かれーぱん
「諸君! 今日は『すぺしゃるかれーぱん』の日だ! 腹は空かせてきたか! 運動はしてきたか!」
壇上で叫ぶ我が親愛なる生徒会長。学校の最美にして頂点――それが彼女である。
学食で月に一度のみ現れる『すぺしゃるかれーぱん』を求め、今月も会長が愚民たる俺達を率いて、手に入れようとしている。
曰く、競争心を高められるからだとか。
「さあ、開戦の号砲だ! 己の欲するままにカレーパンを買いに行くがいい!」
深紅の髪を揺らしながら、先にある学食を指さす会長。その言葉と同時に、生徒達が雪崩のように進んでいく。
「・・・・・・会長はいいんですか?」
「うむ、私も食べたい」
「じゃあ、行かないとダメじゃないですか」
「大丈夫だ。・・・・・・予約、してあるからな」
驚愕。月一度、そして限定十五個の『すぺしゃるかれーぱん』は予約可能だったらしい。「彼らの苦労は一体・・・・・・」
唆され、唯一無二の商品を求め疾走する戦士達。しかし、その苦労はもはや無駄に等しい行為となった。
「意味はある。前も言った通り、これは彼らの為になる。それにな――」
重要そうに間を持たせる会長。これからどんな素晴らしい言葉が出てくるのだろうか。
「予約が知られたら、私が食べられないじゃないか」
紅い瞳が伏せられる。不覚にも少し可愛いと思ってしまったが――
「それ、わりと酷いですよね」
仮にも限定数の商品である。ゆえにこそ、皆は欲しがり競争する。
というか、いつも十四個しかないことに彼らも疑問を持たなかったのだろうか。不思議だ。
「知らない奴が悪い――とは言わんが、賢い者が特をする世の中だ。私も、別に悪事を働いてるわけでもないしな。許せよ」
いつの間にかカレーパンを手に持っていた会長が、それを食しながら俺に言う。スタイルが良く、俺よりも背が高い会長。そのクールな雰囲気と容姿でモグモグと小さく食べる姿は、言うまでもなく可愛らしい。
「その、会長」
「ん、なんだ?」
「少し、食べさせて貰ってもいいですか?」
「・・・・・・駄目だ、と言いたいが、最近はよく働いて貰ってるしな。ほら」
食べかけの『すぺしゃるかれーぱん』をこちらの口元に向けてくる。香ばしいカレーの臭いが、食欲をそそる。
「では、いただきます」
一口。
カレー特有の香りと辛さ。その辛さの中にも深みがあり、味の広がりを感じさせる。
今口内は幸せに溢れている。高級店にも劣らないカレー。そして、カリカリとふわふわを兼ね備えたドーナツ生地。これが『すぺしゃるかれーぱん』・・・・・・!
「君はその、恥ずかしがらないんだな」
カレーの世界に旅立っていた俺を現世に引き戻したのは会長の一言だった。
「・・・・・・何が、ですか?」
「その、それは私の食べかけなんだが」
食べかけがなんだと言うのだろうか。友人達とは飲み回しはするし、なにもおかしい事はないと思うのだが。
「別に汚くはないですし、大丈夫ですよ?」
「う、うむ。ならいいのだが」
何故が顔を赤らめて、そっぽを向く彼女。この猛暑の影響で熱でもだしたのだろうか。
「会長、ここはあまり涼しくありませんし、生徒会室に戻りましょう。俺も昼食はまだですし」
せっかく妹が作ってくれたお弁当を残すわけにはいかない。
わざわざ俺のために早起きをし、作ってくれたのだ。それも冷凍を使わずに、全部手作りで。
「し、仕事は済んだしな。では、戻ろうか」
慌てるように早足で学食を出て行く。会長に後を追うように、俺も生徒会室に向かうことにした。ひらりと揺れたスカートから覗いた色は、黒だった。