いだろうし。
「さ、本格的に冷えてきた。家に入ろうか」
「うむ! 早速飯の準備をさせよう。セバス、片付けは頼んだぞ」
「御意に」
どこからともなく出てきた執事らしき人がおじさんに頭を下げながら答える。毎回思うけど、この人はどこから出てきているのだろうか。
てきぱきと片付けをしているセバスさんを横目に見ながら、会長に手を引かれながらも会長宅に入ることにした。